短期記憶は、少量の情報を短い時間だけ保つ仕組みです。一方の長期記憶は、知識や経験、身につけた技能などを比較的長く保持します。違うのは保存される時間だけではなく、扱える情報量や役割にもあります。
たとえば、画面に表示された認証コードは入力後すぐ忘れてしまうのに、子どものころに覚えた歌は何年たっても口ずさめることがあります。
同じ「覚える」という働きの中で、なぜこれほど残り方が変わるのでしょうか。短期記憶と長期記憶の違いを知ると、普段何気なく経験している「覚えた」「忘れた」という現象の見え方も変わってきます。
短期記憶と長期記憶は何が違う?
短期記憶は、その場で必要になった情報を一時的に保つときに使われます。電話で聞いた番号を入力するまで覚えておく、直前に言われた指示を頭に置いて行動するといった場面が分かりやすいでしょう。
長期記憶には、「東京は日本の首都」という知識や昔の出来事、自転車の乗り方などが含まれます。短期記憶に比べて、非常に多くの知識や経験を保持できると考えられています。
| 比較する点 | 短期記憶 | 長期記憶 |
|---|---|---|
| 主な役割 | 情報を一時的に保つ | 知識や経験などを長く保つ |
| 保持される時間 | 比較的短い | 比較的長く、何年も残ることがある |
| 扱える情報量 | 限られている | 短期記憶よりはるかに大きい |
| 身近な例 | 今聞いた番号 | 言葉の意味、昔の経験、身につけた技能 |
ただし、「30秒を過ぎれば長期記憶になる」といった明確な境界が決められているわけではありません。短期と長期という名前は分かりやすいものの、人間の記憶は保存時間だけで二つに分けられるほど単純ではないのです。
短期記憶より前に「感覚記憶」もある
目や耳から入った情報が、すべてすぐ短期記憶に残るわけではありません。
視覚や聴覚から入った情報には、ごく短い間だけ痕跡が残ります。この非常に短い保持は「感覚記憶」と呼ばれます。
人から何かを言われ、一瞬聞き取れなかったと思ったのに、聞き返す直前になって内容が頭に浮かんだ経験がある人もいるでしょう。耳から入った音の情報には、音が終わった直後にも短い間だけ痕跡が残ります。
その中でも注意を向けた情報は少し長く頭に残り、その後の記憶にも関わってきます。
短期記憶にはどのくらいの情報を置いておける?
短期記憶の特徴の一つが、一度に保持できる情報量に限りがあることです。
「481936」という数字を見た直後なら言えても、別のことを考えたあとでは思い出せないことがあります。頭の中で何度も繰り返せば保ちやすくなりますが、途中で別の数字を見たり話しかけられたりすると、覚えていた内容が抜けてしまうこともあります。
「7±2」は短期記憶の話でよく登場する数字
短期記憶の容量について語られるとき、よく登場するのが「7±2」という数字です。
心理学者ジョージ・A・ミラーが1956年に発表した論文をきっかけに広く知られるようになりました。ただし、「人間なら必ず5~9個の情報を覚えられる」という決まりではありません。
現在では「誰でも必ず7±2個を覚えられる」とは考えられておらず、条件によっては3~5個ほどのまとまりを目安とする見方もあります。
覚えられる量には、何を「1個」と数えるかも関係します。
たとえば、
「2・0・2・6」
を四つの数字として見る場合と、「2026年」という一つのまとまりとして見る場合では、頭の中での扱いやすさが変わります。
このように複数の情報を意味のあるまとまりにすることを「チャンク化」と呼びます。電話番号を「09012345678」と続けて見るより、「090・1234・5678」と区切ったほうが覚えやすく感じるのも、似た考え方で捉えられます。
短期記憶の容量は、単純な文字数や数字の数だけで決まるわけではありません。
ワーキングメモリは「覚えながら考える」働き
短期記憶と混同されやすい言葉に「ワーキングメモリ」があります。
短期記憶は、情報を短い時間保つ働きに重点を置いた概念です。ワーキングメモリは、情報を一時的に保ちながら、それを使って計算したり判断したりする働きまで含みます。
「38+27」を暗算するときは、途中の数字を覚えながら計算を進めます。文章を読むときも、前の文の内容を頭に残しながら次の文を理解しています。
会話、暗算、読解、料理の手順、複数の条件を比べる判断など、「覚えておくだけでは足りない場面」で働くのがワーキングメモリです。
長期記憶には思い出以外のものも残る
長期記憶という言葉から、昔の出来事を思い浮かべる人は多いかもしれません。しかし、長期記憶に含まれるのは思い出だけではありません。
代表的なものとして、体験に関わる「エピソード記憶」、一般的な知識に関わる「意味記憶」、技能に関わる「手続き記憶」があります。
エピソード記憶と意味記憶は、事実や出来事を意識的に思い出せる「宣言的記憶」に含まれます。一方、自転車の乗り方などの手続き記憶は、それとは異なるタイプの記憶として扱われます。
「どこで覚えたか」は忘れても知識だけ残ることがある
「去年、京都を旅行した」という自分自身の経験はエピソード記憶に関係します。一方、「京都には長く都が置かれていた」という一般的な知識は意味記憶です。
出来事を覚えていることと、そこで得た知識が残っていることは同じではありません。
学校で習った内容は覚えているのに、「何年生のときに習ったのか」「どの先生から教わったのか」は思い出せないことがあります。知識そのものは残っていても、それを学んだ場面についての記憶は薄れているわけです。
普段はどちらも「覚えている」と表現しますが、その中には性質の違う記憶が含まれています。
自転車は「説明できる」だけでは乗れない
久しぶりに自転車へ乗っても、多くの人は足の置き方や重心の移動を一つずつ言葉で考えなくても乗れるでしょう。
こうした技能に関係するのが手続き記憶です。自転車や水泳、楽器の演奏、キーボード入力など、練習によって身についた「やり方」が含まれます。
「知識として説明できること」と「実際にできること」は、必ずしも一致しません。
自転車の構造や乗り方を本で詳しく学んでも、それだけですぐ乗れるとは限りません。反対に、問題なく乗れる人でも、どのようにバランスを取っているのかを言葉だけで細かく説明するのは難しいことがあります。
長期記憶は、昔の出来事だけを保存する一つの倉庫ではありません。知識、経験、技能など、性質の違う記憶が関わっています。
短期記憶に入った情報はそのまま長期記憶になる?
