舗装されていない道を車輪の付いた乗り物で走れば、石やわだちなどの凹凸から大きな衝撃を受けます。現在の自動車ではサスペンションが揺れや突き上げを抑えていますが、こうした問題は馬車や荷車の時代から続いてきました。
車軸と車体が硬くつながっていると、車輪が上下した動きも車体へ伝わります。そこで生まれたのが、車輪側と人が乗る車体側の動きを切り分けるという考え方です。
馬車では革帯で車体を吊る方式が使われ、やがて板ばねなどの金属製ばねが発達しました。その後は空気入りタイヤ、ショックアブソーバー、コイルばね、独立懸架なども加わり、現在のサスペンションへつながっていきます。
そして板ばねも、過去だけの技術ではありません。板ばねは現在もサスペンションを構成する方法の一つとして、トラックやバスなどで使われています。
馬車では車体を吊って路面の衝撃をやわらげていた
初期の荷車のように、車輪や車軸と荷台がほぼ直接つながっている構造では、車輪が石やくぼみに乗り上げると、その動きが荷台にも伝わります。
昔の道路には舗装されていない場所が多く、わだちや石による凹凸も珍しくありませんでした。人が乗れば体が揺さぶられ、壊れやすい荷物を積んでいれば振動による影響も受けます。
車輪は重い荷物を運ぶために便利な仕組みでしたが、利用が広がるにつれて「車輪が受けた衝撃を、どうすれば人や荷物へ伝えにくくできるのか」という課題も生まれました。
馬車で使われた方法の一つが、丈夫な革製の帯で車体を吊る方式です。車軸側が路面に合わせて大きく上下しても、吊られた車体は同じ動きをそのまま繰り返さずに済みます。
金属ばねが使われるようになった後にも、荒れた道路を走る馬車では革帯式が利用されました。アメリカの駅馬車などでは、thoroughbrace(車体を厚い革帯で吊る懸架方式)と呼ばれる仕組みが使われています。Kansas Historical Societyが所蔵する19世紀の駅馬車にも、この革帯が使われていたことが確認できます。
現代のサスペンションとは形が大きく異なりますが、路面側の動きと車体側の動きを分けるという発想には共通する部分があります。
馬車で発達した板ばねは人力車や自動車にも受け継がれた
革帯によって車体を吊る方式と並んで発達したのが、金属製のばねを車軸と車体の間に入れる方法です。
車輪が石を乗り越えると、ばねは荷重を受けてたわみます。車輪側が急に上下しても、ばねが変形することで車体側の動きは緩やかになり、強い突き上げがそのまま伝わりにくくなります。
17世紀後半には、馬車へ金属製のばねを試した記録も見られます。日本発条のばね史では、1669年にイギリスのサミュエル・ピープスが馬車で銅製ばねを試した記録が紹介されています。
その後、車両用ばねとして重要になったのが板ばね(リーフスプリング)です。
細長い金属板を湾曲させたばねで、荷重を受けるとたわみ、力が弱くなると元の形へ戻ろうとします。複数の板を重ねた構造にすれば、大きな荷重にも対応できます。
人や荷物の重さを支えながら路面からの突き上げもやわらげられるため、板ばねは馬車から人力車、自動車へと広く使われるようになりました。
1804年の楕円形ばねが馬車の構造を変えた
車両用ばねの歴史で大きな節目となったのが、イギリスのオバディア・エリオット(Obadiah Elliott)が1804年に導入した楕円形ばねです。
湾曲した板ばねを上下から向かい合わせたような形で、荷重がかかると全体が変形します。
1804年以前にも馬車用の金属ばねは使われていました。エリオットの楕円形ばねは板ばねそのものの発明というより、ばねを使った馬車の車体支持を発展させた節目の一つとされています。
イギリスの科学博物館グループ(Science Museum Group)の資料では、楕円形ばねによって従来の重い下部構造の一部を省けるようになり、より小型で軽い四輪馬車を作りやすくなったことが紹介されています。
