人は脳の10%しか使っていない?古い俗説が今も残る理由とは

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「人は脳の10%しか使っていない」と聞くと、残りの90%に特別な力が隠れているように感じます。映画や漫画、自己啓発の話でも、この考え方に近い表現が使われることがあります。

ただし、この話は現在の脳の理解とは合いにくいものです。脳の大部分が使われないまま残っているのではなく、場面によって関わる場所が変わりながら働いていると考えられています。BrainFacts.orgは、脳の10%説を俗説として扱い、私たちは脳全体を使っているものの、すべてを同時に使っているわけではないと説明しています。

では、なぜこの話はここまで広まったのでしょうか。背景には、人間の潜在能力についての考え方が、覚えやすい数字と結びついていった流れがあります。脳の10%説は、脳の働きそのものよりも、「人にはまだ発揮できていない力がある」という期待と相性がよかった俗説だと見ると分かりやすくなります。


目次

脳の10%説はいつごろから広まったのか

脳の10%説は、最近になって急に生まれた話ではありません。はっきりした起源を一つに絞るのは難しいものの、20世紀前半には広まりやすい形になっていたと考えられています。

よく背景として挙げられるのが、心理学者・哲学者のウィリアム・ジェームズの考え方です。ジェームズは1907年の文章で、人は自分の精神的・身体的な資源の一部しか使っていないという趣旨のことを述べています。ただし、これは「脳の90%が物理的に使われていない」という意味ではありません。人間にはまだ発揮できていない力がある、という広い意味の話でした。

その後、この考え方は自己啓発の文脈で分かりやすい数字と結びついていきます。BrainFacts.orgの記事では、デール・カーネギーの著書『How to Win Friends and Influence People(人を動かす)』の序文に、ウィリアム・ジェームズが「平均的な人は潜在的な精神能力の10%しか発達させていない」と述べたとされる紹介があり、これが広まりに関係した可能性が示されています。

そのため、脳の10%説は、最初から神経科学の実験で示された話ではありません。人間の可能性についての考え方が、自己啓発や大衆文化の中で覚えやすい数字と結びつき、やがて「人は脳の10%しか使っていない」という形で広まっていったと考えられます。


脳の10%説はどんな内容として広まったのか

脳の10%説は、人間は普段、脳のごく一部しか使っておらず、残りの大部分にはまだ発揮されていない力がある、というイメージで広まった俗説です。

この話では、使っていない部分を使えるようになれば、記憶力や理解力、創造力が大きく高まったり、普通ではできないような能力が目覚めたりするかもしれない、という期待が語られることがあります。MIT McGovern Instituteも、映画『リミットレス(Limitless)』や『LUCY/ルーシー(Lucy)』が、脳の10%説を題材にしていると紹介しています。

もともとの背景にあったのは、ウィリアム・ジェームズが述べた「人は可能な資源の一部しか使っていない」という趣旨の考え方でした。そこでは、脳の物理的な使用率を測って「10%」と示したわけではありません。むしろ、人間は今の生活の中で自分の力を十分に発揮できていない場合がある、という潜在能力の話に近いものでした。

ところが、この考え方が自己啓発の文脈で広がるうちに、「潜在能力の一部しか使っていない」という話が、「脳の10%しか使っていない」という分かりやすい表現へ変わっていきました。

つまり、10%説は単に「ある瞬間に脳全体が同じように働いていない」という話ではありません。「今の自分は本来の力の一部しか使えておらず、残りを使えれば大きく変われるかもしれない」という期待と結びついて広まった話です。


なぜ「使っていない脳」があるように思われやすいのか

「脳の一部しか使っていない」という話が信じられやすいのは、人間にはまだ伸びしろがあると感じやすいからです。

勉強や練習を続けると、以前はできなかったことができるようになります。楽器、スポーツ、語学、計算、文章を書く力などは、経験によって上達します。このような変化を見ると、「眠っていた力が目覚めた」と表現したくなるかもしれません。

けれど実際には、使っていなかった巨大な領域を急に使い始めたというより、経験によって情報の扱い方が変わったり、行動に慣れたり、必要な判断をしやすくなったりしたと捉えるほうが、能力の変化を無理なく説明できます。

また、脳の働きは外から直接見えるものではありません。集中しているとき、休んでいるとき、考えごとをしているときで、外から見える行動はかなり違います。そのため「今は使っていない」「一部しか働いていない」という印象が生まれやすくなります。

