月の南極には、底の大部分へ直射日光が届かないシャクルトンクレーターがあります。直径は約21キロメートル、深さは約4キロメートル。月の南極点はクレーターの縁付近にあります。
底には長期間にわたって太陽に照らされない場所が広がる一方、縁には日光を受ける時間が長い地点があります。明るい高所と暗い永久影が隣り合うため、太陽光発電を利用しながら、水の氷を調査できる可能性がある場所として注目されてきました。
月の南極域で水が凍った状態の氷が確認されていることは、シャクルトンクレーターの底に大量の氷があることを直接示すものではありません。氷が存在する可能性を示す観測はありますが、量や分布はまだ詳しく分かっていません。
シャクルトンクレーターは月の南極点に近い
シャクルトンクレーターは、月の南極点のすぐ近くにある衝突クレーターです。中心は南緯約89.7度にあり、南極点はクレーターの縁付近に位置します。
直径は約21キロメートル、縁から底までの深さは約4キロメートルです。月の南極を示す地図や画像では、位置を知るための目印として扱われることもあります。
名称は、南極探検で知られるアーネスト・シャクルトンに由来します。地球の南極を探検した人物の名前が、月の南極にあるクレーターへ付けられているわけです。
「シャクルトン」という名称は、1994年に国際天文学連合によって正式に採用されました。
クレーターの底はなぜ暗いままなのか
月の自転軸の傾きは約1.5度です。地球の約23.4度と比べて小さいため、月の南極付近では太陽が空高く昇らず、地平線付近を低く移動します。
低い位置から差し込む日光は、深いクレーターの壁に遮られます。シャクルトンクレーターの内側には、長期間にわたって直射日光を受けない永久影(えいきゅうえい)が広がっています。
永久影という名前でも、光がまったく届かないわけではありません。周囲の山やクレーターの壁から反射した、ごく弱い光が入ることがあります。一般的な観測カメラでは地形を鮮明に捉えにくいほど暗いため、内部の観測には高感度の機器が使われています。
縁は一年中明るいとは限らない
暗い底に対して、クレーターの縁にある高い場所は比較的長い時間にわたって日光を受けます。
縁にある複数の地点を組み合わせると、年間の90%を超える時間で、いずれかの地点に日光が当たるという調査結果があります。太陽光発電を使う探査機や、将来の活動拠点を考えるうえで有利な条件です。
ただ、一つの地点へ一年中日光が当たり続けるわけではありません。「永遠の光の峰」と表現されることがありますが、実際には長時間照らされやすい場所と捉えるほうが正確です。
永久影にはなぜ氷が残りやすい?
永久影の内部は日光で温められにくく、月面でも特に低い温度が続く場所です。
月には地球のような厚い大気がないため、日なたと日陰で温度が大きく変わります。永久影は、水などの揮発しやすい物質を長期間閉じ込める「低温のわな」として働く可能性があります。
月の水は、彗星や小惑星の衝突によって運ばれたほか、太陽風と月面の物質との反応によって生じた可能性も考えられています。月へ運ばれたり月面で生じたりした水分子が永久影へ移動すると、氷として残ることがあります。
温度が低い場所では、氷が液体を経ずに気体へ変わる昇華も起こりにくくなります。そのため、永久影には長い年月をかけて水やほかの揮発性物質がたまる可能性があります。
月の南極域にある永久影では、複数の観測によって水が氷の状態で存在することが確認されています。
シャクルトン内部の氷はどこまで分かっている?
