原油は「大昔の生物の死骸からできた」と説明されることがあります。大まかな方向は合っていますが、恐竜のような大型動物が、そのまま黒い液体へ変わったものではありません。
商業油田から採取される原油の多くは、古代の海や湖にいた微小な生物や藻類などの有機物に由来すると考えられています。有機物が泥とともに地下へ埋まり、長い時間をかけて熱を受けることで、原油や天然ガスが作られました。
原油は、地下から採取された精製前の油です。製油所で処理され、ガソリン、灯油、軽油、重油などの石油製品になります。
中東に巨大油田が多いのは、現在の地表が砂漠だからではありません。大昔の海で作られた地層が厚く残り、原油を生み出し、ため込み、地下へ閉じ込める条件が同じ地域で重なったことが関係しています。
原油は生物の死骸からどのように作られるのか
原油の材料になったのは、主に海や湖にいたプランクトン、藻類、微生物などです。陸上植物に由来する有機物が含まれる場合もあります。
ただし、生物が多く暮らしていた場所なら、必ず原油ができるとは限りません。有機物が分解されずに残り、地下で適度な熱を受ける環境が必要です。
1. 有機物が海底や湖底に積もる
生物の死骸や排せつ物の多くは、ほかの生物に食べられたり、酸素に触れて分解されたりします。原油の材料として残るには、有機物が多く供給されるだけでなく、水底の酸素が少ないことも重要です。
酸素が乏しい海底や湖底では、有機物が完全に分解されないまま泥と一緒に積もります。その上へ新しい砂や泥が重なり続けると、有機物を含む層は少しずつ地下深くへ埋まっていきます。
有機物を多く含み、原油や天然ガスを生み出す能力がある岩石は「根源岩」と呼ばれます。泥岩や頁岩(けつがん)などが代表的です。有機物に富む泥岩が根源岩になる一方、液体を通しにくい泥岩が原油を閉じ込める役割を持つ場合もあります。
2. ケロジェンを経て原油に変わる
有機物を含む堆積物が地下へ埋まると、化学的・生物的な変化を経て「ケロジェン」という固体状の有機物になります。
さらに深く埋まり、長い時間をかけて地下の熱を受けると、ケロジェンの一部から原油や天然ガスが生まれます。変化の進み方は、埋まった深さや地中の温度、経過した時間、有機物の種類によって変わります。
温度が低いままでは変化が十分に進みません。反対に、より高い温度を長期間受けると、原油より天然ガスが生じやすくなります。
3. 作られた原油が地下を移動する
原油は、作られた根源岩の中にすべて残るわけではありません。地層水との密度差による浮力や地下の圧力を受け、岩石の細かな隙間や割れ目を通って移動します。
移動先に砂岩や石灰岩など、内部に多くの隙間を持つ「貯留岩」があると、そこへ原油が入り込みます。さらに上を、泥岩や硬石膏(こうせっこう)などの液体を通しにくい「帽岩」が覆っていれば、原油が上方へ移動しにくくなります。
地下の原油は、巨大な空洞や地底湖へたまっているとは限りません。多くの場合、スポンジへ水が染み込むように、岩石内部の小さな隙間へ入っています。
原油が特定の場所にまとまるのはなぜか
原油の材料となる生物は、過去の海や湖に広く存在していました。それでも油田が世界中へ均等に分布していないのは、原油を作る条件と、作られた原油を保存する条件が一か所にそろうとは限らないためです。
油田の成立には、主に次の要素が関わります。
| 必要な条件 | 主な役割 |
|---|---|
| 根源岩 | 有機物から原油や天然ガスを生み出す |
| 適度な熱と時間 | 有機物を熟成させる |
| 移動経路 | 原油が岩石の隙間や割れ目を通る |
| 貯留岩 | 岩石内部の隙間へ原油をためる |
| 帽岩 | 原油が上方へ逃げるのを防ぐ |
| トラップ | 移動してきた原油を一か所へ集める |
| 地層ができた順番 | 原油が移動する時期に受け皿が存在する |
地層が上向きに曲がった背斜構造や、断層、砂岩層が途中で途切れる場所などは、原油を集める「トラップ」になることがあります。
根源岩があっても、適度な熱を受けなければ十分な原油は作られません。原油が生まれても、貯留岩や帽岩がなければ、地表近くまで移動して失われる可能性があります。
トラップが形成された時期も油田の成立に関わります。原油が主に移動したあとで地下構造が完成した場合は、十分な量が集まりにくくなるためです。岩石の種類に加え、地層やトラップが作られた時期も原油が地下へ残るかどうかを左右します。
