戦国武将はなぜゲンを担いだ?出陣前に守った禁忌と作法の背景

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戦国武将は出陣前に、食べ物や日取り、方角の縁起を重んじていました。軍陣の作法には、妊娠中や出産直後の女性を武具から遠ざける禁忌も記されています。

「戦の前には女性に触れてはいけなかった」と語られることもありますが、女性との接触すべてを禁じた決まりではありません。印象に残りやすい言い伝えの背景には、出陣の膳や武具の扱いにまで意味を持たせた、細かな軍陣作法がありました。

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戦国武将が出陣前にゲンを担いだ背景

戦国時代の合戦は、どれほど準備を整えても予定どおりに進むとは限りませんでした。天候の変化、敵の奇襲、味方の離反、兵糧不足など、勝敗を左右する要素がいくつもあったためです。

武将は敵軍の位置や兵力を調べ、武器や食料をそろえて戦場へ向かいました。それでも先の展開をすべて読み切ることはできません。命を落とすおそれがある場面で、縁起や吉凶が重んじられたのも無理はなかったでしょう。

出陣前の儀式は、勝利を願うための作法であるとともに、日常から戦場へ移る区切りにもなっていました。決められた膳を口にして身支度を整える一連の流れには、出発に向けて心を定める意味もあったとみられます。

ただの気休めに見える行為であっても、当時の武将にとっては軍陣のしきたりの一部です。食べ物の並べ方、武具を扱う人、出陣する日時に至るまで、さまざまな物事が勝敗と結びつけられていました。

出陣前は女性との関わりを慎んだ?

戦国時代のゲン担ぎとして、とくに印象に残りやすいのが女性をめぐる禁忌です。

「女性に触れると戦に負ける」といった説明を見かけることもあります。しかし、少なくとも軍陣書に記された内容は、女性との接触全般を禁止するものではありません。妊娠や出産と、出陣に用いる武具との関わりについて細かな決まりが設けられていました。

妊娠中の女性には武具を縫わせなかった

国立歴史民俗博物館の研究報告で取り上げられている軍陣故実書『出陣次第』には、妊娠中の女性に武具を縫わせないという内容があります。

ここで対象となっているのは、日常生活で使う衣服すべてではありません。戦場へ持っていく武具や、出陣の準備に関係する品です。

同じ資料には、出産から33日を過ぎていない女性に武具を触れさせないという記述もあります。よく知られる「女性に触れてはいけない」という話より、対象と期間が細かく定められていたことが分かります。

女性との接触すべてが禁じられたわけではない

軍陣書に残るのは、妊娠中や産後の女性と武具との接触を避ける作法です。母親や妻、娘を含め、すべての女性に近づいてはいけないという記述ではありません。

出陣の作法は、地域や家、軍学の流派によって違っていたとみられます。大将向けに書かれた決まりを、足軽まで含むすべての武士が同じように守っていたとも限りません。

そのため「戦国時代には、女性に触れると負けると信じられていた」と言い切ると、史料に残る内容より話を広げすぎてしまいます。軍陣書から読み取れるのは、妊娠や出産に関わる女性を、出陣用の武具から遠ざける禁忌があったということです。

背景にあった「穢れ」の考え方

妊娠や出産をめぐる禁忌は、当時の「穢れ」という考え方と関連づけて説明されています。

穢れは、現代でいう不潔さや衛生上の汚れと同じ意味ではありません。死や出産など、普段とは異なる出来事に関わる儀礼上の状態を指し、一定の期間を置いたり、清めを行ったりする考え方と結びついていました。

戦場は流血や死と隣り合わせの場所です。出陣に用いる武具と出産を遠ざける作法にも、当時の儀礼観が影響していたとみられます。

一方で、禁忌が生まれた理由を穢れだけで説明することはできません。軍学や武家社会のしきたりなど、複数の要素が関わっていた可能性もあります。女性そのものが戦に悪い影響を与えるとする現代的な話へ置き換えず、当時の軍陣作法として捉えることが大切です。

