「あとでメールを返そう」「帰りに電池を買おう」と思っていたのに、別のことをしているうちに忘れてしまうことがあります。
予定を覚えているつもりでも、必要なタイミングで思い出せなければ行動には移せません。こうした未来の行動に関係する記憶は「展望記憶」と呼ばれます。
やることを忘れるのは、予定そのものが頭から消えたからとは限りません。実行する合図に気づかなかったり、別の作業に注意を使っていたりすると、内容を覚えていてもタイミングを逃します。
「あとで」のような曖昧な予定を、「昼食後に返信する」のように場面と行動へ置き換えると、思い出すきっかけを作りやすくなります。
展望記憶とは未来の予定を実行するための記憶
展望記憶とは、未来の適切なタイミングで、あらかじめ決めていた行動を思い出して実行するための記憶です。
過去の出来事や覚えた知識を思い出す記憶とは、役割が少し異なります。「昨日の夕食は何だったか」ではなく、「今日の帰りに牛乳を買う」「午後3時に電話をかける」といった予定に使われます。
予定を立てた後も、仕事、会話、移動、家事などの日常の活動は続きます。その途中で合図に気づき、予定の内容を思い出し、目の前の行動から予定していた行動へ切り替えなければなりません。
予定に気づくことと内容を思い出すことは別
展望記憶には、大きく分けて2つの働きが関係します。
一つは、「今が予定を実行するタイミングだ」と気づく働きです。もう一つは、その場で何をする予定だったのかを思い出す働きです。
例えば、帰宅したときに「何かやることがあった」と気づいても、書類を提出する予定だったことが出てこない場合があります。反対に、書類を出す予定を覚えていても、帰宅した瞬間に思い出せなければ実行できません。
予定があることへの気づきと、具体的な行動内容の思い出しやすさは、同じように見えて別の部分です。どちらか一方がうまく働かなければ、「覚えていたのにできなかった」という状態が起こります。
時刻や経過時間を合図にする予定
「午後3時に電話をする」「20分後にオーブンを止める」のように、特定の時刻や経過時間を合図にするものは、時間に基づく展望記憶です。
この種類の予定では、自分から時計やタイマーを確認する必要があります。作業に集中して時計を見なければ、予定の内容を覚えていても、実行する時刻を過ぎてしまいます。
「夕方に連絡する」「少ししたら片付ける」といった決め方は、実行時刻が曖昧です。何時になったら行動するのかを決めておくと、時間を確認するきっかけを作りやすくなります。
時計を見る回数やタイミングが、予定を忘れずに実行できるかどうかと関係することも報告されています。時間を合図にする予定では、予定そのものを覚えるだけでなく、時刻を確かめる行動も大切です。
出来事や活動の区切りを合図にする予定
「上司に会ったら書類について聞く」「コンビニの前を通ったら支払いをする」のように、特定の出来事をきっかけにするものは、出来事に基づく展望記憶です。
予定と合図の関係がわかりやすいほど、その場面で行動を思い出しやすくなります。
「帰宅したら荷物を発送する」よりも、「玄関で発送用の箱を見たら、外出用のカバンの横へ置く」と決めたほうが、箱そのものを合図にできます。
展望記憶は、代表的には時間を合図にするものと、出来事を合図にするものに分けられます。研究によっては、「会議が終わったら電話する」「食事を終えたら書類を確認する」のように、活動の区切りを合図にする予定を別に扱うこともあります。
やることを忘れてしまうのはなぜ?
