職場で「あの人を通さないと話が進まない」「必要なことを知っているのに、なかなか出てこない」と感じる場面があります。こうした人は、単に意地悪だから生まれるわけではありません。組織では役割や担当が分かれるだけで情報が自然に偏りやすく、そのうえで、情報を持つことが立場や安心材料になりやすい環境では、知っていることを抱え込みやすくなります。組織行動の研究でも、この現象は個人の性格だけでなく、職場の構造や心理状態との関係から説明されています。
まず、組織では情報が自然に偏る
会社やチームでは、全員が同じ情報を同じ量だけ持つことはほとんどありません。営業は顧客の反応を知り、経理は数字を知り、現場は実際のトラブルを知ります。専門化が進むほど、特定の人しか知らない情報は増えやすくなります。部門や役割の境界が情報共有の壁になりやすいことは、組織サイロを扱ったレビューでも指摘されています。つまり「情報を握る人」は、悪意より先に、仕事の分け方そのものから生まれやすいのです。
ここで分けておきたいのが、「求められたのに出さない」のと、「ふだんからため込む」のは少し違うという点です。研究では、相手に頼まれた知識を意図的に出し渋る行動を知識隠しと呼びます。これに対して、知識を自分のところに集めたまま流れを細くしてしまう状態は、知識の抱え込みとして区別して扱われます。職場で見かける「情報を握る人」は、この二つが重なって見えることも少なくありません。
なぜ、情報を渡さない心理が生まれるのか
理由のひとつは、情報が「力」や「居場所」に見えやすいことです。組織では、知っていることそのものが価値になる場面があります。ノウハウを持っている人は頼られやすく、判断の中心にも入りやすくなります。すると情報は、単なる材料ではなく、自分の強みや持ち場のように感じられます。研究でも、縄張り意識が強いほど知識隠しが起こりやすくなり、それが職務成果の低下や職場での好ましくない行動と結びつきやすいことが示されています。
もうひとつは、不安や不公平感です。雇用不安が強いとき、人は「自分の価値を失いたくない」と考えやすくなります。また、上司が理由を説明しない、一部の人にだけ情報が流れる、といった環境では、「こちらだけ出しても損をする」と感じやすくなります。実際に、雇用不安は知識隠しと結びつきやすく、情報面での公正さが弱い職場では、はぐらかしや知らないふりのような隠し方が増えやすいことが報告されています。
情報を握る人がいると、何が起きるのか
特定の人が情報を握り続け、必要な人に必要なタイミングで伝わらない状態が続くと、確認待ちや判断待ちが増えやすくなります。すると仕事の流れは一部で滞りやすくなり、あとから手戻りが起きることも増えます。研究でも、知識隠しは協働や創造性、職務成果に不利に働きやすく、広い意味で組織の成果を下げる要因として扱われています。必要な情報が必要な場所に届かない状態が続くと、仕事の流れはにごりやすくなります。
しかも、この行動は一人の癖で終わらないことがあります。誰かの出し渋りが続くと、周囲も共有に慎重になりやすくなります。知識隠しが不信や報復的なやり取りと結びつきやすいこと、そして悪い空気が職場に広がりやすいことは、関連研究でも繰り返し示されています。短期的には、その人が情報の通り道として目立ちやすくなるかもしれませんが、長い目で見ると、チーム全体のスピードや信頼を削りやすい行動です。
生まれにくい職場には何があるのか
対策は「もっと共有しろ」と気合いで迫ることではありません。大切なのは、共有したほうが損をしにくい環境をつくることです。判断の理由が説明される、情報の流れが一部の人に閉じにくい、部門をまたぐやり取りが当たり前になっている、共有しても評価や立場が下がりにくい。こうした条件がそろうと、情報は個人の武器ではなく、チームの資源として扱われやすくなります。情報面での公正さや、上司・組織からの支援が知識隠しの少ない環境づくりに関わることも研究で示されています。
「情報を握る人」が目立つ職場では、その人だけが特別というより、握る行動が起きやすい条件が組織の中にあることがあります。情報を持つことが評価につながり、渡すことが損につながるなら、人は抱え込みやすくなります。逆に、共有が信頼や成果につながる仕組みがあれば、同じ人でも出し方は変わります。この問題は、個人の性格だけでなく、環境がどんな行動を生みやすいかまで見ると理解しやすくなります。
Q&A(よくある疑問)
まとめ
情報を握る人が生まれるのは、単にその人が意地悪だからではありません。組織にはもともと情報の偏りが生まれやすく、そこに不安、縄張り意識、公平感の低さ、部門の壁が重なると、知識隠しや抱え込みが起こりやすくなります。しかも、それは一人の問題で終わらず、確認待ちや手戻り、不信の連鎖を通じて職場全体に広がりやすい行動です。だからこそ、この現象は「性格の問題」より、「どんな職場でそうした行動が起こりやすいか」という目で見ると、ぐっと理解しやすくなります。
参考情報
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