確信犯の本来の意味は?「わざとやる人」との違い

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「あの人、分かっていてやっているから確信犯だよね」

日常会話では、「悪いことだと知りながら、わざとやる人」という意味で「確信犯」が使われることがあります。

ところが、本来の確信犯は少し違います。

もともとは、法律に反する行為であっても、自分の道徳的・政治的・宗教的な信念では正しい、あるいは行うべきだと確信して実行する犯罪や、その行為者を表す言葉です。

本来の「確信」は、「悪いと分かっていることを確信している」という意味ではありません。自分の信念に照らして、その行為は正しい、行うべきだと確信していることを指します。

ただし、現在では「悪いと分かっていてわざとやる」という意味も広く使われています。国語辞典にも転じた意味や俗用として掲載されるようになっているため、「本来の意味だけを知れば終わり」という言葉でもありません。

目次

確信犯の本来の意味は「自分の信念では正しいと確信して行う犯罪」

本来の「確信犯」は、単に計画的な犯罪や、悪いと分かっていてわざと行う行為を指す言葉ではありません。

重要なのは、行為者自身が道徳・政治・宗教などの信念に基づき、自分の行為を正しい、あるいは行うべきだと考えていることです。

たとえば、法律では禁止されている行為でも、

「この法律のほうが間違っている」

「自分にはこれを行う道徳的な義務がある」

「自分の思想や信仰に照らせば、この行動が正しい」

と強く信じ、その確信を重要な動機として法律に反する行為をするケースです。

辞書でも、確信犯は政治的・道義的・思想的・宗教的な確信や、それに基づく義務感・使命感によって行われる犯罪として説明されています。

「犯罪だと知っているかどうか」だけではなく、その人がどのような価値観や信念をもとに行動したのかが、本来の意味を理解するうえで重要になります。

「法律に反すると知らない人」という意味でもない

「本人は正しいと思っている」と聞くと、

法律に違反していること自体を知らない人

のようにも受け取れますが、本来の確信犯は必ずしもそうではありません。

法律上は禁止されていると理解していても、

「法律には反する。しかし、自分が信じる道徳や政治的理念ではこちらが正しい」

と考えて行動する場合があります。

「法律を知らなかったから行った」のではなく、法律に反しているかどうかと、本人が自分の信念では正しいと思っているかどうかが食い違っているわけです。

本来の確信犯を、

「悪いことだと知らずに犯罪をする人」

と言い換えるのも適切ではありません。

法律上は禁止されていると分かっていても、自分の価値観や信念のほうを優先して行動する場合があるからです。

「わざとやった」だけでは本来の確信犯とはいえない

意図的に行っただけでは、本来の意味の確信犯とはいえません。

ある人が、

「ルール違反になると分かっていたが、あえてやった」

としても、それだけで本来の確信犯になるわけではありません。

本来の確信犯では、道徳や政治、宗教などの信念が行為の重要な動機になっていることが大きな特徴です。

単なるいたずら、嫌がらせ、利益目的の不正、注意されると知りながら同じ行動を繰り返すといったケースは、「意図的にやった」とはいえても、それだけでは本来の確信犯とは別の話になります。

「悪いと分かっていてわざとやる」とは何が違う?

現在よく耳にする「確信犯」は、

悪いことだと分かっているのに、あえてやる

という意味です。

たとえば、

「遅刻すると分かっていて、わざとゆっくり来た。あれは確信犯だ」

「注意されると知っていて、また同じことをやった」

といった使い方です。

本来の意味との違いを並べると分かりやすくなります。

使われ方「確信」しているもの
本来の確信犯自分の信念に照らして、その行為が正しい・行うべきだということ
現在よくある使い方悪い結果になる、ルールに反するなどと分かったうえで、わざと行うこと

本来の意味では、信念や価値観が行為の重要な動機です。

一方、現在よくある使い方では、思想や宗教などの信念がなくても、「最初から分かっていた」「わざとやった」というだけで確信犯と呼ばれることがあります。

同じ「確信犯」という言葉でも、意味はかなり違います。

さらに、本来の「確信犯」は犯罪をめぐって使われてきた概念ですが、現在の日常的な用法では対象の範囲も広がっています。

遅刻やマナー違反、相手を困らせる行動など、犯罪ではない場面でも、

「絶対に分かっていてやっている。確信犯だ」

と使われます。

本来の意味から変化したのは「確信」の内容だけではなく、言葉が使われる場面そのものでもあるのです。

「わざとやる」という意味は今でも誤用なの?

「確信犯の本来の意味を知っていますか?」という話題では、「多くの人が意味を間違えている」と紹介されることがあります。

確かに、本来の意味と現在よく使われる意味には大きな違いがあります。

ただ、現在の日本語では「誤用」という一言だけでは説明しにくくなっています。

文化庁の調査では本来と違う意味が多数派

文化庁が平成14年度(2002年度)の「国語に関する世論調査」で「確信犯」の意味を尋ねたところ、本来の意味とされる、

「政治的・宗教的等の信念に基づいて正しいと信じてなされる行為・犯罪、またはその人」

を選んだ人は16.4%でした。

一方、

「悪いことであると分かっていながらなされる行為・犯罪、またはその人」

を選んだ人は57.6%でした。

さらに平成27年度(2015年度)の調査では、本来の意味を選んだ人が17.0%だったのに対し、「悪いと分かっていながら行う」という意味を選んだ人は69.4%でした。