短期記憶と長期記憶という名前を見ると、「短期記憶にいったん保存され、長く残った情報が長期記憶へ移される」と想像しやすくなります。
実際には、短期的に保持した情報が、時間がたつだけで自動的に長期記憶へ移るわけではありません。
どれだけ注意を向けたか、内容に意味を持たせられたか、すでに知っていることと結びついたかなど、さまざまな要素が長く残る記憶と関わります。
反対に、一度しか経験していない出来事でも、強く印象に残って長期間覚えている場合があります。
短期記憶を「長期記憶になる前の待合室」と見るより、その場で必要な情報を一時的に扱う仕組みの一つと考えるほうが分かりやすいでしょう。
関連づけると記憶の手がかりが増える
意味のない数字だけを覚えるより、すでに知っている内容と結びつけたほうが思い出しやすくなることがあります。
たとえば、人の名前だけを何度も繰り返すより、「野球の話をしていた田中さん」「赤い眼鏡をかけていた田中さん」と別の特徴も一緒に覚えれば、後から思い出す手がかりが増えます。
新しい情報が、すでに持っている知識や経験と結びつくと、思い出す際に使える手がかりも増えていきます。
睡眠も記憶が残る過程と関係している
学習した直後の記憶は、最初から長期間安定して残るわけではありません。覚えた内容がその後も残っていく過程には時間が必要で、睡眠もその過程と関係しています。
そのため、覚える時間を増やそうとして睡眠を極端に削ることが、記憶にとって必ずしも有利とは限りません。
眠っている間に新しい知識を大量に覚えられるという意味ではありませんが、睡眠中にも脳では記憶に関係する働きが続いています。
「寝ている時間は記憶と無関係」というわけではない点は、普段の感覚からすると少し意外なところです。
「忘れた」は記憶が消えたとは限らない
知っている人の名前がどうしても出てこなかったのに、数時間後になって突然思い出すことがあります。
この場合、記憶が完全になくなっていたのではなく、そのときはうまく思い出せなかった可能性があります。
昔よく聴いていた音楽を耳にしたとき、当時の場所や出来事まで一緒に思い出すこともあります。音や場所、におい、言葉などがきっかけとなり、それまで出てこなかった記憶が浮かぶことがあるためです。
「忘れた」と感じても、記憶が完全になくなったとは限りません。情報は残っていても、その場では取り出せないことがあります。
さらに、人間の記憶は録画映像のように出来事をそのまま再生するものでもありません。思い出す際には、残っている情報や知識をもとに内容が再構成されるため、細かな部分が抜けたり、後から知った情報の影響を受けたりすることがあります。
同じ出来事を経験した友人同士でも、「そのとき誰がいたか」「何を話したか」が食い違うことがあります。どちらかが意図的に事実を変えているとは限りません。
「鮮明に覚えていること」と「細部まで正確であること」は、必ずしも同じではないのです。
Q&A
まとめ
短期記憶は、少量の情報を短い時間だけ保つ仕組みです。長期記憶には、知識や経験、身につけた技能などが比較的長く残ります。
さらに、情報が短期記憶へ至る前には感覚記憶があり、情報を保ちながら考える場面ではワーキングメモリも関わります。短期記憶に入った情報が、時間の経過だけで自動的に長期記憶へ変わるわけでもありません。
また、「忘れた」と感じても、記憶そのものが完全に消えたとは限りません。きっかけ一つで突然思い出すことがあるのも、人間の記憶ならではの特徴です。
短期記憶と長期記憶の違いを知ると、日常で当たり前のように使っている「覚える」「忘れる」という働きが、実はいくつもの仕組みに支えられていることが見えてきます。
参考情報
- Miller, G. A. (1956). The Magical Number Seven, Plus or Minus Two: Some Limits on Our Capacity for Processing Information. Psychological Review.
- Cowan, N. (2001). The Magical Number 4 in Short-Term Memory: A Reconsideration of Mental Storage Capacity. Behavioral and Brain Sciences.
- Baddeley, A. (1992). Working Memory. Science.
- Squire, L. R. (2004). Memory Systems of the Brain: A Brief History and Current Perspective. Neurobiology of Learning and Memory.
- Sligte, I. G., Vandenbroucke, A. R. E., Scholte, H. S., & Lamme, V. A. F. (2010). Detailed Sensory Memory, Sloppy Working Memory. Frontiers in Psychology.
- Staresina, B. P. (2024). Coupled Sleep Rhythms for Memory Consolidation. Trends in Cognitive Sciences.
- Loftus, E. F., & Palmer, J. C. (1974). Reconstruction of Automobile Destruction: An Example of the Interaction Between Language and Memory. Journal of Verbal Learning and Verbal Behavior.

