世界最古級の歌はどんな曲?3400年前の粘土板に残る音の謎

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「人類が残した最も古い歌」と聞くと、どんな曲を想像するでしょうか。

実は、約3400年前の中東には、歌詞だけでなく、音楽を演奏するための情報まで粘土板に記した人々がいました。

世界最古級の歌として有名なのが「フルリ人の讃歌」です。ただし、現在聞くことのできる復元演奏が、3400年前の音をそのまま再現しているわけではありません。旋律だけでなく、歌詞の細かな意味にも分かっていない部分があります。

一枚の古い粘土板には、いったいどんな歌が残されているのでしょうか。

目次

世界最古級の歌は「フルリ人の讃歌」

世界最古級の「音楽の演奏情報まで書かれた歌」として知られているのが、フルリ人の讃歌(Hurrian Hymns)です。

その中でも特に有名なのが「H6」と呼ばれる粘土板で、「ニッカルへの讃歌(Hymn to Nikkal)」とも呼ばれています。

粘土板が見つかったのは、現在のシリアにあるラス・シャムラです。この場所にはかつて、地中海沿岸の古代都市ウガリットがありました。

H6は紀元前1400年ごろまでさかのぼるとされ、現代から見ればおよそ3400年前の音楽資料です。

当時すでに、人々は歌を口伝えするだけでなく、演奏に関する情報を文字として残そうとしていたことになります。

H6は一枚だけ見つかった歌ではない

「H6」という名前からも分かるように、この粘土板だけが単独で見つかったわけではありません。

ウガリットからは、フルリ語で書かれた複数の歌や音楽に関する粘土板が発見されています。ただし、欠けていたり断片しか残っていなかったりするものも多く、すべてを同じように読み取れるわけではありません。

その中でH6は比較的まとまった状態で残っているため、古代音楽を知るための重要な資料として特に注目されてきました。

価値があるのは単に古いからではありません。歌詞と、演奏に関係すると考えられる記述を一緒に確認できる点も大きな特徴です。

H6の粘土板は、現在はダマスカス国立博物館の所蔵とされています。

女神ニッカルに関係する宗教的な歌

H6は、現代のポップソングのような娯楽のための歌ではありません。

歌の題材になっているのは、古代の女神ニッカルです。豊穣や供物、献酒などに関係する宗教的な内容を持つ歌と考えられています。

ただし、歌詞のすべてが完全に読めているわけではありません。

H6の歌詞はフルリ語で書かれており、現在でも意味を確定しにくい部分があります。そのため、「ニッカルに関係する讃歌」であることは分かっていても、3400年前の人々が一語一語にどのような意味を込めて歌っていたのかまでは、すべて明らかになっていません。

近年も歌詞の解釈は検討され続けており、今後、新しい読み方が示される可能性もあります。

古代では、音楽は単なる娯楽とは限りませんでした。神々への祈りや儀式と結びついた歌もあり、H6はそうした古代社会と音楽の関係を知る手掛かりにもなっています。

「人類最初の歌」という意味ではない

ただし、「世界最古の歌」という言い方には少し注意が必要です。

H6が世界最古級として紹介されるのは、歌詞と音楽に関する情報が物として残っているからであり、人間が史上初めて歌った曲という意味ではありません。

音楽そのものの歴史は、H6よりはるかに古いと考えられています。

ドイツ南部の洞窟などからは、4万年以上前につくられた骨製の笛が発見されています。つまり、文字で音楽を書き残すようになる何万年も前から、人間は音を組み合わせて楽しんでいた可能性が高いのです。

