小説や映画を見ていると、主人公の悲しみに胸を痛める人もいれば、伏線や演出の巧みさに注目する人もいます。
主人公が強敵に敗れる場面でも、「主人公がかわいそう」と感じる人がいる一方、敵役の圧倒的な強さに引かれる人もいるでしょう。同じ場面を見ているのに感想が分かれるのは、物語のどこに視点を置いているかが異なるためです。
物語には、人物に感情移入する見方、作品全体を客観視する見方、主人公以外の人物へ視点を移す見方があります。どれか一つだけが正しいわけではなく、同じ人でも作品や場面によって楽しみ方は変わります。
物語の楽しみ方は視点によって変わる
物語を見るとき、すべての人が主人公と同じ位置から作品を味わっているわけではありません。
登場人物と一緒に喜びや悲しみを感じる人もいれば、少し離れたところから構成や演出を見る人もいます。主人公ではなく、敵役や脇役の目的を追いかける人もいるでしょう。
| 楽しみ方 | 注目しやすい部分 |
|---|---|
| 感情移入して楽しむ | 登場人物の感情、選択、人間関係 |
| 客観視して楽しむ | 構成、伏線、演出、作品のテーマ |
| 別の人物へ視点を移す | 敵役や脇役の目的、立場、活躍 |
ここでいう客観視とは、登場人物の感情だけでなく、構成や演出を一歩引いて見る楽しみ方です。感情移入と客観視は、人の性格を二つに分けるものではありません。
初めて見るときは主人公を応援し、二度目には敵役の行動を追うこともあります。恋愛作品では人物の気持ちに入り込み、推理作品では伏線を探すなど、作品のジャンルによって見方が変わる人もいます。
感情移入して楽しむ見方
感情移入して楽しむときは、登場人物に近い位置から物語を見ています。
主人公が失敗すれば自分まで落ち込んだように感じ、努力が報われれば一緒に喜びます。危険な場面では緊張し、別れの場面では涙が出ることもあるでしょう。
物語を外側から眺めるより、登場人物と一緒に出来事を体験する感覚に近い見方です。
登場人物の喜びや悲しみを一緒に味わう
人物に感情移入すると、その人に起きた出来事が遠い世界の話ではなくなります。
長く努力してきた主人公が大会で負ける場面では、物語上の敗北として見るだけでなく、自分の期待まで裏切られたように感じることがあります。反対に、努力が報われる場面では、登場人物と一緒に達成感を味わえます。
登場人物が自分と似ていなくても、気持ちを重ねることはできます。年齢や境遇が違っていても、その人物が何を望み、何を恐れているかが伝われば、立場を想像しやすくなるためです。
登場人物の行動に納得できるかが大切になる
人物に寄り添って見ていると、その行動が本人らしいものかどうかが気になります。
「この人物なら本当にその選択をするだろうか」「なぜ急に考えを変えたのだろう」と感じると、物語から気持ちが離れることがあります。
筋書きがきれいにまとまっていても、心の動きに納得できなければ、満足しにくいことがあります。反対に、大きな事件が起こらない作品でも、人物の迷いや変化が丁寧に描かれていれば、深く引き込まれるでしょう。
登場人物が失敗した場面でも、行動だけを見るのではなく、その選択に至った事情を考えやすくなります。
物語が終わった後も感情が残りやすい
登場人物と近い位置から物語を体験すると、作品が終わった後もしばらく感情が続くことがあります。
悲しい結末を見た後に気分が沈んだり、登場人物の将来を何日も考えたりするのも、その一例です。感想を話すときも、構成より「誰の気持ちが印象に残ったか」が中心になりやすくなります。
感情移入できなくても、作品を楽しめます。人物に共感できない場合でも、世界観、文章、映像、音楽などに魅力を感じることはあるでしょう。
客観視しながら楽しむ見方
客観視しながら楽しむときは、登場人物の気持ちだけでなく、作品全体を少し離れた位置から眺めています。
感情を持たずに見るわけではありません。悲しい場面に胸を動かされながら、同時にセリフや音楽の使い方へ注目することもあります。
人物と一定の距離を保つことで、構成、伏線、演出などが見えやすくなります。
