LANパーティーとは、参加者がPCを同じ場所へ持ち寄り、LANにつないで対戦や協力プレイを楽しむ集まりです。オンライン対戦が今ほど手軽ではなかった時代には、PC本体だけでなく重いブラウン管モニターまで運び、仲間と何時間もゲームを楽しむ文化が広がりました。
現在なら、自宅から簡単にマルチプレイへ参加できます。それでも当時のPCゲーマーが機材一式を抱えて集まったのは、通信環境だけが理由ではありません。
ゲームを遊び、PCを見せ合い、接続トラブルが起きれば一緒に原因を探す。LANパーティーには、ゲームとPCの両方を楽しむコミュニティならではの交流がありました。
LANパーティーとは?同じ場所にPCを持ち寄るゲーム会
LANは「Local Area Network(ローカルエリアネットワーク)」の略で、家庭や学校、会社、イベント会場など、限られた範囲にある機器をつなぐネットワークを指します。
LANパーティーでは参加者のPCをネットワーク用のハブやスイッチにつなぎ、同じLAN内で通信できる状態にします。ゲームがLAN対戦に対応していれば、同じ会場にいるプレイヤー同士で対戦や協力プレイができます。
規模は友人宅へ数人が集まるものから、大きなイベントホールを使うものまでさまざまです。自分のPCを持参する参加形式は「BYOC(Bring Your Own Computer=自分のコンピューターを持ち込む形式)」とも呼ばれます。
現在も米国のPDXLANではBYOC形式のLANパーティーが行われ、参加者が自分のPCを持ち込んでゲームを楽しんでいます。
LANパーティーが広がった時代のゲーミングPCは、大型のデスクトップ型が中心でした。さらに現在の薄型ディスプレイではなく、奥行きと重量のあるCRT(ブラウン管)モニターも広く使われていました。
PC本体だけを運べば済むわけではありません。モニター、キーボード、マウス、電源ケーブル、LANケーブルなど、普段使っているゲーム環境をまとめて会場へ持ち込むのがLANパーティーでした。
なぜ重いPCまで持ち寄っていたの?
1990年代から2000年代初頭には、同じ場所へPCを持ち寄ることに実用面の利点がありました。それに加えて、顔を合わせながらゲームをすること自体も参加する理由になっていました。
1. LANなら快適な対戦環境を作りやすかった
1990年代には電話回線を利用するダイヤルアップ接続も使われており、現在ほど高速なインターネット環境が一般化していませんでした。
インターネット経由でもマルチプレイは可能でしたが、回線状況によって通信遅延、いわゆる「ラグ」が発生します。一瞬の操作が勝敗を左右するFPS(ファーストパーソン・シューティング=一人称視点のシューティングゲーム)では、プレイの快適さにも影響します。
同じ建物のLANにつながったPC同士なら、遠隔地のネットワークを経由する場合よりも遅延の少ない環境を作りやすくなります。
1996年に登場した『Quake』の技術資料にも、ローカルネットワークでのマルチプレイや専用サーバーの仕組みが詳しく記されています。最大16人まで参加できる設定も用意されていました。
当時もインターネット対戦そのものは存在していました。そのうえで、LANには安定したマルチプレイ環境を作りやすい利点があったわけです。
2. 『DOOM』や『Quake』などがLAN対戦で遊ばれた
LANパーティーで盛んに遊ばれるようになったのが、1990年代に登場したネットワーク対応PCゲームです。
代表的な作品の一つが、id Software(イド・ソフトウェア)が1993年に発売した『DOOM』でした。公開されているソースコードには最大4人のプレイヤーを扱う設定があり、対戦用の「deathmatch(デスマッチ)」も組み込まれていたことが確認できます。
続く『Quake』ではマルチプレイの規模がさらに広がりました。その後も『StarCraft』『Counter-Strike』『Warcraft III』など、複数人で競ったり協力したりできるPCゲームが登場していきます。
人間を相手にするゲームでは、同じマップでも展開は毎回変わります。LANパーティーなら対戦相手がすぐ近くにいるため、倒した瞬間に歓声が上がったり、負けた側から声が飛んできたりします。
画面の中ではデジタルな対戦をしながら、その反応は同じ部屋で直接受け取る。この距離の近さもLANパーティーの特徴でした。
3. PCそのものを見せる楽しみもあった
LANパーティーでは、試合と試合の間にも参加者同士の交流がありました。ゲームの設定を教えたり、新しく購入したパーツについて話したり、PCの組み立て方について情報を交換したりすることもあります。
さらに、PCケースに窓を付ける、内部に照明を加える、外装を加工するといった「ケースMOD(PCケースの改造)」を楽しむ人もいました。
会場へ持ち込まれた改造PCは、ゲームを動かす道具であると同時に、ほかの参加者へ見せる対象にもなりました。LANパーティーとケースMODの関係を扱った研究でも、PC本体が会場で注目される存在だったことが取り上げられています。
この文化は過去だけのものではありません。現在のPDXLANでもPCケースの改造を競うコンテストが開催されており、PCそのものを披露する楽しみはBYOCイベントの一部として残っています。
自宅では他人に見せる機会が少ないPCも、会場へ運べば多くのゲーマーの目に触れます。LANパーティーはゲーム会であり、自分の「愛機」を持ち寄るPC好きの交流会でもありました。
PCを並べるだけでは始まらない?LANパーティーの会場風景
LANパーティーの会場には、現在のゲームイベントとはかなり違った光景が広がっていました。
机の上にはデスクトップPCと大きなCRTモニター。その裏には電源コードやLANケーブルが何本も伸びます。長時間開催されるイベントでは、参加者が食事や休憩を挟みながら夜通しゲームを続けることもありました。
そして、機材を運び込めばすぐに全員で遊べるとは限りません。
接続やゲーム環境を合わせる作業も必要だった
各PCをネットワークにつなぎ、ゲームからほかの参加者やサーバーが見える状態にする必要があります。