もちろん、その時代に録音機器はなく、歌そのものを残した文字資料もありません。

どんな旋律を歌い、どのような言葉を口ずさんでいたのかは分からないため、人類最初の歌を特定することはできません。

3400年前の「楽譜」は五線譜ではなかった

楽譜と聞くと、五本の線の上に音符が並び、「ド・レ・ミ」に相当する音の高さが分かるものを思い浮かべるでしょう。

当然ながら、H6に現代のような五線譜はありません。

粘土板には楔形文字が刻まれ、歌詞のほかに、音楽を演奏するための指示と考えられる部分があります。そこには音楽に関係する言葉や数字などが記されています。

古代メソポタミア周辺に残る別の音楽資料と照らし合わせることで、弦楽器の調律や音の組み合わせに関係していることも分かってきました。

ただし、「この記号は現代のこの音」と一対一で変換できるわけではありません。

現代の「ドレミ」へそのまま置き換えられない

H6について「世界最古級の楽譜が残っている」と聞くと、楔形文字を解読すれば、そのまま3400年前のメロディーを演奏できそうに感じます。

実際には、そこまで単純ではありません。

現代の五線譜には、音の高さや長さを読み取るための共通した決まりがあります。一方、H6には「この記号をこう読めば曲になる」という説明書が残されているわけではありません。

そのため、ほかの粘土板に記された調律法や弦を示す言葉などを手掛かりに、当時の演奏方法が推測されています。

音の高さだけでなく、どの弦をどのように使ったのか、いくつかの音を組み合わせて鳴らしたのかといった点にも、複数の考え方があります。

現代の五線譜へ置き換える段階でも解釈が必要になるため、復元方法によって旋律の印象が変わることがあります。

謎なのは音程だけではない

H6を再現する難しさは、音の高さだけではありません。

粘土板には音楽に関係する言葉とともに数字も書かれていますが、その数字が演奏上どのような役割を持っていたのかについても、解釈は一つに定まっていません。

さらに、歌詞のどの部分に、どの演奏指示を対応させればよいのかにも不明点があります。

つまり、「どんな音を出したのか」だけでなく、「歌と伴奏をどのように組み合わせたのか」にも謎が残っています。

同じH6を出発点にしていても、復元する人によって出来上がる曲が異なることがあるのは、このためです。

実際にはどんな音だったの?

では、3400年前の歌は実際にどのような音だったのでしょうか。

残念ながら、「これが当時演奏されていた本物のメロディーです」と断言できる音源はありません。

H6をもとに、古代の弦楽器などを想定した復元演奏はいくつもつくられています。しかし、音の高さや弦の使い方、数字の意味、歌詞と演奏指示の対応など、再現する際にはいくつもの判断が必要です。

その選び方が変われば、聞こえてくる旋律も変わります。

インターネットなどで「世界最古の曲」「3400年前の音楽」として公開されている演奏も、粘土板をもとにした復元案の一つとして捉えるのが適切です。

3400年前の録音が残っていて、それをそっくり再現したものではありません。

H6は、完成した旋律だけを残した「楽譜の化石」というよりも、古代の人々が音をどのように捉え、記録し、伝えようとしていたのかを考えるための資料でもあります。

現代の曲なら、録音を再生すれば同じ演奏を繰り返し聞けます。

ところがH6の場合は、粘土板に刻まれた文字や数字から、失われた音を少しずつ推測しなければなりません。

完全には分からないからこそ、3400年前の人々が実際にどんな音を聞いていたのか、現在もさまざまな復元が試みられているのです。

「世界最古の歌」が一つに決められない理由

世界最古の歌について調べると、「フルリ人の讃歌」とは別にセイキロスの墓碑銘という名前を見かけることがあります。

「結局、どちらが世界最古なの?」と疑問に思うかもしれません。

これは、何を基準に「最古」と呼ぶかによって答えが変わるためです。

フルリ人の讃歌H6は紀元前1400年ごろまでさかのぼる、非常に古い音楽資料です。一方で、音楽に関する指示には現在も読み方が定まっていない部分があり、当時の演奏を一つの形に確定することはできません。