レーザーを使った観測では、シャクルトンクレーターの底の一部が、周囲より明るく光を反射することが分かりました。
氷は光を反射しやすいため、この結果は氷がある可能性を示す材料の一つになりました。しかし、地表の状態によっても光の反射の仕方は変わります。明るく見えることだけで、氷が存在すると判断することはできません。
日本の月探査機「かぐや」が撮影した画像でも、クレーターの表面に大量の氷が露出している様子は確認されませんでした。
この観測だけで、シャクルトンクレーターに氷がないと断定することもできません。氷が地表から見えにくい形で月の土に混ざっている可能性があり、画像だけでは詳しい量や分布を調べにくいためです。
シャクルトンクレーターに氷があるとしても、どの場所にどの程度あり、探査機が利用できる状態なのかは、これから詳しく調べる必要があります。
水の氷が直接確認された場所は別のクレーター
NASAの月探査機LCROSS(エルクロス)は、2009年にロケット上段を月の南極域にあるカベウス・クレーターへ衝突させました。
衝突で舞い上がった物質を観測した結果、水の氷が含まれていることが確認されました。月の極域に氷が存在することを示す代表的な調査結果です。
LCROSSが水の氷を直接確認した場所は、シャクルトンではなくカベウス・クレーターでした。「月の南極で氷が見つかった」という情報だけでは、どのクレーターで確認されたのかが省かれていることもあります。
暗い底を撮影できたのはなぜ?
永久影の内部は非常に暗いため、一般的な月面観測用カメラでは地形が黒くつぶれてしまうことがあります。
そこで永久影の撮影に使われているのが、シャドーカムです。韓国の月探査機ダヌリに搭載されたNASAの観測装置で、暗い場所の撮影に特化しています。
シャドーカムは、NASAの月周回衛星ルナー・リコネサンス・オービター(LRO)の狭角カメラより、約200倍高い感度を持ちます。
直射日光がなくても、周囲の地形から届くごく弱い反射光を捉え、永久影の内部を撮影できます。
2023年には、LROが撮影した日なたの地形と、シャドーカムが撮影した永久影の画像を組み合わせたモザイクが公開されました。明るい場所と暗い場所を一枚の画像で見られるため、クレーター周辺の地形を把握しやすくなっています。
以前は黒く写っていた底や斜面の様子も確認できるようになり、着陸地点や探査機の走行経路を考えるための資料として使われています。
月面探査で注目される理由
シャクルトンクレーター周辺には、長時間日光を受ける高所と、氷が残っている可能性のある永久影が近接しています。
高所では太陽光発電を利用できる可能性があり、永久影では水や揮発性物質を調査できます。電力を得やすい場所と、調査対象のある場所が比較的近いことが注目される理由です。
十分な量の氷が利用できる状態で見つかれば、将来は飲料水や酸素、ロケット燃料の原料として活用できる可能性があります。地球から運ぶ物資を減らせるため、月で長期間活動する際の助けになるかもしれません。
氷には資源とは別の価値もあります。永久影に残った氷や物質を調べれば、月へ水が運ばれた経緯や、長い間に月の周囲で起きた変化を知る手がかりになる可能性があります。
日照時間の長い高所があるものの、クレーター周辺の探査は容易ではありません。永久影の内部は極端に温度が低く、周囲には急な斜面や長く続く影があります。着陸や走行には、明るい月面とは異なる対策が必要です。
Q&A
まとめ
シャクルトンクレーターは、月の南極点に近い直径約21キロメートル、深さ約4キロメートルの衝突クレーターです。
月の自転軸の傾きが小さく、太陽が地平線付近を低く移動するため、内側の大部分は直射日光を受けない永久影になっています。縁には、比較的長い時間にわたって日光が当たる地点もあります。
月の南極域には水の氷が存在しますが、シャクルトンクレーター内部の量や分布はまだ詳しく分かっていません。高感度のシャドーカムによって、暗い底の地形も少しずつ観測できるようになりました。
シャクルトンクレーターの調査は、月の南極に水が残る仕組みや、将来どのように探査するかを考える手がかりになります。
参考情報
- USGS Gazetteer of Planetary Nomenclature「Shackleton」
- NASA Science「Shackleton Crater’s Illuminated Rim & Shadowed Interior」
- NASA Science「Moon Water and Ices」
- JAXA「月周回衛星『かぐや(SELENE)』搭載の地形カメラによる南極シャックルトンクレータ内の永久影領域の水氷存在に関する論文のサイエンスへの掲載について」
- NASA「NASA’s ShadowCam Images Lunar South Pole Region」
- NASA Science「LCROSS」