中東に巨大油田が多いのはなぜか
中東のすべての場所に大量の原油があるわけではありません。巨大油田が特に集中しているのは、アラビア半島東部からペルシャ湾周辺です。
この地域では、原油を生み出す根源岩、ためる貯留岩、漏れを防ぐ帽岩が、国境を越える規模で連続しています。原油の生成・移動・集積・保存に関わる地層の組み合わせは「石油システム」と呼ばれます。
アラビア半島東部では、良質な根源岩・貯留岩・帽岩が大規模な範囲に分布しています。この地層の組み合わせが、大量の原油を生み出して長期間保存できる環境を作りました。
大昔には浅い海が広がっていた
現在のアラビア半島東部やペルシャ湾周辺には、長い地質時代を通じて、テチス海と関係する浅い海が広がった時期がありました。
その海では、微小な生物や藻類に由来する有機物が海底へ積もりました。酸素の少ない場所では有機物が残りやすく、後に根源岩となる地層が作られています。
浅い海では炭酸塩を含む堆積物も長期間にわたって積もり、厚い石灰岩などの地層が形成されました。現在は砂漠となっている場所の地下にも、海だった時代の地層が残っています。
根源岩と貯留岩が地域をまたいで続いている
アラビア半島東部には、有機物に富むジュラ紀や白亜紀などの地層が分布しています。これらの地層が地下の熱を受け、長い年月をかけて原油を生み出しました。
中東の巨大油田では、石灰岩やドロマイト(苦灰岩)などの炭酸塩岩が貯留岩になっている例が多く見られます。岩石の中にある隙間へ、大量の原油を保持できるためです。
サウジアラビアのガワール油田をはじめ、中東の多くの巨大油田では、炭酸塩岩が主な貯留岩になっています。アラビア半島東部では根源岩、貯留岩、帽岩が大規模に連続しており、一つの油田だけでなく、複数の巨大油田を生み出す地質的な土台になりました。
硬石膏などの地層が原油を閉じ込めた
炭酸塩岩の上には、海水の蒸発によって作られた硬石膏など、液体を通しにくい地層が重なりました。
これらが帽岩となり、下の貯留岩へ入った原油が上方へ逃げるのを防ぎました。ガワール油田を含む地域でも、炭酸塩岩の貯留層を硬石膏などの地層が覆う組み合わせが確認されています。
さらに、地殻変動や地下の基盤の隆起によってできた緩やかな背斜構造が、移動してきた原油を集める受け皿になりました。根源岩、貯留岩、帽岩、トラップが大規模な堆積盆地の中で組み合わさったことが、中東に巨大油田が多い理由です。
砂漠ならどこでも石油があるわけではない
油井の周囲に砂漠が広がる映像から、乾燥した場所ほど石油が多いと思われることがあります。しかし、砂漠は現在の地表環境にすぎません。
原油の分布は、現在の気候よりも、地下にどのような地層があるかに大きく左右されます。北海やメキシコ湾、東南アジアなど、現在は海や湿潤な地域となっている場所にも大きな油田があります。
反対に、砂漠であっても、原油の生成や集積に必要な地質条件がそろわなければ、大きな油田は形成されにくくなります。中東の原油は砂漠の植物から作られたのではなく、大昔の海の環境と地下の地質によって生まれました。
日本にも国産の原油がある
日本は、原油がまったく採れない国ではありません。新潟県や秋田県を中心に油田が開発され、現在も一部の油田や油ガス田で生産が続いています。
秋田、山形、新潟周辺には、日本海側の内弧盆地(ないこぼんち)と呼ばれる堆積盆地があります。堆積物が厚く、油やガスが作られる条件を備えた地域です。
『日本書紀』にも石油に関係する記録がある
日本と石油の関わりは古く、『日本書紀』には668年、越国から「燃土(もゆるつち)」と「燃水(もゆるみづ)」が朝廷へ献上されたという記録があります。
燃水は、地表へ染み出した石油に関係するものと考えられています。地表で油の存在が確認できる場所は「油徴(ゆちょう)」と呼ばれ、近代的な調査技術がない時代には、油田を探す手がかりになりました。
新潟では近代的な石油産業が発展した
明治時代から大正時代にかけて、新潟県では新津(にいつ)油田、西山油田、東山油田などの開発が進みました。
新津油田では、機械掘りの普及や原油需要の増加を背景に産油量が伸び、明治末期から大正初期にかけて全国一の採油量を記録しました。採油施設や精製設備が整えられ、日本の近代石油産業を支えた地域の一つです。