伏線や構成のつながりを探す
作品を一歩引いて見る人は、物語の中に置かれた情報の意味を考えます。
序盤に登場した小道具が後半でどう使われるのか、何げない会話が結末につながっているのかなど、場面同士の関係を探すことも楽しみの一つです。
推理作品では犯人を当てるだけでなく、作者がどの情報を見せ、どの情報を隠していたのかにも注目します。
「この場面は後の展開を予想させるために置かれている」「ここで視点人物を変えたことに意味がある」と考えるため、物語の作り方そのものが鑑賞の対象になります。
登場人物を物語上の役割から見る
感情移入している人が「この人物はかわいそうだ」と感じる場面で、「この出来事が主人公を成長させるきっかけになっている」と見る人もいます。
人物を物語の道具としてしか見ていないわけではありません。その人物が作品の展開やテーマに、どのような影響を与えているかに注目しています。
悪役についても、好きになれるかどうかとは別の角度から評価できます。
「主人公の価値観を浮かび上がらせている」「対立する考え方を示している」「物語に緊張感を与えている」といった見方です。行動に共感できなくても、作品に欠かせない存在だと感じることがあります。
結末を知った後にも発見がある
客観視しながら見る人にとって、結末を知ることですべての楽しみが失われるとは限りません。
二度目に見るときは、伏線の位置、登場人物の表情、音楽の変化などを確かめられます。初見では展開を追うことに夢中で気づかなかった工夫が見えてくるためです。
ただし、客観視する見方を好む人が、必ずネタバレを気にしないわけではありません。驚きや緊張感を大切にする作品では、最初に見る体験を守りたい人もいます。
主人公以外の人物へ視点を移す楽しみ方
物語を見る人が、いつも主人公の立場に気持ちを重ねるとは限りません。
主人公と対立する人物、事件を起こす人物、周囲で出来事を見ている脇役など、別の人物の立場から物語を味わうこともできます。
これは、作品全体を離れた位置から見る客観視とは少し異なります。敵役の目的や感情を追っている場合は、主人公ではない人物へ視点を移し、その人物の側から展開を見ていると考えられます。
物語を見ているうちに、主人公よりも敵役や脇役が気になってくることもあります。注目する人物が変わると、同じ展開でも違った魅力が見えてきます。
主人公の敗北が敵役の見せ場になる
主人公が強敵に敗れる場面は、主人公に感情移入している人にとって、つらい展開になるでしょう。
敵役に注目している人には、その人物の強さや存在感が最もよく表れる見せ場です。
「主人公が負けてしまった」と見るだけでなく、「この敵はどれほど強いのか」「どのような戦い方で主人公を追い詰めたのか」と見ることで、場面の印象が変わります。
敵役を応援していなくても、圧倒的な力や戦い方の巧みさは大きな見どころになります。主人公の敗北より、作品内の力関係が変わる瞬間として味わっているのです。
策略を仕掛けた側から展開を見る
主人公が罠や策略によって追い詰められる場面では、仕掛けた側の計画に注目する見方があります。
どのように準備していたのか、主人公の弱点をどう利用したのか、いつから計画が始まっていたのかを追うことで、別の魅力が生まれます。
主人公側から見れば理不尽な出来事でも、対立する人物から見れば、長く準備してきた計画が形になる場面です。計画が成功する過程や、物語の力関係が逆転する緊張感に引かれる人もいます。
主人公が大切な存在を奪われる展開でも、奪った人物の目的に目を向けると見え方が変わります。主人公を苦しめたいのか、交渉を有利に進めたいのか、本人なりの信念があるのかによって、場面の意味は異なります。
主人公にとってつらい場面が、敵役の知略や存在感を示す場面になることもあります。敵役の見せ場を楽しんでも、その行動に賛成しているとは限りません。
感想が合わないのは見ている場所が違うから
同じ作品を見た二人が、まったく違う感想を持つことがあります。
一人は「主人公がかわいそうで見ていられなかった」と話し、もう一人は「敵役の強さが伝わる印象的な場面だった」と話すかもしれません。