出陣前の食べ物に込められた勝利への願い

女性と武具をめぐる禁忌よりも、内容がはっきり残っているのが出陣前の食事です。

戦国時代前期の軍陣の先例を記した『高忠軍陣聞書』(たかただぐんじんききがき)には、打ちアワビ、勝栗、昆布を使った出陣の儀式が登場します。

三品は、それぞれの名前を戦に関係する言葉へ重ねて選ばれていました。食材だけでなく、食べる順番にも勝利への願いが込められています。

打ちアワビ・勝栗・昆布で「打ち勝ち喜ぶ」

打ちアワビは、アワビの身を薄く長く切り、打ち延ばして干したものです。「打ち」という音が、敵を「討つ」ことにつながります。

勝栗(かちぐり)は、干した栗を臼で搗き、殻と渋皮を取り除いた食べ物です。本来は「搗栗」と書きますが、「かち」が「勝ち」に通じるため、出陣や祝いの席で縁起物として使われました。

昆布には「喜ぶ」という意味が重ねられています。

打ちアワビ、勝栗、昆布の順に口にすると「打ち、勝ち、喜ぶ」という流れになります。敵を討ち、戦に勝ち、無事に帰って喜ぶという願いを、三つの食べ物で表したのです。

帰陣すると食べる順番が変わった

戦いに勝って帰った際には、同じ三品でも順番が変わります。

帰陣時は、勝栗、打ちアワビ、昆布の順です。こちらには「勝ち、打ちて、喜ぶ」という意味が込められていました。

出陣時は、これから敵を討って勝つことを願う順番です。帰陣後は、勝利したことを喜ぶ順番へ変わります。新しい食材を加えるのではなく、並べ方を変えて場面の違いを表していました。

現在でも試験や試合の前に、勝利の「勝つ」と豚カツなどの「カツ」を重ねることがあります。言葉の音に願いを託す発想は、戦国時代の出陣膳にも見られたのです。

北条氏綱の船へ飛び込んだ「勝つ魚」

魚を使ったゲン担ぎとしては、北条氏綱(ほうじょう・うじつな)と鰹の逸話も伝わっています。

江戸時代初期に書かれた『北条五代記』(ほうじょうごだいき)によると、天文6年(1537年)の夏、氏綱が乗る船へ鰹が飛び込みました。氏綱は鰹を「勝つ魚」と結びつけ、縁起のよい出来事として喜んだとされています。

その後の合戦で北条方が勝利したため、出陣前に鰹を食べることが吉例になったと記されています。

『北条五代記』は、逸話の舞台となった時代より後に成立した書物です。鰹が船へ飛び込んだ場面の細部まで同時代の記録で確かめられているわけではありませんが、北条家にまつわる縁起のよい話として伝えられてきました。

出陣の日取りや方角の吉凶も重んじられた

戦国武将が気にしたのは、食べ物や武具だけではありません。出陣する日や進む方角にも、吉凶を読む考え方が取り入れられていました。

当時の軍学には、武器や戦い方の知識だけでなく、出陣や凱旋の儀式、雲の様子、日取り、方角などを扱う分野も含まれていました。

軍配は団扇だけを表す言葉ではなかった

現在「軍配」と聞くと、大相撲の行司が持つ軍配団扇を思い浮かべる人が多いでしょう。

軍配には、軍勢を配置して指揮することのほか、日取りや方角の吉凶を占い、軍の手配を行うという意味もありました。軍配団扇には、八卦や日月、星などの模様が描かれることもあります。戦場で指示を出す道具であると同時に、戦勝祈願や吉凶判断とも関わる品でした。

また、軍学では雲気(うんき)と呼ばれる、雲の様子から吉凶を読む考え方も扱われました。こうした占いは、当時の信仰や軍陣作法と結びついた戦支度の一部でした。

占いだけで出陣が決まったとはいえない

日取りや方角は重んじられましたが、占いだけで出陣が決まったとはいえません。

敵の位置や兵力、城の守り、兵糧の残り、援軍が到着する時期など、現実の条件を無視して軍を動かすことはできません。吉凶の判断は、数多くある戦支度の一つとして取り入れられていました。

