「これ、なおしといて」と言われたとき、修理するのか、片付けるのか迷ったことはないでしょうか。
共通語で「なおす」といえば、壊れたものを直す、間違いを修正する、病気を治すといった意味を思い浮かべる人が多いはずです。ところが地域によっては、「なおす」が「片付ける」「元の場所にしまう」という意味で使われます。
たとえば「この本、棚になおしといて」は、「本を修理しておいて」ではなく「本を棚に戻しておいて」という意味です。特に西日本で知られる言い方ですが、使われる地域は県境できれいに分かれるものではありません。関東で使われやすい「かたす」と比べると、日本語の地域差が見えてきます。
「なおす」は片付ける意味で使われることがある
共通語の「なおす」は、多くの場合「直す」や「治す」の意味で使われます。壊れた時計を直す、文章の間違いを直す、体調を治すといった使い方です。
一方で、西日本を中心に、「なおす」が「片付ける」「しまう」という意味で使われることがあります。ジャパンナレッジの日本語コラムでは、この意味の「直す」は「片付ける」「しまう」の意味で、主に西日本で使われる方言だと説明されています。また、江戸時代後期の資料にも、大坂の「直しておく」と江戸の「しまっておく」が対応する記述があると紹介されています。
たとえば、次のような使い方です。
「使ったコップをなおしておいて」
「この書類、なおしといて」
「おもちゃをなおしてから寝なさい」
この場合の「なおす」は、壊れたものを修理する意味ではありません。西日本の一部では、出したものを片付ける、元の場所へ戻すという意味で使われます。
ただし、戻す場所が言われていないと、地域によっては意味が分かりにくくなります。たとえば「この書類、なおしといて」と言われたとき、ある人は「引き出しにしまっておいて」と受け取り、別の人は「内容を修正しておいて」と受け取るかもしれません。
形は同じ言葉なのに、地域によって意味がずれるため、すれ違いが起きやすい表現です。
なぜ「なおす」が片付ける意味になるのか
「なおす」が「片付ける」の意味で使われる理由は、「元の状態に戻す」という感覚で考えると見えてきます。
壊れたものを直すときは、壊れる前の状態に戻します。間違いを直すときも、本来あるべき形に戻します。これと同じように、出したものを棚や引き出しに戻すことも、あるべき場所へ戻す動作です。
小学館の辞書公式サイト「ことばのまど」でも、「なおす」は「正常な状態にする、もとにもどす」という基本の意味を持つため、「しまう」という意味が生まれても不思議ではないと説明されています。さらに、江戸時代後期には江戸の「しまう」と大阪の「なおす」の対応が指摘されていたことにも触れられています。
このため、西日本での「なおす」は、単に物をどこかへ移動させるというより、「本来ある場所へ戻す」という感覚を含みます。
「服をなおす」なら、服を適当にどこかへ置くことではなく、タンスやクローゼットへ戻すことに近い言い方です。「本をなおす」なら、本棚や引き出しなど、もともと置く場所へ戻す意味になります。
なおすはどこの地域で使われるのか
「なおす=片付ける」は、近畿や九州、山口など西日本寄りで使われやすい表現として知られています。
地域の目安としては、近畿地方、山口を含む中国西部、九州地方で耳にしやすい言い方です。ジャパンナレッジのコラムでも、「片付ける」「しまう」の意味の「なおす」は、近畿中央部、中国西部の山口から九州にかけてまとまって見られる一方、関東周辺や東北、北海道などにも散在すると紹介されています。
同じ県の中でも、地域、世代、家庭によって使い方が変わります。大阪や福岡では自然に通じても、同じ西日本の別地域ではあまり使わない人もいます。逆に、東日本の一部で似た使い方を知っている人もいます。
そのため、「この県なら必ず使う」「この県では絶対に使わない」と線を引くより、近畿・中国西部・九州を中心に広がる言い方として見るほうが正確です。
しまう・かたす・片付けるとの違い
「しまう」は共通語として使われる
「なおす」と一緒に話題になりやすいのが「しまう」です。
「服をしまう」「本を本棚にしまう」「大切なものをしまう」のように、「しまう」は共通語として広く使われます。そのため、「しまう」を方言と言い切るのは適切ではありません。
「しまう」は、出していたものを決まった場所へ入れる、収納するという意味が強い言葉です。一方で「片付ける」は、散らかった状態を整える意味まで含みます。物をしまうだけでなく、並べる、捨てる、掃除する、整えるといった動作も入りやすい言葉です。
この違いを見ると、「なおす」は「片付ける」全体よりも、「しまう」「元の場所に戻す」に近い場面で使われやすい言葉だといえます。
たとえば「部屋をなおす」と言うと、地域によっては少し不自然に聞こえるかもしれません。部屋全体をきれいにするなら「片付ける」のほうが広い意味を持ちます。一方で「本を棚になおす」「服をタンスになおす」のように、戻す場所がはっきりしている場合は、「なおす」の意味が伝わりやすくなります。
