「何度説明しても話が通じない」「元の話に戻そうとしているのに、なぜか同じところを回ってしまう」。
会話が噛み合わないと、相手がこちらの話を理解していないように感じることがあります。しかし、「話が通じない」と感じる場面はすべて同じではありません。
言葉の意味や前提がずれているだけなら、互いに確かめることで修正できることがあります。相手はこちらの意味を理解したうえで、単に違う意見を持っている場合もあります。一方で、論点を戻しても別の話へ移る、こちらの主張を違う意味に置き換えるといったことが続けば、会話は堂々巡りになっていきます。
大切なのは「相手が分かっていない」とすぐに考えることではなく、今起きているのが修正できるすれ違いなのか、それとも元の論点を共有し続けること自体が難しくなっているのかを分けて考えることです。
話が通じないのは「理解力」だけの問題ではない
会話では、口に出した言葉だけで意味のすべてを伝えているわけではありません。互いに知っている出来事や、その場で共有している前提も使いながら意味を補っています。
たとえば「いつもの場所で待ってる」という一言が通じるのは、二人が同じ「いつもの場所」を思い浮かべられるからです。
コミュニケーション研究では、このように互いに共有していると考えている知識や前提を共通基盤(common ground=会話する人どうしが共有していると考えている情報)と呼びます。
共通基盤がずれていれば、同じ日本語を使っていても別の内容を思い浮かべます。
「この前の件」と言われたとき、一方は昨日の仕事を考え、もう一方は先週の予定変更を考えているかもしれません。返事だけを見ると噛み合っていないようでも、実際には別の前提から答えているだけということがあります。
そのため、「話が通じない」という感覚だけでは、相手の理解力や性格まで判断することはできません。
まず考えられるのは前提や受け取り方のすれ違い
日常的な会話のずれには、言葉の意味、前提、会話の目的などの違いが関わっています。
たとえば「早めにお願いします」と言われた人が「今日中」と考え、言った人は「1時間以内」を想定していれば、同じ「早め」でも基準が違います。
「ちょっと聞いて」と言った人が、ただ出来事を聞いてほしいだけなのに、聞き手が解決策を求められていると考えるケースもあります。一方は話を共有したいのに、もう一方は問題解決を始めているため、返事が噛み合いません。
また、自分がすでに持っている知識の影響を受け、まだその情報を知らない相手の立場を想像しにくくなる知識の呪い(curse of knowledge)も、説明不足につながることがあります。
詳しい人にとっては、
「設定を開いて同期すれば終わる」
だけで十分でも、初めて操作する人には「設定はどこにあるのか」「何を同期するのか」という説明が必要です。
こうしたすれ違いなら、
「ここで言う『早め』は何時くらい?」
「今話しているのは昨日の資料の件で合っている?」
「解決策がほしい?それともまず話を聞いたほうがいい?」
と確かめることで、互いの想定を合わせられることがありますが、前提を確かめてもなお「話が通じない」と感じる場合もあります。
話が通じることと同意することは別
会話が噛み合っているかを考えるとき、「理解している」と「同意している」を分けることも重要です。
たとえば、
A「この方法が一番いいと思う」
B「言いたいことは分かる。でも私は別の方法がいいと思う」
という会話なら、二人の意見は一致していません。しかしBは、Aが何を主張しているのかを受け取ったうえで反対しています。
人によって価値観、経験、優先順位、重視する条件は違います。同じ情報を理解していても、最終的な判断が同じになるとは限りません。
相手が反対しただけで、
「まだ分かっていない」
「ちゃんと理解すれば自分と同じ結論になるはず」
と考えると、理解と同意を混同してしまいます。
相手がこちらの主張の要点をおおむね正確に受け取ったうえで、別の理由から反対しているなら、「話が通じていない」というより「意見が一致していない」状態です。
反対に、
「私はAと言っている」
と説明しているのに、
「つまりBと言いたいんだね」
と別の主張として扱われたり、Aについて尋ねても別の話題だけが返ってきたりするなら、単なる意見の違いとは別の問題になります。
論点を戻しても堂々巡りになることがある
たとえば、ある出来事Aについて尋ねているのに、
「でもあなたはBをしたよね」
と返されたとします。
そこで、
「Bについてはあとで話そう。まずAについて答えてほしい」
と戻しても、
「だから、あなたもBをしたよね」
と再びBへ戻る。
この状態では、説明が足りないというより、同じ論点について問いと答えを続けることが難しくなっています。
もちろん、相手が持ち出したBにも問題があるかもしれません。しかし、Bについて話すこととAについて答えることは両立します。
それでも元の問いへ戻れず、同じやり取りが続けば堂々巡りになります。
こうした場面では、いくつか特徴的な会話の形が見られます。
相手の主張を別の意味へ置き換える「ストローマン」
相手が実際に言っている内容とは少し違う主張へ置き換え、その置き換えた内容へ反論するものは、ストローマン(straw man=わら人形論法)と呼ばれます。
たとえば、
「今回は手順を見直したほうがいいと思う」
という意見に、
「つまり今までの方法は全部間違いだったと言いたいんだね」
と返すような形です。
本人が「そこまでは言っていない」と訂正したあと元の主張へ戻れるなら、単なる受け取り違いだった可能性があります。
ところが、訂正しても変形された主張に対する反論だけが続けば、本人が実際に言っている内容について話せません。
元の問いに答えず別の話へ移る「レッド・ヘリング」