予定を立てた瞬間には覚えていても、実行するまでの間にはさまざまな作業が入ります。
予定だけを考え続けるわけにはいきません。目の前のことを進めながら、適切な瞬間に未来の行動を思い出す必要があります。
目の前の作業に注意を使っている
文章を書く、計算する、会話を続けるなど、集中力を必要とする作業中は、未来の予定へ向けられる注意が少なくなります。
料理をしている最中に電話がかかり、会話を終えた後に火を弱める予定を忘れたとします。この場合、予定を知らなかったのではありません。電話によって注意の向き先が変わり、元の作業へ戻る合図が不足したと考えられます。
複数の研究をまとめたレビューでも、注意を多く使う作業を同時に行うと、予定の合図を見落としたり、行動内容を思い出しにくくなったりする傾向が報告されています。
影響の大きさは、予定や合図の種類によって変わります。忙しいと必ず忘れるわけではありませんが、複数のことへ注意を向けなければならない場面では、予定を思い出す余裕が小さくなります。
「あとでやる」には思い出す合図が少ない
「あとで返信する」と決めても、「あとで」がいつなのかは明確ではありません。
予定の内容を覚えていても、実行する時刻や場面が決まっていなければ、日常の中で予定を呼び戻す合図が現れません。ほかの用事を始めるうちに、返信の予定は意識から外れていきます。
「あとで資料を送る」よりも、「昼休みが終わって席へ戻ったら資料を送る」と決めるほうが、実行場面を特定できます。
同じ予定でも、合図と行動の結び付きがわかりやすければ、必要な場面で思い出しやすくなります。
実行までの間に別の作業が入る
予定を立ててから実行するまでの間に、仕事、会話、移動などが続くと、予定を思い返す機会が減ります。
時間が空くだけで、必ず忘れやすくなるとは限りません。その間に負担の高い作業へ取り組んだり、新しい情報が次々に入ったりすると、予定の合図へ注意を向けにくくなります。
予定を立ててから実行するまでの長さだけでなく、その間に何をしていたか、合図が見つけやすかったかも忘れやすさに関係します。
朝に「帰宅後に書類を出す」と考えていても、仕事中に別の予定が増えれば、帰る頃には意識から外れているかもしれません。
一度思い出しても再び後回しにする
予定を一度思い出しても、その場ですぐ実行できるとは限りません。
電車内で返信する相手を思い出しても、落ち着いて文章を書けないため、帰宅後に回すことがあります。そのとき新しい通知や目印を作らなければ、予定は再び合図のない状態へ戻ります。
予定を思い出したことと、予定を完了したことは別です。内容を呼び出すだけでなく、目の前の行動を止めて実行へ切り替える必要があります。
「一度思い出したから、もう忘れないだろう」と考えるより、すぐに実行できないときは次の合図を作るほうが、予定を残しやすくなります。
予定はどのように頭へ戻ってくる?
予定を思い出すきっかけには、自分から確認する場合と、目の前の合図から思い出す場合があります。
予定や状況によって、どちらが働きやすいかは変わります。
意識して合図を探す
重要な予定があるときは、「そろそろ時間ではないか」「予定に関係するものはないか」と自分から確認します。
午後3時の電話を忘れないように何度も時計を見る行動は、この確認に当たります。予定を思い出しやすくなる一方、時計を気にする分だけ、目の前の作業に使える注意は少なくなります。
すべての予定を常に意識し続けるのは難しいため、確認する時刻や場所をあらかじめ絞る方法があります。
例えば、「昼休みの終了前に予定表を見る」「退勤前に机の上を確認する」と決めれば、一日中予定を気にし続けなくても確認の機会を作れます。
合図を見た瞬間に予定が浮かぶ
予定をずっと意識していなくても、関係する物や場面を見た瞬間に思い出すことがあります。
返却する本を外出用のカバンの上へ置いておけば、家を出るときに本が目に入ります。買う予定の商品と同じ空き容器を買い物袋の近くへ置けば、店へ向かう前に不足を思い出せます。
予定と合図が結び付いていれば、ずっと意識していなくても、本や書類を見た瞬間に行動を思い出せることがあります。