ばねは乗り心地を改善するだけでなく、車両そのものの設計にも影響を与えたのです。
日本では人力車にも板ばねが使われた
日本では、自動車が広く普及するより前に人力車が使われ、その足回りにも板ばねが取り入れられました。
日本発条の資料によると、明治3~4年(1870~1871年)ごろには人力車用板ばねの国内生産が始まったとされています。その後、車両用ばねを専門に製造する業者も現れました。
馬が引く馬車と、人が引く人力車では動力が異なります。それでも、でこぼこした道路から乗客へ伝わる衝撃を減らしたいという課題は共通していました。
19世紀末に登場した初期の自動車にも、馬車で培われた技術が受け継がれます。板ばねは代表的なサスペンションの一つとなり、半楕円形や全楕円形など、車両に合わせたさまざまな形が使われました。
板ばねは車体を弾性的に支えるだけでなく、構造によっては車軸の前後方向などの位置を保つ役割も担えます。大きな荷重を支えながら、比較的少ない部品で車軸を保持できることも大きな特徴でした。
空気入りタイヤも乗り心地を変えた
乗り物の衝撃を考えるうえでは、サスペンションだけでなくタイヤそのものの変化も重要です。
空気入りタイヤの原型は、スコットランドの発明家ロバート・ウィリアム・トムソン(Robert William Thomson)が1845年に発明し、特許を取得しました。馬車の乗り心地を改善する目的で考案されたものの、当時は製造費が高く、広く普及するまでには至りませんでした。
その後、1888年にスコットランド出身の獣医師ジョン・ボイド・ダンロップ(John Boyd Dunlop)が実用的な空気入りタイヤを独自に開発します。自転車で利用されたことが、その後の普及につながりました。ダンロップはトムソンの先行する発明を知らずに開発していたとされています。
空気入りタイヤは、路面の細かな凹凸に合わせてタイヤ自体が変形します。現代の自動車では、タイヤが細かな入力を受け止め、その先でサスペンションが車輪と車体の動きを調整しています。
硬い車輪だけで走っていた時代と比べると、タイヤとサスペンションの両方で路面の凹凸に対応するようになったことも、乗り心地を大きく変えた要因です。
ばねだけでは揺れが続くためショックアブソーバーが加わった
板ばねやコイルばねは、路面から力を受けると変形します。この働きによって車輪が急に上下しても、車体が同じ量だけ動くのを抑えられます。
ただ、ばねには元の形へ戻ろうとする性質があります。変形したときにエネルギーを一時的に蓄え、その後に放出するため、ばねだけでは段差を越えたあとも上下の揺れが続きやすくなります。
そこで使われるようになったのが、ダンパー(ショックアブソーバー)です。
初期には部品同士の摩擦を利用して動きを抑える方式もあり、その後はオイルの抵抗を利用する油圧式が広く使われるようになりました。
一般的な油圧式ショックアブソーバーでは、内部のピストンが動くとオイルが細い通路を流れます。そのときに生じる抵抗を利用してサスペンションの動きを抑え、スプリングの振動を減衰させます。
役割を分けると、次のようになります。
- スプリング……車体の重さを支え、路面から力を受けると変形してエネルギーを一時的に蓄える
- ショックアブソーバー……スプリングなどが繰り返し動くのを抑え、振動を減衰させる
「ショックアブソーバー」という名称からは、この部品だけで衝撃を処理しているようにも見えます。実際のサスペンションでは、スプリングが路面からの入力を受け止め、ショックアブソーバーがその後の余分な揺れを抑えるという役割分担があります。
コイルばねと独立懸架で車輪の動きも変わった
自動車の速度が高くなるにつれて、サスペンションには乗り心地だけでなく、タイヤをできるだけ路面へ追従させる性能も求められるようになりました。
そこで板ばね以外の方式も広がります。代表的なのが、鋼線をらせん状に巻いたコイルスプリングです。
