「テレポーテーション」と聞くと、人や物がその場から消え、遠く離れた場所へ一瞬で現れる光景を思い浮かべるかもしれません。
実際の物理学にも、「量子テレポーテーション」と呼ばれる仕組みがあります。ただし、移動するのは人間や物体そのものではありません。
量子テレポーテーションで離れた場所へ伝えられるのは、粒子などが持つ「量子状態」です。
しかも、量子もつれだけで情報が瞬時に届くわけではなく、通常の通信も必要になります。名前から想像するSF的な瞬間移動とはかなり違い、現在は量子通信や将来の量子ネットワークに関わる技術として研究されています。
量子テレポーテーションで何が移動する?
量子テレポーテーションとは、ある場所にある量子状態を、離れた場所にある別の量子へ転送する仕組みです。
ここでいう量子状態とは、粒子などが持つ量子的な情報のことです。
たとえば光子なら偏光、電子などではスピンといった性質を量子情報として利用できます。量子コンピューターで使われる量子ビット(qubit/キュービット)も、こうした量子状態によって情報を表します。
重要なのは、元の粒子そのものを送り届けるわけではないという点です。
たとえば東京にある光子の量子状態を大阪側へテレポートしたとしても、その光子自体が東京から大阪まで瞬間移動するわけではありません。大阪側にあらかじめ用意された別の量子が、最終的に元の量子状態を受け継ぎます。
「物を転送する」というより、量子的な情報を離れた場所にある別の量子へ受け渡すと考えたほうが、実際の仕組みに近くなります。
元の量子状態はコピーされない
「同じ状態が遠くにできるなら、コピーしているのでは?」という疑問も出てきます。
しかし量子テレポーテーションでは、元の量子状態を残したまま、まったく同じ状態をもう一つ作るわけではありません。
転送の過程で元の状態はそのままでは残らず、受信側の量子がその状態を受け継ぎます。
これは、未知の量子状態を完全に複製することはできないという量子複製不可能定理とも整合しています。
つまり、
元の状態がこちらに残り、同じものが向こうにもできる
という「コピー」ではなく、
こちらにあった状態が失われ、向こう側の量子へ受け渡される
という形です。
この点は、物体をスキャンして複製するようなSFの転送装置との大きな違いです。
量子テレポーテーションはどうやって行う?
量子テレポーテーションを行うには、大きく分けて量子もつれと通常の通信という2つの要素が必要になります。
量子もつれとは、2つ以上の量子が量子力学特有の相関を持ち、それぞれを完全に独立した状態として扱えなくなる関係です。
量子情報の説明では、送信者を「アリス」、受信者を「ボブ」と呼ぶことがよくあります。
まずアリスとボブは、量子もつれの状態にある2つの量子を1つずつ持ちます。
何の準備もない遠隔地へ、量子状態を突然テレポートできるわけではありません。 標準的な量子テレポーテーションでは、アリスとボブの間で量子もつれをあらかじめ共有しておく必要があります。
アリスの手元には、さらに「ボブへ送りたい未知の量子状態」を持った量子があります。
アリスは、その量子と自分が持つもつれた量子を組み合わせてベル測定と呼ばれる特別な測定を行います。
この測定によって、送りたい元の量子状態はそのままでは残りません。一方、測定によって得られた結果をボブへ通常の通信で伝えます。
標準的な1量子ビットの量子テレポーテーションでは、ベル測定の結果は4通りです。そのため、ボブへ伝える古典的な情報は2ビットになります。
ボブはその測定結果に応じて、自分の量子へ適切な操作を加えます。
すると、ボブの量子が最初にアリスの手元にあった量子状態を受け継いだ状態になります。
大まかな流れは、
量子もつれをあらかじめ共有する
→送りたい量子状態とアリス側の量子を測定する
→測定結果を通常の通信で送る
→ボブが結果に応じて自分の量子へ操作を加える
→元の量子状態がボブ側へ転送される
となります。
アリスは、転送する量子状態の詳しい中身を知らなくても、この手順を実行できます。
なぜ超光速通信にはならない?
