「これ、よさそうだね」と話したら「でも高くない?」、「こうしてみよう」と提案したら「いや、それは違うと思う」。会話のたびに「でも」「いや」と返されると、意見の内容以上に「また否定された」と感じることがあります。
こうした話し方には、自分で決めたい気持ちや、問題になりそうな点を先に考える傾向だけでなく、「いや」をきっかけに会話の流れを切り替える、発言を始めるときに使っているといった場合もあります。
大切なのは、「否定から入っているように聞こえること」と「相手を否定しようとしていること」を分けて考えることです。
なお、「否定から入る人」は心理学上の診断名や決まった性格分類ではありません。同じ「でも」「いや」でも、その言葉が先に出る理由は人や場面によって異なります。
否定から入る人の心理は一つではない
会話の最初に「いや」「でも」が出る人を見ると、「人の意見を認めたくないのでは」「何でも反対したいのでは」と感じることがあります。
実際に反対している場合もありますが、最初の一言だけから本人の性格や心理まで判断することはできません。
自分の選択を他人に決められたくない場合もあれば、新しい案を聞いたときにメリットより問題点から考える人もいます。さらに「いや」が、本来の否定とは少し違う会話上の働きをしているケースもあります。
自分で決めたいときに反発が起こることがある
「絶対これがいいよ」
「普通はこうするよ」
「あなたもこうしたほうがいい」
このように選択を強く勧められると、内容には大きな不満がなくても反発したくなることがあります。
心理学では、自分の自由や選択肢を制限されたと感じたとき、その自由を取り戻そうとする反応を心理的リアクタンスと呼びます。
「必ずこうするべき」「これにしなさい」といった強い言い方ほど、反発や否定的な考えにつながりやすくなることも研究されています。
たとえば「これにしなさい」と言われたとき、「いや、別のほうがいい」と返したくなるような場面です。
この場合、提案内容そのものよりも、自分で判断する余地を残してほしいという気持ちが反応に関係している可能性があります。
ただし、「いや」と答えた人すべてに心理的リアクタンスが起きているわけではありません。自由を制限されたように感じた場面で、反発が起こる理由の一つです。
良い点より問題になりそうな部分を先に考える
新しい提案を聞いたとき、
「それなら楽しそう」
と考える人もいれば、
「費用は大丈夫?」
「時間が足りないのでは?」
「あとで困らない?」
と気になる部分から考える人もいます。
この場合、「反対したい」というより、実行する前に問題がないか確かめようとしていることがあります。
たとえば旅行先を提案されて「でも遠くない?」と返した人が、旅行そのものに反対しているとは限りません。最初に距離が気になっただけかもしれません。
ただ、聞き手からすると毎回最初に欠点を指摘されるため、「何を話してもまず否定される」という印象が残りやすくなります。
内容としては確認や心配でも、伝え方によっては反対として受け取られる。ここに話し手と聞き手のズレが生まれます。
「いや」「でも」は会話を切り替えるために使われることもある
「いや」は代表的な否定表現ですが、日常会話では相手の発言内容を否定していない場面でも使われます。
たとえば、
「昨日、新しい店に行ったんだけど」
「いや、それで思い出した。私もこの前ね……」
というやり取りでは、後の人は「新しい店に行った」という話を否定しているわけではありません。
ここでの「いや」は、それまでの流れに区切りをつけて、別の話や自分の観点へ移るきっかけに近い働きをしています。
日常会話を調べた研究でも、「いや」は単純な否定だけでなく、話の流れを切り替えたり、自分の発言へ移ったりするときにも使われることが確認されています。
自分の話す番へ移る合図のように働く場合がある
複数人で話していると、何を話すかだけでなく「いつ話し始めるか」も大切です。
相手の発言を受けて、
「いや、それでさ」
「でも、私の場合はね」
「いや、そうじゃなくて、言いたかったのは……」
と始めれば、そこから自分の発言へ移りやすくなります。
こうした使い方では、「いや」が会話の流れを切り替え、自分の発言を始める合図に近い働きをすることがあります。
この使い方だけで、「会話を支配したい」「相手より有利になりたい」と本人の意図まで推測することはできません。
一方、自分の話へ移るたびに「いや」「でも」で相手の発言を区切る形が続けば、聞き手には「いつも話を否定して、自分の話へ持っていく人」と映る可能性があります。
言葉の意味だけでなく、使われたタイミングによっても印象は変わります。
「いや」「でも」が発言の始めに使われることもある
「いや」「でも」は、強い反対の意思を表す場面だけで使われるわけではありません。
「いや、だからさ」
「でもさ、聞いて」
「いやいや、それでね」
のように、発言の始めに置く話し方もあります。
話し手にとっては会話を続けるための何気ない言葉でも、聞き手には最初に「いや」「でも」が届きます。
そのため、
「本人は反論しているつもりがない」
「相手は否定されたように感じる」
というズレが生まれることがあります。
否定的な言葉が入っていても、すべてが相手への反対とは限りません。発言の始め方そのものが、否定的な印象につながることもあるということです。
また、「あのね」のように、それ自体には否定の意味がない言葉でも、訂正や補足の前置きとして使われることがあります。
「あのね、そういうことじゃなくて」
「あのね、私が言いたいのは……」
といった形が続けば、受け手によっては否定的な前置きのように聞こえることもあるでしょう。
一方で「あのね」は、親しい相手への呼びかけにも使われます。同じ言葉でも、前後の内容や声の調子、使われた場面によって印象は変わります。
否定から入られると会話に疲れやすいのはなぜ?