目印を置く場所は、単に目立つ場所ならよいわけではありません。実際に行動へ移せる場面で目に入るほど、合図として使いやすくなります。
やることを忘れにくくする4つの工夫
予定をすべて頭の中だけで管理する必要はありません。実行する場面を具体的に決め、通知や物の置き場所も利用すると、必要なタイミングで予定を思い出しやすくなります。
ここで紹介する方法は、予定を思い出しやすくするための工夫です。どのような状況でも確実に思い出せるわけではないため、忘れると困る予定では複数の方法を組み合わせるとよいでしょう。
1.場面と行動を一組にする
予定を「もし○○したら、そのとき△△する」という形にすると、場面と行動を結び付けやすくなります。
例えば、次のように置き換えられます。
「あとでメールを返す」
↓
「昼食を食べ終えたら、席へ戻る前にメールを返す」
「帰宅後に書類を出す」
↓
「玄関で靴を脱いだら、書類をカバンから出して机へ置く」
特定の場面と行動を結び付ける方法は「実行意図」と呼ばれます。
複数の研究をまとめた分析でも、場面と行動をあらかじめ結び付ける方法は、予定を思い出して実行する助けになると報告されています。実行する場面を頭の中で想像しておくと、合図と行動の関係をより具体的にできます。
2.目に入りやすい場所に目印を置く
必要な物を目に入る場所へ移すと、その物自体が予定の合図になります。
返却する本は外出用のカバンの上、持参する書類は玄関の近く、買う物の空き容器は買い物袋のそばに置くと、実行する場面と目印が近くなります。
予定と関係のないときに何度も目へ入る場所では、合図に慣れてしまい、見ても予定を思い出さなくなることがあります。行動する直前に目へ入りやすい場所へ置くと、合図として使いやすくなります。
予定をメモ、通知、カレンダー、物の置き場所などへ任せる方法は「意図の外部化」と呼ばれます。外部の道具へ予定を預けることで、頭の中で覚え続ける負担を減らし、実行のきっかけを作れます。
3.通知には時刻と行動を書く
「予定あり」「忘れない」とだけ書かれた通知では、何をすればよいのかを思い出す作業が残ります。
「15時 取引先へ見積書を送る」
「退勤時 机の引き出しから鍵を持ち帰る」
このように、時刻や場面と行動を一緒に書くと、通知を見た後に迷いにくくなります。
通知する時刻も重要です。電車内など、その場で作業できない時間に通知すると、内容を確認しただけで終わるかもしれません。
すぐに実行できない場合は、再通知を設定するか、実行できる時間へ予定を移します。通知を見ることではなく、その後に行動できるかまで考えて設定すると使いやすくなります。
4.思い出した時点で次の合図を作る
予定を思い出した瞬間に実行できるなら、その場で終わらせると再び忘れる機会を減らせます。
すぐに行動できない場合は、「後で覚えておこう」で終わらせず、新しい通知や目印を作ります。
会議中に電話する予定を思い出したなら、会議の終了時刻に通知を設定します。帰宅後に必要な作業なら、使う物を玄関や机など、実行時に目へ入りやすい場所へ移します。
思い出した時点で次の合図を用意すれば、もう一度忘れる可能性を減らし、実行できる時間まで予定を残せます。
Q&A
まとめ
やることを忘れるのは、予定の内容が頭から完全に消えたからとは限りません。
未来の行動を思い出す展望記憶では、実行の機会に気づき、予定の内容を呼び出して、実際の行動へ切り替える必要があります。目の前の作業へ集中していたり、予定を思い出す合図が曖昧だったりすると、内容を覚えていてもタイミングを逃します。
「あとでやる」という予定は、「昼食後に返信する」のように場面と行動へ置き換えると、思い出すきっかけを作れます。
忘れると困る予定は記憶だけに任せず、メモ、通知、カレンダー、物の置き場所なども利用すると実行へつなげやすくなります。どの方法でも忘れる可能性は残るため、予定の重要度に合わせて使い分けることが大切です。
参考資料
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