海底に沈んだ古代の船から、何枚もの青銅製の歯車が組み合わされた機械が見つかりました。
それが「アンティキティラ島の機械」です。
アテネ国立考古学博物館では、製作年代を紀元前150〜100年ごろとしています。ところが、残された断片だけでも30枚の青銅製歯車が確認され、太陽や月の動き、暦、日食・月食が起こる時期などを機械的に扱う仕組みが組み込まれていました。研究では「既知の最古の機械式計算機」と位置付けられ、「世界最古のアナログコンピューター」と呼ばれることもあります。
しかも、現在残っているのは元の機械の約3分の1です。失われた部分が多いにもかかわらず、現代の画像解析や碑文の解読によって複雑な機能が少しずつ明らかになってきました。
約2000年前の人々は、どのようにしてこれほど精巧な装置を作ったのでしょうか。歯車の仕組みから、現在も続く復元研究まで見ていきます。
アンティキティラ島の機械とは?海底で見つかった歯車装置
アンティキティラ島の機械は、古代ギリシャ世界で作られた青銅製の天文計算装置です。
1900年、ギリシャのシミ島から来た海綿採りの潜水夫たちが、アンティキティラ島近くの海底で古代の沈没船を偶然発見しました。1900〜1901年に行われた引き揚げでは彫像や器物など多数の遺物が回収され、その中に後のアンティキティラ島の機械となる腐食した青銅の断片も含まれていました。
1902年になると、断片の内部に歯車があることが認識されます。発見された海域に近いアンティキティラ島にちなんで、「アンティキティラの機械」「アンティキティラ島の機械」と呼ばれるようになりました。
現在、残骸は82個の断片に分かれています。元の機械の約3分の1しか残っておらず、確認されている青銅製歯車は30枚です。
完成時の装置は巨大なものではなく、比較的小さな箱状だったと考えられています。その内部へ多数の歯車と文字盤を組み込み、手で回転を与えると歯車が連動して天文学や暦に関する情報を表示する仕組みでした。
電子回路を使う現代のコンピューターとは大きく異なります。それでも、決められた計算を歯車の組み合わせによって処理していた点が、アンティキティラ島の機械が古代技術史で注目される理由の一つです。
なぜすごい?歯車で天体の動きを計算していた
アンティキティラ島の機械が注目される理由は、単に歯車の枚数が多いからではありません。
古代の天文学で知られていた天体の周期を、歯車の歯数や回転比へ置き換え、実際に動く機械として表現したところに特徴があります。
1. 太陽と月の位置や月の満ち欠けを表せた
機械を動かすと、内部の歯車に連動して文字盤上の指針も動きます。
研究からは、太陽と月の位置を表示し、月の満ち欠けも表現できたことが分かっています。
さらに複雑なのが月の動きです。
地球から見た月の動きは、常に一定の速さではありません。2006年に発表された研究では、この不均一な動きを再現する歯車機構が確認され、古代ギリシャの天文学者ヒッパルコスの月運動理論と対応することが示されました。
天体の周期を知識として理解するだけでなく、その関係を小さな歯車の動きとして再現していたことが分かります。
2. 日食・月食が起こる時期も示した
機械の背面には、日食や月食に関係する文字盤もありました。
そこで利用されていたのが「サロス周期」です。日食や月食は、約223朔望月、およそ18年の周期で似た条件が繰り返します。
アンティキティラ島の機械では、この周期をらせん状の文字盤へ組み込み、どの時期に食が起こり得るかを示していました。研究によって、食の予測に関する文字盤や碑文の解読も進んでいます。
ただし、現代の天文ソフトのように「何時何分に、この場所から見える」といった情報まで計算する装置ではありません。
より正確には、天文学的な周期を利用して日食・月食が起こり得る時期を示す機械でした。
3. 暦だけでなく競技祭の周期も扱った
アンティキティラ島の機械は、天体だけを見る装置でもありませんでした。
背面には、19年間と235の太陰月を対応させる「メトン周期」を利用した暦の文字盤がありました。
さらに研究によって、別の文字盤が4年周期を表し、オリンピアの競技祭を含む古代ギリシャの競技祭暦と関係していたことも明らかになっています。
天体の周期、暦、人々が参加する競技祭の日程まで、一つの機械の中で扱っていたのです。
錆びた破片からなぜ機能が分かった?
アンティキティラ島の機械は、保存状態の良い完成品として見つかったわけではありません。
長く海底にあったため激しく腐食し、歯車や文字も何層にも重なった状態で残っています。それにもかかわらず、現在では内部構造や多くの機能まで詳しく研究されています。
解明を進めたのが、現代の画像解析技術と機械に刻まれていた文字です。
X線CTで内部の歯車まで調べられるようになった
研究が大きく進んだのは2000年代です。
2005年にはマイクロフォーカスX線CTや表面撮影技術を使った調査が行われました。これによって腐食した断片の内部構造を3次元的に調べ、外から見えなかった歯車や文字まで読み取れるようになりました。
その後の研究では、こうした画像解析によって歯車の働きが詳しく復元され、解読できる碑文の量も増えています。
古代の機械の内部を読み解くうえで、現代のX線CT技術が重要な手掛かりになりました。
前後のカバーには「取扱説明書」のような文字もあった
アンティキティラ島の機械には、歯車だけでなく多数のギリシャ文字も刻まれていました。
前後のカバーなどには、天文学や暦に関する文章が密に刻まれ、機械の使用方法についての説明も含まれていました。こうした碑文は、取扱説明書のような役割も果たしていたと考えられています。
これは、失われた部分を研究するうえでも重要です。
前面の機構は大部分が残っていませんが、X線CTなどで読み取られた碑文には、太陽や月だけでなく、古代に知られていた5惑星の動きを表示することを示す内容もありました。
歯車そのものが失われた部分でも、碑文が本来の機能を考える手掛かりになります。
「世界最古のコンピューター」はどこまで本当?
