「コンピューター」と「コンピュータ」、「ウイルス」と「ウィルス」、「パーティー」と「パーティ」。どれも見たことがあるのに、どれが正しいのか迷った経験はないでしょうか。
カタカナ語の表記ゆれは、単なる書き間違いではありません。外国語の音を日本語の文字で表すときの限界や、時代ごとの慣用、業界ごとの表記ルールが重なることで起こります。
外来語は、なぜ一つの書き方にそろわず、少しずつ形を変えていくのでしょうか。身近なカタカナ語を例に、その仕組みを見ていきます。
カタカナ語の表記ゆれはなぜ起こるのか
カタカナ語の表記ゆれは、外国語を日本語の中で使いやすくするときに起こりやすい現象です。音をそのまま写そうとしても、日本語にはない発音があるため、どこかで日本語の音に置き換える必要があります。
外国語の音を日本語の音に置き換えているから
カタカナ語は、外国語の音を日本語の仮名で書き表したものです。ここでまず問題になるのは、外国語の音と日本語の音がぴったり対応していないことです。
たとえば英語には、日本語の「ラ・リ・ル・レ・ロ」とは違う音があります。日本語にはない発音でも、文字にするには近い音を選ばなければなりません。そのため、同じ語でも「原音に近づける書き方」と「日本語として読みやすい書き方」の間で差が生まれます。
文化庁の「外来語の表記」でも、一般的に用いる仮名と、原音や原つづりに近く書き表そうとする場合に使う仮名が分けて示されています。さらに、示された仮名では表しにくい特別な音については、取り決めを行わず自由とされています。外来語の表記には、もともと一定の幅があります。
「正しい一つ」よりも慣用が重視されることがある
外来語の表記では、外国語の発音をそのまま再現することより、日本語の中でどう使われてきたかが重視されることがあります。
たとえば、外国語の音に近づければ別の書き方になりそうでも、日本語で長く使われてきた表記がそのまま残る場合があります。「ラジオ」「ガラス」「タバコ」のように、日本語としてなじみすぎて、もとの外国語を意識しにくい語もあります。
文化庁の「外来語の表記」は、法令や公用文書、新聞、雑誌、放送などで現代の国語を書き表すためのよりどころを示すものです。一方で、専門分野や個人の表記、会社名や商品名などの固有名詞、過去に行われた表記まで一律に否定するものではありません。
そのため、辞書、新聞、企業名、専門分野で表記が違っていても、ただちに一方が間違いとは限りません。カタカナ語には、発音だけでなく、社会の中で使われてきた歴史も反映されています。
表記ゆれが生まれやすいポイント
カタカナ語の表記ゆれには、いくつかのよくある型があります。長く伸ばす音をどう書くか、日本語にない音をどこまで細かく写すか、原語や業界の慣習をどこまで重視するかによって、同じ外来語でも見た目が変わります。
長音符号「ー」を付けるか省くか
カタカナ語で特に目立つのが、最後の「ー」を付けるかどうかです。「コンピューター」と「コンピュータ」、「サーバー」と「サーバ」、「ユーザー」と「ユーザ」のような違いです。
文化庁の基準では、長音は原則として長音符号「ー」を使って書くとされています。例として「エネルギー」「グループ」「ゲーム」「パーティー」などが挙げられています。
一方で、英語の語末の「-er」「-or」「-ar」などに当たるものは、原則として長音符号を用いるとされています。ただし、慣用に応じて省くこともできるとされ、例にも「コンピューター」と「コンピュータ」が並んでいます。
このため、一般向けの文章では「コンピューター」が自然に見え、技術文書では「コンピュータ」が使われるといった違いが起こります。どちらか一方が絶対に正しいというより、場面によって選ばれてきた表記が違うと見るほうが近いでしょう。
「ウィ」「ヴァ」など新しい音の書き方
もう一つの原因は、日本語で表しにくい外国語の音を、どこまで細かく書くかです。
たとえば「ウィンドウ」と「ウインドウ」、「ヴァイオリン」と「バイオリン」のような違いがあります。原音に近づけようとすれば「ウィ」や「ヴァ」を使いたくなりますが、日本語として読みやすくするなら「ウイ」や「バ」と書くほうがなじむ場合もあります。
文化庁の基準では、「ヴァ」「ヴィ」「ヴ」「ヴェ」「ヴォ」は外来音に対応する仮名として示されています。一方で、一般的には「バ」「ビ」「ブ」「ベ」「ボ」と書くことができるとされています。
つまり、カタカナ語は「外国語らしく書くか」「日本語らしく書くか」の間で揺れやすいのです。新しい言葉ほど、この揺れが目立ちます。
「エンターテインメント」のように揺れが重なる語もある
表記ゆれは、一つの理由だけで起こるとは限りません。分かりやすい例が「エンターテインメント」です。
この語には、「エンタテイメント」「エンターテイメント」「エンタテインメント」「エンターテインメント」など複数の書き方があります。違いは、長音符号の「ー」を入れるかどうか、英語の entertainment(娯楽・楽しませるもの)に含まれる音を「テイ」と写すか「テイン」と写すかにあります。
一般的には「エンターテインメント」がよく使われますが、業界名、会社名、サービス名、媒体の表記方針によって別の形が使われることもあります。また、日常では「エンタメ」と短く使われることもあり、長い外来語が日本語の中で扱いやすい形へ変わる例でもあります。