前者は主人公の感情を中心に見ており、後者は敵役の存在感や物語の盛り上がりに注目しています。評価している部分が異なるため、感想が一致しないのです。
感情を中心に味わう人と、構成や演出に注目する人では、感想の表し方も変わります。どちらかの見方だけを基準にすると、話がかみ合わないことがあります。
主人公以外の人物に注目しているからといって、主人公を嫌っているとも限りません。普段とは違う立場や価値観を一時的に体験できることも、フィクションの魅力です。
感想を聞くときは、「誰に共感したか」だけでなく、次のような部分に目を向けると、相手が何を楽しんでいたのかが見えてきます。
- どの人物の立場が印象に残ったか
- 誰の行動を追いかけていたか
- 人物の感情と演出のどちらが気になったか
- どの場面を見せ場だと感じたか
- 主人公以外では誰に関心を持ったか
感想の違いを正解と不正解に分ける必要はありません。視点の違いを知ると、自分では気づかなかった作品の魅力に出会えます。
視点を変えると一つの物語を何度も楽しめる
いつも同じ位置から物語を見る必要はありません。
初見では主人公と一緒に展開を追い、見返すときには敵役や脇役に注目するなど、視点を移すことで別の作品のように感じられることがあります。
1. 初見では気になった人物を追う
初めて触れる作品では、細かな分析を急がず、気になった人物の行動を追ってみます。
主人公に入り込めるなら、その気持ちと一緒に物語を進めます。敵役のほうに魅力を感じたなら、無理に主人公だけを応援する必要はありません。
驚き、緊張、悲しみ、爽快感など、最初にしか味わいにくい反応を大切にすると、作品の勢いを受け取りやすくなります。
2. 見返すときは別の人物に注目する
結末を知った後は、初見とは異なる人物を追ってみます。
主人公を中心に見ていた作品でも、敵役の行動だけを追うと、序盤から計画を進めていたことに気づくかもしれません。
脇役に注目すると、主人公が知らない場所で支えていたことや、表には出なかった感情が見えてくることもあります。
3. 人物から離れて作品の仕組みを見る
人物の気持ちを味わった後は、作品全体にも目を向けます。
小説なら語り手の言葉選び、映画ならカメラの位置や音楽、漫画ならコマの大きさやページをめくる位置に注目できます。
なぜこの場面で敵役を強く見せたのか、なぜ主人公を一度負けさせたのかを考えると、つらい展開にも物語上の役割があることが分かります。
感情移入、客観視、別の人物への視点移動は、どれか一つを選ぶものではありません。場面ごとに距離や立場を変えることで、人物の気持ちと作品の仕組みを両方味わえます。
Q&A
まとめ
物語を感情移入して楽しむときは、登場人物の喜びや悲しみに寄り添い、一緒に出来事を体験するように作品を味わいます。
客観視するときは、構成、伏線、演出、人物の役割などに注目します。主人公以外の人物へ視点を移し、敵役の強さや計画、脇役の事情を追う楽しみ方もあります。
主人公にとってつらい場面が、別の人物を中心に見る人には大きな見せ場になることもあります。同じ人でも、作品や鑑賞回数によって見方は変わります。
初見では感情の動きを味わい、見返すときには別の人物や作品の仕組みに注目すると、一つの物語から異なる魅力を見つけられます。
参考情報
- Cohen, J.(2001)“Defining Identification: A Theoretical Look at the Identification of Audiences With Media Characters.”
- Busselle, R. & Bilandzic, H.(2009)“Measuring Narrative Engagement.”
- de Graaf, A., Hoeken, H., Sanders, J. & Beentjes, J. W. J.(2012)“Identification as a Mechanism of Narrative Persuasion.”