アンティキティラ島の機械は、「世界最古のコンピューター」と紹介されることがあります。
ただし、現代のパソコンと同じ仕組みを持っていたという意味ではありません。
プログラムを書き換えて幅広い仕事を処理する汎用コンピューターではなく、天文や暦に関する特定の計算を、歯車の回転によって処理する機械でした。
研究では「世界最古の既知のアナログコンピューター」と呼べると評価され、「既知の最古の機械式計算機」とも位置付けられています。
「古代に現代のパソコンが存在した」と考えるより、天文計算を歯車で機械化した非常に古い計算装置と見るほうが実態に合っています。
惑星を表示する前面部分はまだ復元研究の途中
アンティキティラ島の機械の機能が、すべて解明されたわけではありません。
とくに前面部分は大半が失われています。
残された碑文からは、水星、金星、火星、木星、土星という古代に知られていた5惑星の位置も表示する設計だったことが読み取られています。一方、それを動かしていたはずの歯車の多くは現存していません。
2021年にはユニバーシティ・カレッジ・ロンドン(UCL)の研究チームが、残された歯車や碑文などと整合する前面機構の復元モデルを発表しました。太陽、月、5惑星を複雑な歯車によって表示する構成です。
ただし、失われた歯車がその形で発見されたわけではありません。
現存する物証と碑文をもとに組み立てられた復元案であり、前面機構には今も研究の余地が残っています。
2024年にも新しい研究結果が発表された
その一例が、機械の「カレンダーリング」です。
リングの一部には規則的に並んだ小さな穴が残っています。しかしリング自体が破損しているため、本来一周にいくつの穴が並んでいたのかは分かっていませんでした。
2024年、グラスゴー大学の研究者たちは残された穴の位置を統計的に解析しました。その結果、完全なリングには354または355個程度の穴があった可能性が高いことが示されました。360個や365個だった可能性は低いという結果です。
354という数は、およそ354日となる太陰暦とよく対応します。
解析には、重力波の観測データを調べる際にも使われる統計手法が応用されました。ブラックホールなどの天体現象を調べるための分析方法が、約2000年前の機械の復元にも利用された例です。
ただし、354〜355個という数字は断片から導かれた統計的な推定で、カレンダーリングの構造が完全に確定したわけではありません。
なぜ同じような古代の機械がほとんど残っていない?
アンティキティラ島の機械を見ると、「これほど高度な装置が作れたなら、なぜ似た機械がほかにほとんど残っていないのか」という疑問も浮かびます。
理由の一つとして考えられるのが、青銅という材料です。
古代の青銅製品は価値のある資源で、不要になれば溶かして別の品へ再利用されることがありました。アンティキティラ島の機械は船とともに海底へ沈んだため、そうした再利用を免れて残った可能性があります。
一方、似た発想の装置が当時これ一台しか存在しなかったとも限りません。
古代文献にも天体を再現する装置が登場する
古代ローマの政治家・著述家キケロは、アルキメデスが作ったとされる天体の動きを再現する装置について記しています。また、キケロの同時代人である哲学者ポセイドニオスについても、太陽・月・惑星の運行を再現する装置を作ったという記述が残っています。
ただし、それらの装置の実物は現存しておらず、アンティキティラ島の機械と同じ構造だったことを確認することはできません。
それでも、歯車などを使って天体の動きを機械的に表現する発想が、当時の技術体系から完全に孤立していたわけではないことを示す材料にはなります。
アンティキティラ島の機械は、古代ギリシャ世界に蓄積されていた天文学、数学、金属加工、機械技術を高度に組み合わせた実物として残った貴重な例です。
まとめ
アンティキティラ島の機械がすごいのは、約2000年前に歯車を作れたからだけではありません。
天文学で知られていた複雑な周期を歯車の回転へ置き換え、太陽や月、暦、日食・月食などの情報を小さな機械の中で扱ったことに特徴があります。
さらに、前後のカバーなどには使用方法や天文情報を記した碑文があり、現代ではX線CTによって腐食した内部まで調査されています。失われた惑星表示の復元や、カレンダーリングの穴の数を調べる研究も続いています。
その一方で、元の機械の約3分の2は失われており、前面機構など確定していない部分も残っています。
海綿採りの潜水夫たちが海底で見つけた青銅の断片から、現在も新しい情報が読み取られています。約2000年前の天文学と機械技術を実物から知ることができる点が、アンティキティラ島の機械の価値です。
参考情報
- アテネ国立考古学博物館「The Mysteries of the Mechanism of Antikythera」Science historian/Epigraphist
- 国立天文台 暦計算室「アテネ国立考古学博物館所蔵 アンティキティラの機械」
- Freeth, T. et al. “Decoding the ancient Greek astronomical calculator known as the Antikythera Mechanism” Nature
- Freeth, T. et al. “Calendars with Olympiad display and eclipse prediction on the Antikythera Mechanism” Nature
- University College London「Experts recreate a mechanical Cosmos for the world’s first computer」
- Woan, G. & Bayley, J. “An improved calendar ring hole-count for the Antikythera mechanism” Horological Journal