一方、古代ギリシャのセイキロスの墓碑銘は、フルリ人の讃歌よりずっと後の1〜2世紀ごろのものとされています。

こちらは歌詞と旋律を示す音楽記譜がまとまった形で残っており、完全な形で現存する最古級の楽曲として知られています。

石碑には歌詞と音楽記号が刻まれており、その内容は人生の短さを意識しながら、生きている時間を大切にするよう呼びかけるものです。

約3400年前の神にささげる歌と、約2000年前の人生についての歌。目的も時代も異なりますが、どちらからも、人間が古くから大切な思いを音楽にして残してきたことがうかがえます。

さらに時代をさかのぼれば、4万年以上前の楽器も見つかっています。

そのため、

  • もっとも古い楽器
  • 音楽の演奏情報を伴う最古級の歌
  • 完全な形で旋律まで残る最古級の楽曲

は、それぞれ別の話として考える必要があります。

「世界最古の歌」という言葉だけでは複数の答えが出てくるのは、この違いがあるためです。

Q&A

世界で一番古い歌は何ですか?

一つに決めるのは難しいものの、音楽の演奏情報を伴う最古級の歌として「フルリ人の讃歌H6」が有名です。現在のシリアにあった古代都市ウガリットから発見され、紀元前1400年ごろまでさかのぼるとされています。

フルリ人の讃歌は今でも聞けますか?

H6をもとにした復元演奏を聞くことはできます。ただし、音の高さや弦の使い方、数字の意味などには複数の解釈があります。現在聞ける演奏は、古代の資料から再構成された一つの復元案と考えると分かりやすいでしょう。

歌詞の意味は完全に分かっていますか?

完全には分かっていません。女神ニッカルや豊穣、供物などに関係する宗教的な歌と考えられていますが、フルリ語の歌詞には意味を確定しにくい部分があります。そのため、細かな内容については今も解釈の余地が残されています。

なぜ粘土板に音楽を書いたのでしょうか?

正確な目的までは分かっていません。ただ、H6には歌詞とは別に演奏に関係すると考えられる情報が残っています。当時すでに、音楽を伝えたり演奏したりするための知識の一部が文字として記録されていたことが分かります。

音楽そのものは3400年前に生まれたのですか?

いいえ。4万年以上前のものとされる骨製の笛などが見つかっているため、人類の音楽文化は文字による音楽記録よりはるかに古くから存在していました。H6が特別なのは、歌と演奏に関係する情報が粘土板として残っている点です。

まとめ

世界最古級の歌として知られる「フルリ人の讃歌H6」は、約3400年前の古代都市ウガリットに残された、女神ニッカルに関係する歌です。

当時すでに、人々が歌詞だけでなく演奏に関する情報まで粘土板へ記していたことが分かります。

ただし、歌詞の細かな意味や数字の役割、音の高さ、歌と演奏指示の対応などには今も謎が残っています。現在聞ける復元演奏も、3400年前の音をそのまま再現したものではありません。

一枚の粘土板を手掛かりに、失われた古代の音を現代へよみがえらせようとしている――そう考えると、フルリ人の讃歌は「古い曲」というだけではない魅力を持った音楽資料だといえるでしょう。

参考情報

  • Dylan Lawrence Gibson, “Rethinking ancient music interpretation through Hurrian Hymn H6: a tablaturization,” Early Music, Oxford Academic
  • Institute for the Study of the Ancient World, New York University, “ISAW’s Commission of the ‘World’s Oldest Song’ Inspires Nico Muhly for the Guggenheim’s Works & Process”
  • University of Tübingen, “Hohle Fels”
  • Yale University, ARCHAIA Program for the Study of Ancient and Premodern Cultures and Societies, “Cosmographic song: the Seikilos’ epitaph and its worlds”

この記事を書いた人

気になったテーマを中心に、公開情報や資料を読みながら記事をまとめています。背景や違いが見えにくい話題も、公式サイトや公開資料を確認しつつ、できるだけわかりやすく整理してお届けしています。

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