歴史ものやファンタジー作品では、「公爵」と「侯爵」というよく似た爵位が登場します。
漢字で見れば別の言葉だと分かりますが、どちらも読み方は「こうしゃく」です。しかも、公爵と侯爵は同じ身分を別の字で表しているわけではなく、順位も意味も異なります。
それなのに、なぜ日本語ではまったく同じ読みになったのでしょうか。
背景にあるのは、意味の異なる「公」と「侯」が、爵位名で使われる漢音ではどちらも「コウ」と読むことです。
別の意味を持つ「公」と「侯」が日本語ではともに「コウ」と読まれ、共通する「爵」が付くことで、結果としてどちらも「こうしゃく」という同じ読みになります。
公爵と侯爵が同じ「こうしゃく」になった背景
「公」と「侯」は、もともと意味の異なる漢字です。それでも爵位名では、公爵も侯爵も「こうしゃく」と読みます。
その背景には、漢字の音読みが一つではないことがあります。
日本では中国から漢字とその発音を取り入れてきましたが、すべてが同じ時代、同じ経路で伝わったわけではありません。そのため、日本の漢字音には呉音・漢音・唐音など、いくつかの系統があります。
「公」は漢音で「コウ」と読みますが、呉音では「ク」という読みもあります。
一方、「侯」も漢音では「コウ」と読みます。
つまり、
公 → コウ
侯 → コウ
と、意味の異なる二つの字が、爵位名で使われる漢音では同じ音になっています。
そこへ共通する「爵(シャク)」が付くため、
公爵=こうしゃく
侯爵=こうしゃく
と、結果として二つの爵位名が同じ読みになります。
二つの爵位を同じものとして扱うため、意図的に読みをそろえたわけではありません。
漢字の音読みは、中国語の発音が日本へ伝わり、日本語の音として定着してきたものです。その過程では、別の漢字が日本語では同じ音読みになることもあります。
公爵と侯爵も、意味は異なるまま、爵位名としての読みだけが重なった言葉なのです。
公爵と侯爵はどちらが上?
読みが同じでも、公爵と侯爵は同じ爵位ではありません。
近代日本で使われた五爵では、公爵が最上位で、侯爵はその次に位置していました。
1884年(明治17年)に華族令が公布され、日本では公・侯・伯・子・男の五爵制が定められています。
そのため、音だけを聞けば同じ「こうしゃく」でも、制度上は明確に別の爵位でした。
読みが同じだからといって、爵位としての意味や順位まで同じになるわけではありません。
日本の華族制度や、公爵・侯爵・伯爵・子爵・男爵それぞれの位置づけについては、「日本でも爵位は使われていた?華族制度と五爵の歴史」で詳しく紹介しています。
公爵と侯爵という二つの名称には、さらに古い中国の爵位名につながる背景があります。
「公・侯・伯・子・男」という並びは中国古典にも見られる
「公」と「侯」の違いは、近代日本で初めて作られたものではありません。
「公・侯・伯・子・男」という五つの名称は、中国古典にも登場します。
中国古典の『礼記』「王制」には、公・侯・伯・子・男を五等として並べる記述があります。後世にも、この五つは爵位を表す名称として知られてきました。
このことからも、「公」と「侯」は同じ地位を二通りの漢字で書いたものではなく、別の名称として扱われてきたことが分かります。
ただし、中国の爵位制度は時代によって変化しています。『礼記』などに見られる五等の考え方と、近代日本の華族制度をそのまま同じものとして考えることはできません。
近代日本では、公・侯・伯・子・男という古くから使われてきた名称を五爵に採用しましたが、制度の仕組みまで古代中国と同一だったわけではないのです。
公と侯は、歴史的にも別の地位を表す名称でした。
それが日本語では、
意味は分かれたまま、音だけが重なった。
公爵と侯爵は、意味では区別されながら、読みだけが同じになった言葉なのです。
「爵」はもともと酒器を表す言葉でもあった
公爵と侯爵に共通して付いている「爵」にも、古い意味があります。
現在では「爵位」「公爵」「侯爵」などの言葉から、身分や位を表す字という印象が強いかもしれません。
一方で「爵」には、古代中国で使われた酒器という意味もあります。
古代中国の爵は、三本足を持つ青銅製の酒器として知られ、祭礼などに使われました。
さらに古代の儀礼では、酒器と身分秩序にも関わりがあり、「爵」は位や身分を表す言葉としても使われるようになりました。
そのため「爵」という一字には、
- 祭礼などに使われた酒器
- 人の位や身分を表す爵位
という、現在では少し離れて見える二つの意味があります。
ただし、「酒器だったものが、そのまま爵位という意味に変化した」と単純に説明できるものではありません。
酒器と爵位の関係には古代の儀礼や身分秩序も関わっており、「爵」という言葉には、酒器と位の両方につながる古い背景があると見るのが分かりやすいでしょう。
現在の「公爵」「侯爵」という言葉だけを見ると、酒器との関係はほとんど想像できません。
しかし字の歴史までたどると、爵位を表す言葉の奥には、古代中国の文化や儀礼も関わっていることが見えてきます。
まとめ
公爵と侯爵がどちらも「こうしゃく」と読まれる背景には、日本語の漢字音があります。
「公」と「侯」は意味の異なる字で、歴史的にも別の地位を表す名称として使われてきました。しかし、爵位名で使われる漢音では「公」も「侯」も「コウ」です。
そこへ同じ「爵(シャク)」が付くため、「公爵」と「侯爵」は結果として同じ「こうしゃく」という読みになります。
読みは同じでも、近代日本では公爵が上位、侯爵がその次です。また、公・侯・伯・子・男という名称には中国古典までさかのぼる背景がありますが、古代中国と近代日本の爵位制度が同じものだったわけではありません。
公爵と侯爵が同じ「こうしゃく」なのは、同じ爵位だからではなく、別の意味を持つ「公」と「侯」の漢字音が、日本語の爵位名では同じ「コウ」になったためです。
参考情報
- 国立国語研究所「同じ漢字なのに、日本語と中国語では発音がまったく違うのはなぜですか」
- コトバンク「公」
- コトバンク「侯」
- 国立公文書館「明治17年(1884)7月|華族令が制定される」
- コトバンク「公侯伯子男」
- 漢字ペディア「爵」