中世の軍配が実際の合戦へどの程度影響したのかは、よく分かっていない部分もあります。軍学には日取りや方角を扱う分野があったものの、その結果だけを頼りに戦っていたとまではいえないのです。

軍陣書の作法を全武士が守ったとは限らない

戦国時代のゲン担ぎを知るときは、軍陣書に書かれた作法と、実際の戦場で行われていたことを分けて考える必要があります。

作法書には、現場で続けられていた慣習だけでなく「大将はこのように振る舞うべきだ」という理想の手順も記されます。書物に載っているからといって、すべての武将や兵が毎回同じ作法を守ったとは限りません。

江戸時代には、古くから伝わる軍陣の作法が軍学者によってまとめ直されました。戦いの少ない時代になると、軍学は武士の教養や修養とも結びつき、さまざまな流派へ受け継がれていきます。

現在知られている戦国時代のゲン担ぎには、当時の軍陣書に残る作法、特定の武将にまつわる逸話、後世に整えられた軍学上の説明が重なっています。

女性と武具をめぐる禁忌も、戦国武将全員の絶対的な決まりではありません。史料に書かれた範囲を越えて話を広げないことで、当時の出陣作法がより分かりやすく見えてきます。

食べ物の名前や並べ方、武具の扱い、出陣する日時にまで意味を込めていたことからは、戦いの前に勝利と無事の帰還を願った人々の意識がうかがえます。

Q&A

戦国時代は女性との接触が禁止されていたのですか?

女性との接触すべてが、全国一律に禁止されていたとはいえません。『出陣次第』には、妊娠中の女性に武具を縫わせないことや、産後33日を過ぎていない女性に武具を触れさせないことが記されています。「女性に触れてはいけない」という話は、こうした禁忌を広くまとめた表現です。

なぜ妊娠中や産後の女性を武具から遠ざけたのですか?

当時の出産や血をめぐる穢れの観念と関係したとみられています。ここでいう穢れは、現代の衛生上の汚れと同じ意味ではありません。出産をめぐる儀礼観のほか、軍学や武家社会のしきたりも関わっていた可能性があります。

出陣前には何を食べていたのですか?

代表的な品は、打ちアワビ、勝栗、昆布です。「打ち、勝ち、喜ぶ」という言葉に重ね、勝利と無事の帰還を願いました。勝って帰陣した後は順番が変わり、勝栗、打ちアワビ、昆布で「勝ち、打ちて、喜ぶ」と表しました。

戦国武将は占いで出陣日を決めていたのですか?

軍学には、日取りや方角の吉凶を扱う「軍配」という分野がありました。出陣時に縁起が重んじられたのは確かですが、占いだけで軍を動かしたとはいえません。敵の位置、兵力、兵糧、援軍など、現実の状況も重要な判断材料でした。

まとめ

戦国武将は出陣前に、食べ物や日取り、方角、武具の扱いなどへさまざまな意味を込めていました。

女性をめぐる禁忌も残されていますが、すべての女性との接触が禁止されていたわけではありません。軍陣書に記されているのは、妊娠中や産後の女性を出陣用の武具から遠ざける限定的な作法です。

打ちアワビ、勝栗、昆布を「打ち、勝ち、喜ぶ」に重ねたように、武将たちは身近な物に勝利への願いを託しました。出陣前のゲン担ぎは、戦場へ向かう人々が無事の帰還を願ったことを今に伝えています。

参考情報

  • 小島道裕・マルクス・リュッターマン「『出陣次第』―戦国時代の戦陣故実」国立歴史民俗博物館研究報告
  • 国立国会図書館「第1章 『だし』以前の鰹と昆布」
  • 國學院大學デジタルミュージアム「Kegare(穢れ)」
  • コトバンク「軍配」

この記事を書いた人

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