新津油田金津鉱場では1874年に採油が始まり、1996年まで操業が続きました。現在は採油を終えていますが、油井や動力設備などが保存され、日本の産業史を伝えています。
八橋油田は現在も生産が続いている
秋田市の八橋(やばせ)油田は1933年に発見され、その後、本格的な開発が進みました。1959年に年間約29万キロリットルの原油を生産してピークを迎え、国内を代表する油田になりました。
八橋油田は累計生産量でも日本最大級で、現在も秋田市内でポンプを使った生産が続いています。住宅や道路がある市街地の中に採油設備が見られる点は、海外の広大な油田とは異なる光景です。
秋田・山形・新潟では現在も原油が採れる
国内の生産規模は小さいものの、秋田県の申川(さるかわ)油田群、鮎川(あゆかわ)油ガス田、由利原(ゆりはら)油ガス田、山形県の余目(あまるめ)油田などでは、現在も原油や天然ガスが生産されています。
新潟県沖の岩船沖(いわふねおき)油ガス田でも、海上の設備から原油と天然ガスが生産されています。岩船沖油ガス田は、現在の国内で唯一、海上プラットフォームを使って生産操業が続く油ガス田です。
国産原油は存在するものの、日本で使う量と比べると生産規模は限られています。日本が輸入する原油の9割以上は中東地域からのもので、2024年には約95.1%を占めました。割合は年によって変わりますが、日本が中東産原油へ大きく依存している状況が分かります。
日本の油田が中東ほど大きくない理由
日本海側にも、原油を生み出す根源岩や、原油をためる地層があります。それでも中東の主要産油地域のような巨大油田が数多く作られなかったのは、油田に必要な条件が同じ規模で連続していないためです。
アラビア半島東部では、質の高い根源岩、貯留岩、帽岩が国境を越える規模で分布しています。一方、日本の堆積盆地は比較的小さく、地下の構造も複雑です。
日本列島周辺の地殻変動は、原油を集める背斜や断層を作る場合があります。ただし、地殻変動だけで油田の規模が決まるわけではありません。堆積盆地の広さや根源岩の量、貯留岩の厚さ、帽岩の分布などが組み合わさり、最終的な油田の規模を左右します。
日本に原油がないのではなく、中東ほど大規模で連続した石油システムが形成されていないという違いです。そのため、日本では比較的小規模な油田が各地に点在する形になりました。
Q&A
まとめ
原油の多くは、古代の海や湖にいた微小な生物や藻類などの有機物に由来します。有機物が泥とともに地下へ埋まり、長い時間をかけて熱を受けることで、ケロジェンから原油や天然ガスが作られました。
生成された原油が油田になるには、根源岩、移動経路、貯留岩、帽岩、トラップがそろう必要があります。地層やトラップが作られた時期も、原油が十分に集まるかどうかに影響します。
中東のアラビア半島東部やペルシャ湾周辺では、大昔の海で作られた良質な地層が厚く連続しています。原油を生み出し、ため、閉じ込める条件が大規模な堆積盆地で重なったことが、巨大油田の多さにつながりました。
日本にも新潟や秋田を中心とする油田の歴史があり、八橋油田などでは現在も生産が続いています。日本は原油がまったく採れない国ではありませんが、中東ほど大規模で連続した石油システムが形成されていないため、必要な原油の大部分を輸入しています。
参考情報
- 独立行政法人エネルギー・金属鉱物資源機構(JOGMEC)「石油の生成」
- 独立行政法人エネルギー・金属鉱物資源機構(JOGMEC)「泥岩」
- 独立行政法人エネルギー・金属鉱物資源機構(JOGMEC)「帽岩」
- 米国地質調査所(USGS)「Total petroleum systems of the Paleozoic and Jurassic, Greater Ghawar Uplift and adjoining provinces」
- 文化庁「国指定文化財等データベース・新津油田金津鉱場跡」
- 独立行政法人エネルギー・金属鉱物資源機構(JOGMEC)「八橋油田」
- INPEX「八橋油田」
- 石油資源開発株式会社(JAPEX)「秋田・山形県内油ガス田」
- 石油資源開発株式会社(JAPEX)「新潟県内油ガス田」
- 資源エネルギー庁「2025―日本が抱えているエネルギー問題(前編)」
