「高級なお店で入りにくい」「初心者には難しそう」「雰囲気が自分には合わなさそう」。そんな場面で「敷居が高い」と言う人は少なくありません。
ただし、「敷居が高い」の本来の意味は少し違います。本来は、高級感や難易度の高さではなく、相手に対して気まずさや後ろめたさがあるために行きにくい、という意味です。
身近な言葉ほど、気づかないうちに意味が広がったり、ほかの言葉と混ざったりします。「敷居が高い」も、使われ方の変化に気づきやすい言葉の一つです。
「敷居が高い」の本来の意味
「敷居が高い」は、本来、相手に不義理をしたり、面目が立たないことがあったりして、その家や場所へ行きにくい状態を表す言葉です。
たとえば、長い間お世話になった人に連絡をしていなかった。約束を破ってしまった。借りたものを返せていない。そうした後ろめたさがあると、相手の家に行くのをためらいます。このような場面で「敷居が高い」と使うのが、本来の意味に近い使い方です。
「敷居」とは、門や部屋の出入り口の下にある横木のことです。家に入るときにまたぐ場所なので、そこを越えるのが心理的に重く感じられる、という感覚から生まれた表現だと考えると理解しやすくなります。
本来の意味での使い方
本来の意味で使うなら、次のような文が合います。
「以前、迷惑をかけたまま謝れていないので、あの家は敷居が高い」
「長く顔を出していない恩師の家は、今さら訪ねるには敷居が高い」
「約束を守れなかった相手に会うのは、どうしても敷居が高く感じる」
共通しているのは、相手や場所そのものが高級ということではありません。自分の側に、行きづらく感じる理由があることです。
この言葉は、単なる「行きにくさ」ではなく、気まずさや申し訳なさを含んでいます。そのため、少し心理的な重みのある表現だといえます。
今よく使われる意味との違い
現在は、「高級で入りにくい」「上品すぎて気後れする」「初心者には難しそう」「雰囲気が自分には合わなさそう」という意味で使われることも多くなっています。
たとえば、次のような使い方です。
「このレストランは敷居が高い」
「クラシックのコンサートは初心者には敷居が高い」
「専門店は詳しい人向けで敷居が高そう」
「おしゃれな人が多そうな店で、少し敷居が高い」
このような使い方は、日常会話ではよく聞かれます。ただ、本来の意味から見ると、少しずれがあります。
現在は、「敷居が高い」が「格式が高い」や「ハードルが高い」と混ざるような形で使われることがあります。
高級な料亭や老舗旅館に入りづらいときは、本来なら「格式が高い」「入りづらい」「気後れする」が近い表現です。一方、初心者には難しそうな趣味や、条件が厳しい挑戦には「ハードルが高い」が合います。
さらに、店の雰囲気や客層が自分には合わなさそうで入りづらい場合は、「入りづらい」「気後れする」「自分には少し合わなさそう」と言ったほうが、気持ちが伝わりやすいこともあります。
どれも「近づきにくい」という感覚はありますが、「敷居が高い」の本来の意味は、相手に不義理をしたため行きにくいことです。高級感なのか、難しさなのか、雰囲気への気後れなのか、気まずさなのかを分けて考えると、場面に合う表現を選びやすくなります。
「格式が高い」と「ハードルが高い」との違い
「格式が高い」は、伝統や品格、社会的な格の高さを表す言葉です。老舗旅館、料亭、格式ある式典などに使いやすい表現です。
たとえば、「格式が高いホテル」「格式ある神社」「格式を感じる式典」のように使います。そこには、高級感だけでなく、長く受け継がれてきた作法や雰囲気も含まれます。
「ハードルが高い」は、達成するのが難しい、始めるのに勇気がいる、条件が厳しいという意味で使われます。初心者向けではない趣味、高額な習い事、専門知識が必要な仕事などには、「ハードルが高い」のほうが合います。
一方で、「敷居が高い」は、相手に対する不義理や気まずさがあるときに合う表現です。
上品で入りにくいなら「格式が高い」。難しそうで始めにくいなら「ハードルが高い」。気まずくて行きにくいなら「敷居が高い」。違いを押さえておくと、場面に合わせて言い換えやすくなります。
なぜ誤用されやすいのか
「敷居が高い」が本来とは違う意味でも使われるようになった背景には、「近づきにくい」「入りにくい」という感覚の共通点があります。
本来の意味では、相手に申し訳ない気持ちがあって、家の敷居をまたぎにくい状態を表します。一方、現在よくある使い方では、高級店や格式のある場所に入るときの気後れ、または初心者が専門的な世界に入るときの難しさを表すことがあります。
理由は違っても、「そこへ入るのをためらう」という点では似ています。そのため、意味が少しずつ広がり、「入りにくい場所」や「始めにくいこと」全般に使われるようになったと考えられます。
また、「敷居」という言葉自体が、家や店の入口を連想させます。そのため、実際には不義理がなくても、入口でためらうような場面に使いやすかったのかもしれません。