『Quake』の技術資料にも、LAN上でゲームを探す機能や専用サーバーを起動する方法が記されています。1990年代のPCゲームでは、現在のオンラインゲームほど接続作業が自動化されていない場面もありました。
誰か一人だけ接続できない。サーバーが見つからない。設定が合わない。
そんなときには参加者同士でPCをのぞき込み、原因を探します。ネットワークやPCに詳しい人が頼られることもあり、ゲームが始まる前の準備も参加者同士の交流の一部になっていました。
数人の集まりが2万人を超えるイベントにも発展
LANパーティーは友人宅で行う小規模なものだけではありません。その代表的な大規模イベントとして知られるのが、スウェーデンのDreamHack(ドリームハック)です。
DreamHack公式によると、1994年にスウェーデン・マールングの学校の地下室から始まりました。その後、コンピューター文化のデモシーンから、ゲームやeスポーツも扱う大規模イベントへ発展していきます。
ギネス世界記録には、2013年11月のDreamHack Winterが「Largest LAN party(最大のLANパーティー)」として掲載されています。
記録された人数は22,810人で、そのうち8,714人が自分のコンピューターを持参していました。
数人でPCをつないで遊ぶスタイルが、やがて何千台ものコンピューターが集まるイベントへ発展しました。規模が大きくなるにつれ、ゲーム大会や観戦、企業展示なども加わり、PCゲーム文化を共有する場としての役割も広がっていきました。
日本では温泉宿にPCを持ち込んだLANパーティーも
LANパーティーは海外だけで行われていたわけではありません。日本でも、PCを持ち寄って対戦する集まりが開催されていました。
初期の例として知られているのが、1999年に開催された「熱海温泉LANオフ」です。
GAME Watchが後年掲載した記事によると、熱海の温泉宿「芳泉閣」に17人のゲーマーが集まり、PCとCRTモニターを持参しました。畳敷きの宴会場には17台のPCが設置され、朝まで対戦が行われたと記録されています。同記事では、この集まりを「日本のLANパーティのはしり」と紹介しています。
温泉宿の宴会場といえば、食事や宴会に使われるのが一般的です。その畳の上に折りたたみ机を置き、デスクトップPCとブラウン管モニターを並べる光景は、日本で行われたLANパーティーの印象的な一例です。
「熱海温泉LANオフ」は一度だけではなく、2001年まで年1回のペースで3回開催されたと記録されています。
その後も日本ではLANパーティーが続き、2005年には「BIGLAN」などのイベントが開催されました。2018年にはベルサール高田馬場で「C4 LAN 2018 WINTER」が3日間にわたって行われ、GAME Watchは当時「国内最大規模のLANパーティー」と紹介しています。
畳敷きの温泉宿から大規模イベント会場まで、日本でもPCを持ち寄ってゲームを遊ぶ文化が続いてきました。
LANパーティーは現在なくなったの?
高速インターネットが普及し、ゲーム側にもオンライン対戦機能が標準的に用意されるようになると、マルチプレイのためだけにPC一式を運ぶ必要性は小さくなりました。ボイスチャットなどを使えば、離れた場所から会話しながら遊ぶこともできます。
大規模LANイベントとして知られるDreamHackも転換期を迎えています。
DreamHackは2026年5月、長年続けてきたBYOC LAN部門を終了する方針を発表しました。公式発表では、2025年に自分のPCを持参する参加者が全チケット購入者の10%未満まで減ったことや、大規模なBYOC設備を運営する負担が増えたことなどを理由に挙げています。
2026年のDreamHack StockholmではBYOC LANを行わず、会場側が100台を超えるPCを用意する「PC Freeplay(PCを自由に利用できるゲームエリア)」へ移行しています。
一方で、昔ながらの形式がなくなったわけではありません。
米国オレゴン州近郊のPDXLANは2026年現在もBYOC形式を掲げ、参加者が自分のコンピューターを持ち込むイベントを続けています。2026年秋にも開催が予定されており、PCを持ち寄るスタイルは現在も一部のコミュニティで続いています。
かつては快適な通信環境を作ることも、同じ場所に集まる理由の一つでした。現在ではオンライン環境が大きく進歩したため、顔を合わせて遊ぶことや、PCゲーム好きが同じ会場で交流することに重きが置かれるようになっています。
まとめ
LANパーティーとは、PCを同じ場所へ持ち寄り、LANにつないで対戦や協力プレイを楽しむ集まりです。
インターネット環境が現在ほど高速・安定していなかった時代には、LANで快適なマルチプレイ環境を作れることに大きな利点がありました。しかし、LANパーティーを形作っていたのは通信環境だけではありません。
重いPCやCRTモニターを運び、自慢のマシンを見せ合う。接続できなければ仲間と原因を探し、準備が整えば隣にいる相手とゲームを続ける。こうした時間もLANパーティーの一部でした。
オンライン対戦が身近になった現在も、PCを持ち寄るLANパーティーは一部のコミュニティで続いています。通信方法は変わっても、同じ場所に集まってPCゲームを楽しむスタイルそのものは残っています。
参考情報
- DreamHack「Goodbye, BYOC」
- Guinness World Records「Largest LAN party」
- GAME Watch「POLYGON犬飼のeスポーツ博士がゆく」
- id Software 公式GitHub「DOOM Open Source Release」
- id Software 公式GitHub「Quake GPL Source Release/TECHINFO.TXT」
- Bart Simon「Geek Chic: Machine Aesthetics, Digital Gaming, and the Cultural Politics of the Case Mod」Games and Culture.
- PDXLAN 公式サイト