固有名詞では、一般的な表記に合わせて勝手に直すのではなく、正式名称の表記を優先します。このように、一つの外来語でも「発音に近づける」「日本語として読みやすくする」「慣用や固有名詞に合わせる」という判断が重なると、複数の表記が並びやすくなります。
もとの言語や伝わった時代が違う
カタカナ語は、英語だけから来ているわけではありません。ポルトガル語、オランダ語、ドイツ語、フランス語、中国語など、さまざまな言語から入ってきました。
同じような意味の言葉でも、どの言語から、どの時代に入ったかで表記は変わります。古く入った語は、日本語の音に合わせて大きく形を変えていることがあります。一方、近年入った語は、原語のつづりや発音を意識した表記になりやすい傾向があります。
また、同じ英語由来の語でも、耳で聞いて広まったのか、文字を見て訳されたのかによって書き方が変わることがあります。音から入った言葉は発音寄りに、専門書や説明書から入った言葉はつづり寄りになりやすいのです。
表記ゆれは悪いことなのか
表記ゆれを見ると、どちらかに統一すべきだと感じるかもしれません。けれど、言葉の変化として見ると、表記ゆれは外来語が日本語になじむ途中でよく起こる現象です。
言葉が日本語になじむ途中で起こる
入ってきたばかりの言葉は、まだ使う人も場面も限られています。最初は原語に近い表記、業界内の表記、新聞や広告で使われる表記が並び立つことがあります。
多くの人が使うようになるにつれ、読みやすい形や見慣れた形が少しずつ選ばれていきます。「スマートフォン」と「スマホ」のように、正式に近い長い形と、日常会話で使いやすい短い形が共存することもあります。
表記ゆれは、言葉が乱れている証拠とは限りません。外来語が日本語の中で使われながら、場面に合う形へ変わっていく過程ともいえます。
業界ごとのルールが違う場合もある
表記ゆれは、使う分野によっても生まれます。新聞、放送、行政文書、IT業界、医学、音楽、ファッションなど、それぞれの分野で読みやすさや正確さの基準が違うためです。
たとえば、一般の読者に向けた文章では、発音に近く読みやすい表記が好まれます。専門分野では、過去の資料とのつながりや検索のしやすさ、英語のつづりとの対応が重視される場面もあります。
企業名や商品名には、独自の表記が使われるものもあります。「キヤノン」のように、発音とは違って見える表記が正式名称として使われる場合もあります。こうした固有名詞は、一般的な外来語の表記基準だけでは決められません。
同じカタカナ語でも、新聞記事、製品マニュアル、学校の作文、会社の資料で表記が分かれる場面もあります。表記ゆれは単なる迷いではなく、場面ごとの都合が重なって生まれているのです。
カタカナ語の表記で迷ったときの考え方
表記ゆれがある言葉は、どちらを選んでもよい場合があります。ただ、文章として読みやすくするには、いくつか意識したいポイントがあります。
同じ文章の中では一つにそろえる
カタカナ語に複数の表記がある場合、まず大切なのは同じ文章の中でそろえることです。
たとえば、最初に「コンピューター」と書いたなら、同じ記事や資料の中ではできるだけ「コンピューター」で統一します。途中で「コンピュータ」に変わると、読者は別の意味があるのかと迷ってしまいます。
表記ゆれが許される言葉でも、同じ文章内で何度も書き方が変わると読みにくくなります。迷った場合は、読者が見慣れている表記、辞書や公的資料で多く使われる表記、サイト内ですでに使っている表記に合わせるとよいでしょう。
固有名詞は公式表記を優先する
会社名、商品名、人名、サービス名などは、一般的なカタカナ表記よりも公式の表記を優先します。
たとえば、同じ音に聞こえても、企業やブランドが決めている文字の並びには意味があります。勝手に長音を足したり省いたりすると、別の名称のように見えることがあります。
文化庁の「外来語の表記」でも、会社名や商品名などの固有名詞で基準によりがたいものには及ぼさないとされています。
日常語としての「プリンター」は長音を付けるかどうかで迷うことがありますが、製品名やサービス名として使う場合は、公式サイトやパッケージの表記に合わせるのが安全です。
Q&A(よくある疑問)
まとめ
カタカナ語の表記ゆれは、外国語の音を日本語の仮名で表すときに起こりやすい現象です。日本語にない音をどう書くか、長音符号を付けるか、原音に近づけるか、慣用に合わせるかによって、同じ外来語でも複数の表記が生まれます。
「コンピューター」と「コンピュータ」、「パーティー」と「パーティ」のような違いは、どちらかが単純に間違いというより、使われる場面や歴史の違いを反映している場合があります。
表記ゆれは、言葉が乱れているだけではありません。外来語が日本語の中に入り、分野や時代に合わせて形を変えてきた跡でもあります。迷ったときは、文章内で統一し、固有名詞は公式表記を優先すると読みやすくなります。
参考情報
- 文化庁「外来語の表記」
- 文化庁「外来語の表記 留意事項その2 長音に関するもの」
- 文化庁「外来語の表記 留意事項その2 外来音に対応する仮名」
- 国立国語研究所「ことば研究館|『エンターテインメント』が『エンターテイメント』『エンタメ』といったいろいろな語形で使われるのはなぜですか」
- 国立国語研究所「ことば研究館|『コンピューター』と『コンピュータ』どちらで書いてもよいですか」