コイルスプリングは上下方向のばねとして働きますが、通常はそれだけで車輪の前後左右の位置まで決めることはできません。そのためサスペンションアームやリンクなどを組み合わせ、車輪がどの方向へ動くかを制御します。
左右の車輪をそれぞれ動かせる独立懸架にも、コイルスプリングは広く使われてきました。
独立懸架はばねの種類を示す名称ではなく、左右の車輪が基本的に独立して上下できる構造を指します。コイルスプリング以外にも、金属の棒をねじったときに元へ戻ろうとする力を利用するトーションバーなどを組み合わせた方式があります。
こうしてサスペンションは、車体を柔らかく支えるだけでなく、車輪をどのように動かし、タイヤを路面へ追従させるかまで考える仕組みへと発展していきました。
現代のサスペンションは車体の安定にも関わっている
現在の自動車で「サスペンション」と呼ばれるものは、ばね一つだけを指す言葉ではありません。
一般的には、コイルスプリングや板ばねなどのばね、ショックアブソーバー、車輪の位置を支えるアームやリンク、振動を伝わりにくくするブッシュなどが組み合わされています。車種によっては、カーブで車体が傾く動きを抑えるスタビライザーも重要な部品です。
自動車では、車体や乗員などスプリングで支えられている側を「ばね上」、タイヤやホイールなど路面に近い側を「ばね下」と呼びます。
路面に凹凸があるたびに車体全体を大きく上下させるのではなく、まず車輪側を動かして路面へ追従させ、その動きを車体へ伝わりにくくすることがサスペンションの重要な働きです。
現在では、乗っている人への突き上げをやわらげるだけでなく、タイヤを路面へ追従させることや、加速・ブレーキ・カーブでの車体の姿勢を整えることも求められています。
空気をばねとして利用するエアサスペンションや、走行状態に応じてショックアブソーバーの減衰力を変える電子制御式の仕組みも使われています。
板ばねも現在まで使われ続けています。大きな荷重を支えやすく、構造によっては車軸を保持する働きも兼ねられるため、トラックやバスなどの商用車で現在も利用されています。
日本発条でも、複数の板を重ねる重ね板ばねのほか、板厚を変化させたテーパーリーフスプリング、1枚構造のモノリーフスプリングなどが現行製品として扱われています。
サスペンションは、積載量や乗り心地、耐久性、走行性能といった車両ごとの条件に合わせて、さまざまな方式が使い分けられながら発展してきました。
まとめ
乗り物の衝撃対策は、車輪や車軸の動きが車体へ伝わりやすかった荷車や馬車の時代から続いてきました。
馬車では革帯で車体を吊る方法が使われ、金属製のばねが発達すると板ばねも広く利用されるようになります。1804年にはオバディア・エリオットの楕円形ばねが馬車の構造を発展させ、板ばねは人力車や初期の自動車にも受け継がれました。
その後は空気入りタイヤ、ショックアブソーバー、コイルばね、独立懸架などが加わり、現在のサスペンションは乗り心地だけでなく、タイヤの路面追従や車体の安定にも関わる仕組みになっています。
板ばねも役目を終えた技術ではなく、トラックやバスなどでは現在も重要な役割を担っています。
革帯で車体を吊った馬車から現代の自動車まで、「路面で起きた動きをそのまま人や車体へ伝えない」という考え方は、仕組みを変えながら受け継がれてきました。
参考情報
- Kansas Historical Society「Stagecoach」
- Science Museum Group Collection「Growler, 19th century」
- National Museums Scotland「The Dunlop tyre: Air apparent」
- ニッパツ(日本発条)「ばねの歴史」
- ニッパツ(日本発条)「板ばね」
- ZF Aftermarket「ショックアブソーバーの仕組みと交換時期」