関東で使われやすい「かたす」
「なおす」が西日本寄りの言い方として話題になる一方で、関東では「かたす」がよく使われます。
「机の上をかたす」
「荷物をかたしておいて」
「食べ終わったら食器をかたして」
この「かたす」は、「片付ける」「散らかっているものを整理する」という意味です。コトバンクのデジタル大辞泉でも、「片す」は「他の場所へ移す。散らかっている物を整理する。かたづける」と説明されています。
では「かたす」は方言なのでしょうか。これは少しややこしいところです。
辞書にも載っている言葉なので、完全に一部地域だけの特殊な方言とは言いにくいです。ただ、全国どこでも同じ感覚で使われるわけではなく、関東を中心に使われやすい地域語・口語として見ると理解しやすくなります。
「なおす」が西日本寄りに「しまう・片付ける」の意味で使われやすいのに対し、「かたす」は関東寄りに「片付ける」の意味で使われやすい言い方です。
西日本の人が「なおしといて」と言うと関東の人が戸惑うことがあるように、関東の人が「かたしといて」と言っても、地域によってはすぐに通じないことがあります。
修理できるものだと意味が分かりにくくなる
「なおす」は、対象によってさらに分かりにくくなります。
たとえば、「車をなおす」「時計をなおす」「スマホをなおす」のように、実際に修理できるものが出てくると、共通語ではまず「直す」、つまり修理する意味に受け取られやすくなります。
一方で、西日本の「なおす」では、場所を添えることで「元の場所にしまう」という意味が分かりやすくなります。
「車を車庫になおしておいて」
「スマホを引き出しになおしておいて」
「時計を箱になおしておいて」
このように戻す場所が添えられていれば、修理ではなく「しまう」「元の場所へ戻す」という意味だと受け取りやすくなります。
ただし、相手がその使い方に慣れていない場合は、さらに言い換えるほうが確実です。
「車を車庫に入れておいて」
「スマホを引き出しにしまっておいて」
「時計を箱に戻しておいて」
方言としての用例を説明するなら「車庫になおす」が自然ですが、地域をまたいで伝える場面では、「入れる」「しまう」「戻す」を使うほうが誤解は減ります。
方言だと気づきにくい理由
「なおす」が方言だと気づきにくいのは、共通語にも同じ形の言葉があるからです。
「なおす」という言葉自体は全国で通じます。問題は、それが「修理する」なのか、「片付ける」なのかという意味の違いです。音が明らかに違う方言ではないため、使っている本人は地域差に気づきにくくなります。
小学館の「ことばのまど」では、このような言葉を「共通語な方言」と表現しています。本人は共通語のつもりで使っていても、周りからは方言だと受け取られることがある、というわけです。
たとえば、関西や九州の人が「このおもちゃ、なおして」と言った場合、地元では「片付けて」と自然に伝わることがあります。しかし関東の人には「壊れているの?」と受け取られるかもしれません。
このズレは、どちらが正しいという話ではありません。同じ言葉でも、地域ごとに意味の広がり方が違うだけです。
伝わりやすくするにはどう言えばよいか
地域をまたいで話すときは、「なおす」だけでなく、場所や動作を少し具体的にすると誤解が減ります。
たとえば、片付けてほしいときは次のように言うと伝わりやすくなります。
「この資料を棚に戻しておいて」
「この荷物を片付けておいて」
「使い終わったら箱にしまっておいて」
方言の形を残すなら、
「この資料を棚になおしておいて」
「その道具を元の場所になおしておいて」
のように、戻す場所をつけると意味が伝わりやすくなります。
職場や学校、引っ越し先などでは、地域によって言葉の受け取り方が違うことがあります。特に「なおす」は修理の意味と重なるため、地域差を知らない相手には一言補足すると親切です。
Q&A(よくある疑問)
まとめ
「なおす」は、共通語では修理や修正の意味で使われますが、西日本を中心に「片付ける」「元の場所にしまう」という意味でも使われます。特に近畿や九州、山口を含む中国西部などで聞かれやすい表現ですが、東日本の一部にも使用例が見られるため、地域差は県境で完全に分かれるものではありません。
一方で、「しまう」は共通語として使われる言葉です。また、関東では「かたす」が「片付ける」の意味で使われることがあります。こちらも辞書に載る言葉ですが、全国どこでも同じ感覚で使われるとは限りません。
都道府県で完全に線を引くより、地域や世代によって意味の受け取り方が変わる言葉として見ると、誤解が起きる理由も見えてきます。「なおしといて」と言われたとき、修理なのか片付けなのか。そこに迷いが生まれるところに、日本語の地域差の奥行きがあります。
参考情報
- ジャパンナレッジ「第390回『コップを直してください』」
- 小学館 辞書公式サイト ことばのまど「第1回 近畿と九州の人が『なおす』というと」
- コトバンク「片す」
- コトバンク「片付ける」