一度だけ「でも」と返されても、それほど気にならないことはあります。
しかし、
「ここ行ってみない?」
「でも混んでるでしょ」
「この方法ならできそう」
「いや、難しいんじゃない?」
「これ、おいしそう」
「でも高いよね」
というやり取りが何度も続けば、「内容を話す前にまず否定される」という印象が残りやすくなります。
問題は、反対意見を持つこと自体とは限りません。
毎回のように否定的な前置きが続くことで、聞き手が「自分の話を一度も受け止めてもらえていない」と感じることがあります。
さらに、自分が話している途中で「いや」「そうじゃなくて」と区切られ、そのまま相手の話へ移ることが続けば、「最後まで話を聞いてもらえない」と感じる人もいるでしょう。
同じ反対意見でも、
「いや、それは違うよ」
と、
「そういう見方もあるね。自分はここが少し違って見える」
では、受ける印象が変わります。
相手に必ず賛成しなければならないわけではありません。意見が違っていても、相手が何を言ったのかを一度受け取ったことは示せます。
また、「否定から入られるのが嫌だ」と感じる度合いには個人差があります。関係性や場面、声の調子、それまでに同じやり取りがどれだけ続いていたかによっても印象は変わります。
親しい間柄では気にならない「いやいや」が、仕事上の会話では強い否定に聞こえることもあります。反対に、普段から軽い「いや」を多く使う関係では、それほど否定的に受け取られない場合もあるでしょう。
否定から入る人との接し方と自分で気をつけたいこと
相手から「でも」「いや」と言われるたびに一つずつ反論すると、会話が「どちらが正しいか」を競う形になりやすくなります。
相手の最初の言葉だけではなく、実際に何を気にしているのか、内容まで反対しているのかを見ると話を進めやすくなります。
反対の中身を具体的に聞いてみる
「それは無理じゃない?」
と言われたら、
「どの部分が難しそう?」
「一番気になるのはどこ?」
「そこ以外はどう思う?」
と聞いてみる方法があります。
最初は「全部ダメ」と感じた返答でも、話してみると「費用だけが気になる」「その日程では厳しい」と具体的になることがあります。
相手が強く決められることを嫌がる場面では、
「これにしよう」
と決めるより、
「AとBならどちらがよさそう?」
と選択肢を残すと、相手も自分の考えを示しやすくなる場合があります。
一方、「いや」が単なる発言の切り替えとして出ているだけなら、その一語だけに反応せず、その後の内容を見るほうが話しやすいこともあります。
ただし、何を話しても馬鹿にされる、話を最後まで聞いてもらえない、人格そのものを否定されるといった状況まで受け入れる必要はありません。
「意見が違うのは構わないけれど、最後まで話を聞いてほしい」
「最初から否定される形が続くと話しづらい」
のように、意見の正しさではなく会話の仕方について伝える方法もあります。
自分が「いつも否定から入る」と言われたら
自分では普通に話しているつもりなのに、「いつも最初に『でも』って言うよね」と指摘されることもあります。
そんなとき、反対意見そのものをなくす必要はありません。
変えやすいのは、意見ではなく最初の一言と話す順番です。
「でも、それは難しいと思う」
ではなく、
「その方法もありそう。気になるのは費用かな」
「いや、それ違うよ」
ではなく、
「そういう見方もあるね。自分はこう考えている」
「いや、それで思い出したんだけど」
ではなく、
「それで思い出したんだけど、私もこの前……」
とすれば、伝えたい内容を大きく変えなくても、否定から始まる印象を弱められます。
相手に賛成するふりをする必要はありません。反対意見を持つことと、相手の発言を受け取ることは両立します。
また、自分では否定していないつもりなのに何度も指摘される場合は、「いや」「でも」が本当に必要な場面なのかを少し意識してみると、普段の話し始め方に気づくきっかけにもなります。
まとめ
否定から入るように見える話し方には、自分で選びたい気持ち、問題になりそうな点を先に考える傾向、会話を別の方向へ切り替える「いや」、発言の始めに置かれる「でも」など、さまざまな背景があります。
そのため、「否定から入る人=人の意見を認めたくない人」「自信がない人」と、一つの心理や性格に結びつけることはできません。
一方、本人に否定するつもりがなくても、毎回「でも」「いや」から始まれば、聞き手には拒まれているような印象が積み重なることがあります。
「本当に相手を否定しているのか」と「否定されたように聞こえているのか」は別の問題です。
相手と話すときも、自分の話し方を振り返るときも、この二つを分けて考えると、なぜ会話がかみ合わないのかを見つけやすくなります。
参考情報
- Li, Z. & Shi, J.「Message effects on psychological reactance: meta-analyses」Human Communication Research
- 彭 津「談話標識『いや』『いえ』『いいえ』の出現位置と機能の対応関係の分析」『ことば』
- 張 未未「日本語の雑談の物語開始における談話標識の使用傾向―『あー、そう、でも、なんか』のしくみ―」『日本語の研究』
- 加藤 恵梨「感動詞『あのね』の分析―『日本語日常会話コーパス』を用いて―」人工知能学会 言語・音声理解と対話処理研究会資料