この数字は2015年度の調査結果なので、「現在も約7割」とそのまま置き換えることはできません。

それでも、少なくとも調査が行われた時点では、本来とは異なる意味のほうが広く理解されていたことが分かります。

ここから「約7割が日本語を間違えていた」とだけ考えると、現在の言葉の使われ方を十分に捉えられません。

言葉には、広く使われるうちに新しい意味が定着するものもあります。

現在は辞書にも第2の意味が載っている

現在の国語辞典には、本来の意味だけでなく、

悪いことだと分かっていながら行う犯罪や行為、またその人

という意味を併記するものがあります。

『デジタル大辞泉』では、本来の意味から転じた意味として掲載されています。

精選版『日本国語大辞典』でも、「俗に」としたうえで、トラブルを起こすと分かっていて行うことや、その人という意味が収録されています。

本来とは異なる使い方が広まり、現在では辞書にも新しい意味として載るようになっています。

そのため現在は、

「本来の意味とは異なるが、広く定着した使い方でもある」

と捉えると分かりやすいでしょう。

ただし、二つの意味が共存しているからこそ、文章によっては誤解も起こります。

「確信犯」と一語だけ書かれている場合、

信念に基づいて正しいと考えて行ったのか、それとも悪いと分かったうえで意図的に行ったのか

が文脈なしでは判別しにくいことがあります。

「確信犯」はもともと刑法学で論じられてきた言葉

「確信犯」の意味が日常感覚だけでは分かりにくい理由の一つは、もともと刑法学で論じられてきた概念であることです。

この概念は、ドイツの法哲学者・刑法学者グスタフ・ラートブルフ(Gustav Radbruch)の議論と結びつけて説明されています。

ラートブルフが関わった1922年の刑法草案でも、道徳的・宗教的・政治的な信念を動機とする犯罪者を、一般的な犯罪者とは違う視点で捉える考え方が示されていました。

ここで大切なのは、

「犯罪になると確信していたから行った」

という話ではないことです。

確信しているのは、

「自分の信念に照らせば、この行為をするべきだ」

という価値判断です。

現在の「分かっていてわざとやる」という意味と比べると、「確信」という言葉が指しているもの自体が異なります。

一方、現在よく使われる意味が、いつ、どのような経緯で広がったのかを一つの原因だけで説明するのは難しいでしょう。

文化庁の調査などから、意味の理解が大きく変化していることは分かりますが、「この出来事が原因で現在の意味になった」と特定できるわけではありません。

「確信という漢字が誤解されたから広まった」などと理由を一つに決めてしまわず、本来とは異なる用法が広く使われるようになり、現在の辞書にも収録されるまで定着したと考えるのが無理のない捉え方です。

日常会話では別の言葉にすると誤解されにくい

現在では二つの意味が使われているため、「確信犯」とだけ言うと、人によって受け取り方が変わる可能性があります。

特に意味を正確に伝えたい文章では、

  • わざとやった
  • 分かっていてやった
  • 承知の上で行った
  • 意図的に行った

などと言い換えると、意図が伝わりやすくなります。

たとえば、

「彼は注意されると分かっていてやった。確信犯だ」

より、

「彼は注意されると分かったうえで、意図的にやった」

と書いたほうが意味は明確です。

反対に、本来の意味で「確信犯」を使うのであれば、

「自分の思想や信念では正しいと確信して行った」

という背景まで分かるようにすると、本来の意味だと伝わりやすくなります。

現在の「悪いと分かっていてわざとやる」という使い方を、どんな場面でも一律に間違いだと扱う必要はありません。

一方で、本来の意味との違いを知っていれば、重要な文章では別の言葉へ置き換えるなど、誤解を避ける選択ができます。

一つの言葉に二つの意味が共存していることを知ったうえで、場面に応じて使い分けるのが実用的です。

まとめ

「確信犯」の本来の意味は、道徳的・政治的・宗教的な信念などに基づき、自分の行為を正しい、あるいは行うべきだと確信して行われる犯罪や、その行為者です。

「確信」の対象は、「悪いと分かっていること」ではなく、自分の信念や価値観の正しさにあります。

単に「わざとやった」「ルール違反だと知っていた」というだけでは、本来の意味の確信犯とはいえません。

一方、現在では「悪いことだと分かっていながら、わざと行う」という意味が広く使われています。文化庁の調査でもこちらの理解が多数を占め、国語辞典には転じた意味や俗用として掲載するものがあります。

そのため、「確信犯=わざとやる人」は本来の意味とは異なりますが、現在の日本語では広く定着した用法でもあります。

本来は「自分の信念では正しいと確信して行う犯罪やその人」。現在は「悪いと分かっていてわざとやる人」という意味も広く使われている。

この違いを知っておけば、「確信犯」という言葉がなぜ人によって違う意味で受け取られるのかも分かりやすくなります。

参考情報

  • 文化庁「平成14年度『国語に関する世論調査』の結果について」
  • 文化庁「平成27年度『国語に関する世論調査』の結果の概要」
  • 小学館『デジタル大辞泉』「確信犯」
  • 小学館『精選版 日本国語大辞典』「確信犯」
  • 小学館『日本大百科全書(ニッポニカ)』「確信犯」
  • 立命館大学法学部・法学研究科公開学術資料

この記事を書いた人

気になったテーマを中心に、公開情報や資料を読みながら記事をまとめています。背景や違いが見えにくい話題も、公式サイトや公開資料を確認しつつ、できるだけわかりやすく整理してお届けしています。

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