量子もつれでは、離れた場所にある量子同士に、通常の物理的な相関とは異なる量子力学特有の相関が現れます。そのため、「情報も一瞬で伝わるのでは?」と思われることがあります。
しかし、量子テレポーテーションを使って光より速く情報を送ることはできません。
テレポーテーションを完成させるには、アリスが得た測定結果をボブへ伝える必要があります。この情報は光通信など通常の通信手段で送るため、その伝達速度が光速を超えることはありません。
測定結果を受け取る前のボブは、自分の量子にどの操作を加えれば元の状態を復元できるのか分かりません。
また、量子もつれだけを利用して、アリスが自由に選んだメッセージを瞬時にボブへ読ませることもできません。
そのため、量子テレポーテーションという名前から「離れた場所へ情報を一瞬で送れる」と考えると、実際の仕組みとは違ってしまいます。
量子テレポーテーションは1993年に理論提案された
量子テレポーテーションの基本的な方法が論文として提案されたのは1993年です。
IBMのチャールズ・ベネット(Charles H. Bennett)ら6人の研究者が、未知の量子状態を、あらかじめ共有した量子もつれと通常の通信を組み合わせて転送する方法を発表しました。
この研究によって、量子力学の法則に沿って未知の量子状態を離れた場所へ受け渡す、具体的な手順が示されました。その後、量子テレポーテーションは量子情報科学の研究テーマの一つとして発展していきます。
1997年には光子を使った実験が報告された
理論提案から4年後の1997年には、量子テレポーテーションを実験で実現した研究が報告されました。
Dik Bouwmeester、潘建偉(Jian-Wei Pan)、アントン・ツァイリンガー(Anton Zeilinger)らの研究チームは、量子もつれした光子を利用し、ある光子が持つ偏光の量子状態を別の光子へ転送する実験を行いました。
この研究は科学誌『Nature』に掲載され、量子テレポーテーションが理論上の手順だけではなく、実験でも扱えることを示す一例となりました。
その後は光子だけでなく、イオンや原子、固体中の量子系など、さまざまな物理系で研究が進められています。
2022年には、3つのノードからなる量子ネットワークで、直接つながっていないノード間の量子ビットをテレポートする実験も報告されました。
さらに2025年には、12.3kmの光ファイバーを介したチップ間の光量子テレポーテーションが報告されています。量子フォトニック回路と光ファイバーを組み合わせた、量子ネットワークに向けた研究例の一つです。
2026年8月には、100個の独立して扱える空間モードを使った、100チャネルの並列量子テレポーテーションも報告されました。複数の量子情報を並行して扱う方向へも研究が広がっています。
近年は、量子テレポーテーションそのものの実証に加え、複数の量子機器をネットワークとして結ぶことや、より多くの量子情報を効率よく扱うための研究も進んでいます。
量子テレポーテーションは何に使われる?
人間や物を転送できないのであれば、「何の役に立つの?」と感じるかもしれません。
量子テレポーテーションが研究されている主な分野の一つが、量子通信や量子コンピューターを結ぶネットワークです。
通常のデジタル情報なら、通信の途中でコピーして信号を増幅できます。一方、未知の量子状態は、まったく同じものを自由にコピーすることができません。
そのため長距離の量子通信では、現在の通信網と同じように、量子状態そのものを単純に複製しながら中継する方法は使えません。
そこで研究されているのが量子リピーターです。
量子リピーターは、量子もつれを段階的に遠くまで広げ、長距離で量子情報を扱うために研究されている仕組みです。量子テレポーテーションも、その構成要素として利用が検討されています。
また、別々の場所にある量子コンピューターや量子メモリーを接続し、量子情報をやり取りする将来の量子ネットワークでも応用が研究されています。
すでに実験室や実証ネットワークではさまざまな量子テレポーテーションが実現していますが、誰もが利用できる大規模な「量子インターネット」が完成しているわけではありません。
量子状態を安定して保持する技術、量子メモリー、光子検出器、量子もつれを遠距離へ効率よく配る技術、異なる量子機器を接続する方法など、実用化へ向けた研究が続いています。
まとめ
量子テレポーテーションは、SF作品のように人や物体そのものを瞬間移動させる技術ではありません。
転送されるのは、光子や原子などが持つ量子状態です。
仕組みには量子もつれが使われますが、送り先との間で量子もつれをあらかじめ共有しておく必要があります。さらに、標準的な量子テレポーテーションでは、測定結果を通常の通信で受信側へ伝えなければなりません。
そのため、量子もつれだけを使った超光速通信にはなりません。また、元の量子状態を残したまま同じ状態を複製する技術でもありません。
基本的な方法は1993年にチャールズ・ベネットらによって提案され、1997年には光子を使った実験が報告されました。その後も研究は進み、現在では量子ネットワークや量子リピーター、量子情報の並列処理などにつながる研究が行われています。
「物体を一瞬で運ぶ技術」ではなく、量子情報を離れた場所にある別の量子へ受け渡す方法。名前と実際の仕組みの違いを知ると、量子テレポーテーションが何を実現しているのかも見えやすくなります。
参考情報
- IBM Quantum Learning「Quantum teleportation」
- Charles H. Bennettほか「Teleporting an Unknown Quantum State via Dual Classical and Einstein-Podolsky-Rosen Channels」Physical Review Letters 70
- Dik Bouwmeesterほか「Experimental quantum teleportation」
- S. L. N. Hermansほか「Qubit teleportation between non-neighbouring nodes in a quantum network」Nature 605
- Dongning Liuほか「Chip-to-chip photonic quantum teleportation over optical fibers of 12.3 km」Light: Science & Applications 14
- American Physical Society「Teleporting More Quantum States at Once」

