離れた場所にいる相手へ、文字や声をすぐに届けられるのが当たり前になった現在。その歴史をたどると、まだ電話もインターネットもなかった明治時代の「電信」に行き着きます。
日本では毎年10月23日が「電信電話記念日」です。
名前には「電話」も入っていますが、日付の由来になった出来事は電話の開通ではありません。1869年、東京と横浜を結ぶ電信線の架設工事が始まった日がもとになっています。
電信電話記念日はなぜ10月23日?
電信電話記念日の由来は、1869年(明治2年)9月19日、東京―横浜間で電信線の架設工事が始まったことです。
ここで「9月19日なのに、なぜ10月23日?」と疑問に思うかもしれません。
当時の日本では、現在とは異なる暦が使われていました。1869年9月19日は旧暦の日付で、新暦に換算すると10月23日にあたります。そのため、現在は10月23日が電信電話記念日となっています。
この日が電信サービスそのものの開始日ではなく、電信線の工事に着手した日であることも特徴です。
実際に東京・横浜間で電報の取り扱いが始まったのは、旧暦の明治2年12月25日、新暦では1870年1月26日でした。これが日本の電信創業とされています。
時系列で見ると、
1869年10月23日相当 東京―横浜間の電信線架設工事に着手
1870年1月26日 東京・横浜間で電報の取り扱いを開始
となります。
また、「電信電話記念日=日本で通信そのものが初めて始まった日」というわけでもありません。人が遠くへ情報を伝える方法はそれ以前にもあり、10月23日はあくまで日本の近代的な電気通信につながる電信線工事の開始日に由来する記念日です。
「電信」と「電話」は何が違う?
現在ではあまり聞かなくなった「電信」という言葉ですが、電話とは情報の伝え方が異なります。
電信は、電気的な信号を使って文字などの情報を遠くへ伝える仕組みです。
代表的なのが電報です。送りたい文章を電気信号として離れた場所へ送り、受信側で文字として伝えることで、郵便よりも速く情報を届けられるようになりました。
一方の電話は、人の声を電気信号へ変えて送り、離れた場所で再び音声として聞けるようにする仕組みです。
「電信電話記念日」という名前から、電信と電話が同じ時期に始まったようにも見えます。しかし、日本の電信創業が1870年なのに対し、日本の電話創業は1890年(明治23年)12月16日。およそ20年の開きがあります。
日本の電報創業時はモールス式ではなかった
昔の電信と聞くと、短点と長点を組み合わせるモールス信号を思い浮かべる人も多いかもしれません。
ところが、日本で電報が始まった当初からモールス式が使われていたわけではありません。
創業当初に使われていたのは、「ブレゲ式指字電信機」と呼ばれる装置でした。文字が刻まれた円盤状の部分を使い、送りたい文字に合わせて操作することで情報を送る仕組みです。
その後、1871年には英国からモールス印字電信機が輸入され、使用が始まりました。
電信と聞くとモールス符号を思い浮かべることもありますが、日本の電報サービスは別の方式から始まりました。
電話が始まったころの加入者は197
日本で電話交換業務が始まったのは1890年12月16日。最初から全国で使えたわけではなく、東京と横浜でスタートしました。
当時の加入者数は、
東京155
横浜42
合計197
でした。
さらに、電話所と呼ばれる公衆向けの設備が16か所設けられていました。
現在では一人ひとりがスマートフォンを持つことも珍しくありませんが、日本の電話サービスは200にも満たない加入者から始まったことになります。
しかも、当時は番号を入力すれば自動的に相手へつながる仕組みではありません。電話交換局の交換手が、通話したい相手との回線をつないでいました。
電信が主に文字を届ける仕組みだったのに対し、電話は離れた相手とその場で声を交わせる通信手段として広がっていきます。
最初は「電信電話記念日」という名前ではなかった
電信電話記念日そのものが始まったのは、電信線工事から80年以上たった1950年(昭和25年)です。
しかも、第1回から現在の名称だったわけではありません。
1950年10月23日に行われた第1回は、「電気通信記念日」という名称でした。
その後、1956年(昭和31年)から「電信電話記念日」という現在の名称になりました。
この間の1952年には電気通信省が廃止され、8月1日に日本電信電話公社が発足しています。日本電信電話公社は、のちのNTTへとつながる組織です。
電信電話記念日の歴史を並べると、
1869年 東京―横浜間の電信線架設工事に着手
1950年 第1回「電気通信記念日」
1956年 「電信電話記念日」へ名称変更
となります。
記念日そのものが明治時代から続いているわけではなく、明治時代の通信史上の出来事をもとに、昭和になって始められた記念日です。
電信から電話へ、通信はどう変わった?
東京と横浜を結ぶ電信線から始まった日本の近代的な電気通信は、その後さまざまな技術を取り入れながら広がっていきました。
1890年には東京・横浜で電話交換業務が始まり、1900年9月には新橋駅と上野駅の構内に「自働電話」が登場します。
「自働電話」という名前から、自動的に相手へ接続する電話のように思えますが、そうではありません。
これは現在でいう公衆電話にあたるものです。
「自働電話」という名称は、アメリカの街頭電話に表示されていた「Automatic Telephone(自動電話)」を直訳したものといわれています。
その後、1925年に「自働電話」は「公衆電話」という名称へ改められました。
そして1926年には、東京中央電話局京橋分局で自動交換方式が実用化され、交換手を介さずに電話をつなぐ仕組みも広がっていきます。
よく似た言葉ですが、
自働電話=当時の公衆電話の名称
自動交換=相手との回線を自動で接続する仕組み
で、意味は異なります。
その後、通信で扱える情報は文字や音声から、画像・映像、さまざまなデジタルデータへと広がっていきました。
現在では光回線やモバイル通信、インターネットによって、音声だけでなく写真や動画、大量のデータまで短時間でやり取りできます。
使われる機器や通信方式は大きく変わりましたが、離れた場所同士を情報でつなぐという役割は、電信の時代から現在まで続いています。
まとめ
電信電話記念日は毎年10月23日です。
由来となったのは、1869年(明治2年)9月19日(旧暦)に東京―横浜間で電信線の架設工事が始まったこと。この日を新暦に換算すると10月23日にあたります。
実際に東京・横浜間で電報の取り扱いが始まったのは、旧暦の明治2年12月25日、新暦では1870年1月26日でした。
日本で電話交換業務が始まったのは、それから約20年後の1890年12月16日。当初の加入者は東京155、横浜42の計197でした。
記念日自体は1950年に「電気通信記念日」として始まり、1956年から現在の「電信電話記念日」という名称になっています。
電信から電話、公衆電話、自動交換、そして現在のデジタル通信へ。10月23日は、離れた場所へ情報を届ける技術がどのような歩みをたどってきたのかを振り返ることができる記念日です。
参考情報
- NTT東日本「電信電話記念日」
- NTT東日本「電信電話のあゆみ」
- NTT東日本「2020年1月26日 電報はサービス開始150周年を迎えます」
- NTT東日本「おかげさまで電報は150周年」
- NTT東日本「公衆電話機のうつりかわり 1890年~1924年」