「潜在能力」と脳の働きは別に考える

人にはまだ伸ばせる力があります。知らないことを学べますし、練習によってできることも増えます。

ただし、それは脳の大部分が何もしていないまま残っているという意味ではありません。すでに働いている脳の使い方が変わったり、情報の処理に慣れたり、必要な行動を選びやすくなったりすることで、結果として能力が伸びて見えるのです。

潜在能力という言葉は魅力的です。けれど、そこに「90%が使われていない」という数字を付けると、話が分かりやすくなる一方で、脳の実際の働きとはずれてしまいます。


現代でもこの俗説は残っているのか

脳の10%説は、現代でも完全には消えていません。

映画や漫画では、「脳の残りを使えば特別な能力が出る」という設定が使われることがあります。また、自己啓発や学習の話でも、「まだ眠っている能力がある」という表現は今もよく見られます。

その表現自体がすべて間違いというわけではありません。人は学習や練習で変われますし、経験によってできることも増えていきます。

ただし、「人は変わっていける」という話と、「脳の90%が使われていない」という話は別です。現在の脳の理解では、脳の大部分が使われないまま残っているという前提は支持されていません。MIT McGovern Instituteも、科学者は私たちが日常的に脳全体を使っていると考えていると紹介しています。

この俗説が残りやすいのは、数字が分かりやすく、夢のある話に見えるからです。「残り90%」という言い方は、聞いた人に強い印象を残します。だからこそ、事実とは違っていても、物語や広告的な表現の中で使われ続けてきたのでしょう。


現代ではどのように考えられているのか

「10%ではないなら、実際には何%使っているのか」と気になる人もいるかもしれません。

ただ、脳の働きは一つの数字で表しにくいものです。脳はすべての場所が同時に同じ強さで働くのではなく、場面によって関わる場所が変わります。

ここで大切なのは、「いま目立って働いていない場所がある」ことと、「脳の90%が使われていない」ことを分けて考えることです。体を動かすとき、言葉を考えるとき、音を聞くとき、記憶を思い出すときでは、関わる場所が変わります。

そのため、現代では「脳の何%を使っているか」と固定した割合で見るより、脳の多くの部分がそれぞれ役割を持ち、必要な場所が必要なタイミングで働いていると考えるほうが、実際の働き方に近い説明になります。BrainFacts.orgの記事でも、fMRIで目立って見えないからといって、その領域が活動していないとはいえないと説明されています。

脳の多くの部分にはそれぞれ役割がある

もし本当に脳の90%が使われていないなら、脳の多くの部分は影響を受けても生活や行動にあまり関わらないはずです。

しかし実際には、脳の一部に影響が出ると、場所によって言葉、記憶、運動、感覚、判断などに関わる働きへ影響することがあります。脳には場所ごとに異なる働きがあり、それぞれが体や心のさまざまな機能に関わっています。

脳は場所ごとに役割があり、必要な場所が必要なタイミングで働くことで成り立っています。体を動かすとき、言葉を考えるとき、音を聞くとき、記憶を思い出すときでは、関わる場所が変わります。

つまり、脳は「使っている部分」と「ほとんど使っていない部分」に単純に分かれているわけではありません。場面に応じて関わる場所が変わりながら、さまざまな働きが組み合わさっています。

脳は休んでいるときも動いている

「何も考えていない」と感じる時間でも、脳は完全に止まっているわけではありません。

ぼんやりしているとき、過去の出来事を思い出しているとき、これからの予定を考えているとき、周囲の音や体の感覚に気づいているときなど、脳はさまざまな処理をしています。

脳のすべてが同時に同じように活動しているわけではありません。ただし、休んでいるように見える時間にも、脳の中では必要な働きが続いています。

そのため、「集中していない時間は脳を使っていない」と考えるのは少し違います。脳は、意識して頑張っているときだけ働くものではありません。休息中にも、体の状態や記憶、周囲の情報に関わる働きが続いています。


なぜこの俗説は広まりやすいのか

脳の10%説が広まりやすいのは、話として分かりやすく、希望を感じやすいからです。

「あなたにはまだ眠っている力がある」と言われると、多くの人は前向きに受け止めます。努力すれば変われる、学べば伸びる、もっと自分を活かせるという考え方自体は悪いものではありません。

さらに、10%という数字はとても覚えやすいです。「少ししか使っていない」「残りがたくさんある」という構図がすぐに伝わります。細かな脳の働きを説明するよりも、短く印象に残るため、物語や宣伝文句にも使いやすかったのでしょう。

ただ、それを「脳の90%が使われていない」という数字で説明すると、事実とはずれます。人の成長や学習は、脳の一部が突然働き始めるという話ではなく、経験によって情報の扱い方や判断のしかたが変わっていくものです。