たとえば、高級そうな店の前で足が止まるときも、初心者向けではなさそうな趣味に迷うときも、気持ちとしては「中に入るのをためらう」状態です。この感覚が、本来の意味との境目をあいまいにしてきたといえます。
言葉は、使う人が増えるほど意味の範囲が広がることがあります。「敷居が高い」も、もともとの意味から離れつつ、日常会話の中で別の使われ方が広がってきた表現の一つです。
間違いと決めつけすぎないほうがよい
本来の意味と違う使い方を、すぐに「完全な間違い」と切り捨てると、会話がぎこちなくなることがあります。
言葉には、昔からある意味と、現在よく使われている意味の両方が存在することがあります。相手が「この店は敷居が高い」と言ったとき、多くの場合は「高級そうで入りづらい」「雰囲気が自分には合わなさそうで入りづらい」といった意味で伝わるでしょう。
ただし、文章で使う場合は、「敷居が高い」を高級店や難易度の意味で使うと、本来の意味を知っている人には少し引っかかることがあります。
本来の意味を知っておくと、相手の使い方を責めるためではなく、自分が言葉を選ぶときの手がかりになります。そう考えると、「敷居が高い」は使い方を見直しやすい表現です。
使い分けるならどう言えばいいか
「敷居が高い」を使うか迷ったら、何が理由で行きにくいのかを考えると判断しやすくなります。
相手に申し訳ないことをした、気まずい、顔を合わせづらい。このような理由なら「敷居が高い」が合います。
反対に、高級そう、難しそう、初心者向けではなさそう、費用が高そう、場の雰囲気が自分には合わなさそうという理由なら、別の表現にしたほうが伝わりやすくなります。
たとえば、高級店なら「入りづらい」「格式が高い」「気後れする」。趣味や学習なら「ハードルが高い」「始めにくい」「初心者には難しそう」。店やイベントの雰囲気なら「自分には合わなさそう」「少し入りづらい」「場違いに感じそう」などが使えます。
言い換えを知っておくと、文章の印象もやわらかくなります。「敷居が高い」という一語にまとめるより、何が理由でためらっているのかを少し具体的に書いたほうが、読み手には伝わりやすい場面もあります。
例文で見る使い分け
本来の意味に近い使い方です。
「借りた本を返しそびれていて、友人の家に行くのは敷居が高い」
「以前の失礼を謝れていないので、あの集まりには敷居が高く感じる」
「長年連絡を取っていない親戚の家は、少し敷居が高い」
現在よくある意味を別の言葉に置き換えるなら、次のようになります。
「この料亭は格式が高く、少し気後れする」
「初心者にとって、このスポーツはハードルが高い」
「専門店は知識がないと入りづらい」
「おしゃれな雰囲気の店なので、自分には少し入りづらく感じる」
「敷居が高い」を何でも「ハードルが高い」に置き換えればよいわけではありません。気まずさなのか、難しさなのか、高級感なのか、雰囲気への気後れなのかを分けると、言葉の選び方がはっきりします。
「敷居が高い」を知ると日本語の変化も見えてくる
「敷居が高い」は、言葉の意味が変化していく様子を知るうえでも興味深い表現です。
本来は、不義理や面目のなさによって相手の家へ行きにくいことを表していました。ところが現在では、高級感や難しさ、場の雰囲気による入りにくさにも使われるようになっています。
人が言葉を使う場面が変わると、生活の中で別の意味が広がっていくことがあります。
昔は「家の敷居をまたぐ」という感覚が身近でした。今は店やサービス、イベント、習い事、オンラインのコミュニティなど、さまざまな場所に対して「入りにくい」と感じる場面があります。
このように見ると、「敷居が高い」は、使われる場面が少しずつ広がってきた言葉だとわかります。
本来の意味を知っておくと、昔の文章や年配の人の言い回しも理解しやすくなります。一方で、現在の会話でどう伝わるかも考えられるようになります。言葉の使い方は、正しさだけでなく、相手にどう届くかも大切です。
Q&A(よくある疑問)
まとめ
「敷居が高い」の本来の意味は、相手に不義理をしたり、面目が立たなかったりして、その家や場所へ行きにくいことです。
現在は「高級で入りにくい」「初心者には難しい」「雰囲気が自分には合わなさそう」という意味でもよく使われますが、本来の意味とは少し違います。高級感なら「入りづらい」「格式が高い」、難しさなら「ハードルが高い」、雰囲気への気後れなら「自分には合わなさそう」「少し入りづらい」と言い換えると、より伝わりやすくなります。
「敷居が高い」「格式が高い」「ハードルが高い」は、どれも近づきにくさを含むため混ざりやすい言葉です。気まずさなのか、高級感なのか、難しさなのか、雰囲気への気後れなのかを分けて考えると、場面に合った言葉を選びやすくなります。
参考情報
- 文化庁「ことば食堂へようこそ! 第3話 敷居が高い」
- 文化庁「平成20年度『国語に関する世論調査』の結果について」
- 文化庁「令和元年度『国語に関する世論調査』の結果について」
- 文化庁「国語に関する世論調査」