俗説は、完全な作り話だけで広まるとは限りません。「人には伸びしろがある」「脳の働きにはまだ分からないことが多い」という本当の要素が、分かりやすい数字と結びついたときに、強く記憶に残る話になっていきます。


脳にはまだ分かっていないことも多い

脳の10%説が間違いだからといって、脳のことがすべて分かっているわけではありません。

記憶、意識、感情、創造性、学習など、脳には今も研究が続いているテーマが多くあります。脳の仕組みは非常に複雑で、どの場所がどの働きに関わるかだけでなく、複数の領域がどう連携するかも重要です。

大切なのは、「まだ分からないことが多い」と「大部分が使われていない」を分けて考えることです。分かっていないことがあるからといって、脳の90%が眠っていることにはなりません。

人間の能力には伸びしろがあります。ただし、それは脳の大部分が何もしていないという話ではなく、学習、経験、練習、休息、環境などによって少しずつ変わっていくものと見るほうが、実際の脳の働きに近い説明になります。


Q&A(よくある疑問)

脳の10%説とはどんな話ですか?

人間は普段、脳のごく一部しか使っておらず、残りを使えれば潜在能力や特別な力が出るという俗説です。ただし、これは現在の脳の理解とは合いにくい考え方です。脳は場面によって関わる場所を変えながら働いています。

実際には脳をどれくらい使っているのですか?

「10%ではなく何%」と固定した数字で表すのは難しいです。脳はすべての場所が同時に同じ強さで働くのではなく、場面によって関わる場所が変わります。大切なのは、脳の大部分が使われていないという考え方は支持されていないという点です。

脳の10%説はいつからあるのですか?

はっきり一つの起源を決めるのは難しいですが、20世紀前半には広まりやすい形になっていたと考えられています。ウィリアム・ジェームズの潜在能力に関する考え方が、後の自己啓発や大衆文化の中で「10%」という数字と結びついたとされます。

現代でも10%説は信じられているのですか?

現代でも、映画や漫画、自己啓発の表現などで似た考え方が使われることがあります。ただし、脳の説明としては支持されていません。脳の大部分が使われていないというより、場面によって関わる領域が変わると考えるほうが、実際の働き方に合っています。

学習や練習で脳の働きは変わるのですか?

学習や練習によって、記憶の使い方や判断のしかた、身につく技能が変わることはあります。脳は場所ごとに役割があり、必要な場所が必要なタイミングで働いています。できることが増える背景には、経験によって情報の扱い方や判断のしかたが変わることも関わります。


まとめ

「人は脳の10%しか使っていない」という話は、現在の脳の理解とは合いにくい考え方です。脳の大部分が使われないまま残っているという説明には無理があります。

この俗説は、ウィリアム・ジェームズの潜在能力に関する考え方などを背景に、20世紀前半には広まりやすい形になっていたと考えられています。最初から脳の使用率を測った科学的な話ではなく、人間の可能性を語る表現が「10%」という覚えやすい数字と結びついたものです。

10%説は、「脳の働く場所が場面によって変わる」という事実そのものではありません。一般には、脳のごく一部しか使っておらず、残りを使えれば特別な力が出るという話として広まりました。

脳は、見る、聞く、動く、考える、記憶する、感情を処理するなど、多くの働きに関わっています。場面によって活発に働く場所は変わりますが、使っていない大きな空白があるわけではありません。

一方で、人間に伸びしろがあることは確かです。学習や練習によって、できることは増えていきます。ただし、それは脳の大部分が急に働き始めるというより、経験によって情報の扱い方や判断のしかたが変わるためです。

脳の10%説が残りやすいのは、「まだ自分には大きな可能性がある」という考え方と相性がよいからです。数字としては正確ではありませんが、そこに含まれる「人は変わっていける」という感覚だけは、多くの人に響きやすいのかもしれません。


参考情報

  • BrainFacts.org「Lucy and the 10 Percent Brain Myth」
  • MIT McGovern Institute「Do we only use 10 percent of our brain?」
  • William James「The Energies of Men」
  • British Psychological Society「Great myths of the brain: We only use 10 per cent」
  • Scientific American「Do we really use only 10 percent of our brains?」
  • Scientific American「Do People Only Use 10 Percent of Their Brains?」

この記事を書いた人

気になったテーマを中心に、公開情報や資料を読みながら記事をまとめています。背景や違いが見えにくい話題も、公式サイトや公開資料を確認しつつ、できるだけわかりやすく整理してお届けしています。

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