元の問いや主張へ直接答えず、別の話題へ注意を移す形はレッド・ヘリング(red herring=論点そらし)と呼ばれます。
会話の途中で関連する話題が広がること自体は珍しくありません。別の話題を出しただけでレッド・ヘリングだと決めることはできません。
違いが見えやすいのは、
「その話はあとで扱おう。まず最初の質問について」
と戻した後です。
それでも別の出来事や別人の話だけが続き、最初の問いへの回答が残ったままなら、元の論点で会話を続けることが難しくなります。
「でもあなたも」と別の問題を持ち出す
質問や批判に対して、
「でもあなたも同じことをした」
「では、そちらの問題はどうなの?」
と返す形があります。
元の問いへ直接答えず、別の問題を持ち出す形は、状況によってホワットアバウティズム(whataboutism=別の問題を持ち出して応答する形)と呼ばれることがあります。
ここでも、持ち出された問題が本当に無関係とは限りません。
たとえば双方に同じ基準を適用する必要がある議論なら、「あなたの場合はどうなのか」が重要になることもあります。
問題になるのは、別の問題を扱うことではなく、別件を話すことで元の問いが消えてしまう状態です。
「その点もあとで扱うので、まず最初の問いに戻ろう」と分けても元へ戻れなければ、話が同じところを回り続けます。
条件が後から変わる「ゴールポストを動かす」
「Xを示せば認める」と言われたのでXを示したところ、
「でもYも必要だ」
と新しい条件が追加される。
Yを満たすと、今度はZが必要になる。
このように、途中で達成条件や必要とされる証拠が変わることは、一般に「ゴールポストを動かす(moving the goalposts=達成条件を後から変更すること)」と表現されます。
最初から条件を追加する合理的な理由が見つかった場合まで問題になるわけではありません。
一方、求められた条件を満たすたびに新しい条件が出てくれば、何を満たせば話が終わるのか分からなくなります。説明や資料を追加しても、議論の到達点だけが先へ移っていきます。
一度起きただけで意図的だとは決められない
ストローマンやレッド・ヘリングに似たやり取りが起きても、すぐに「相手がわざと話をねじ曲げている」と考えることはできません。
聞き違い、思い込み、感情的な反応などでも似た形は生まれます。
また、人はすでに持っている考えや目標の影響を受けながら、情報を探したり解釈したりすることがあります。こうした情報の受け止め方に関連する概念として、動機づけられた推論(motivated reasoning=既存の考えや目標などが情報の処理や評価へ影響する現象)があります。
ただし、動機づけられた推論がストローマンや論点そらしの直接的な原因だと決めることはできません。
会話を見分ける手がかりになるのは、一度ずれたことよりも指摘したあとに戻れるかどうかです。
「そういう意味ではない」
「今聞いているのはこちら」
「その問題は別に扱おう」
と伝えたあと元の話へ戻れるなら、最初は認識違いだった可能性があります。
何度戻そうとしても同じ置き換えや話題転換が続くなら、説明量を増やすだけでは会話が進みにくくなります。
堂々巡りになったときは会話の進め方を変える
普通のすれ違いなら、言葉を具体的にしたり前提を合わせたりすることで修正できることがあります。
しかし、元の論点へ戻そうとしても同じ話題転換が繰り返されるなら、「もっと詳しく説明する」以外の方法を考える必要があります。
まずは、
「今確認したいのはこの点」
「別の問題はあとで扱う」
「まず最初の質問への回答を確認したい」
と論点を短く固定します。
それでも同じところを回るなら、二人だけで続けない方法もあります。
第三者に論点を確認してもらう
二人だけでは「何について話しているのか」自体が一致しなくなったときは、状況に応じて双方の話を確認できる立場の第三者を交える方法があります。
職場なら上司や担当部署、学校なら教員など、その場の事情を確認できる人が考えられます。家庭や知人間でも、双方の説明を聞ける人がいれば、論点を分ける助けになることがあります。
第三者の役割は、必ずしも「どちらが正しいか」を判定することではありません。
たとえば、
- 今は何について話しているのか
- 最初の問いへの回答は出ているのか
- 別の問題を同時に扱う必要があるのか
- それぞれ何を確認したいのか
を確かめるだけでも、同じ話題を何度も往復している状態から抜ける手がかりになります。
ただし、第三者だから必ず中立とは限りません。立場や利害が関係することもあるため、できれば双方の話を確認でき、最初から一方だけを代弁する役割ではない人が適しています。
第三者を「味方を増やして相手を言い負かすため」に利用すると、対立がさらに深まることもあります。
「どちらが悪いか決めてほしい」ではなく、「二人では同じところを回っているので、今何について話しているのか一緒に見てほしい」という目的のほうが合っています。
話し合った論点を短く文章に残す
仕事など、後から内容を確かめる必要がある場面では、話した内容を短く文章に残す方法もあります。
たとえば、
「今回確認している論点」
「別件として扱う内容」
「ここまでで決まったこと」
を分けて残します。
これは議論そのものをすべて文字だけに変えるという意味ではありません。
口頭で話したあとに、何を話していたのか、どこまで合意したのかを後から見直せるようにするための記録です。
話題が途中で変わったとしても、文章があれば「最初に何を確認していたのか」へ戻りやすくなります。
記録は相手を追い詰めるためではなく、話題や認識を取り違えないために使うのが基本です。
それでも進まないなら一度区切る
第三者を交えたり論点を文章に残したりしても、会話が進まないことはあります。
その場ですべてを解決しなければならないとは限りません。
「今は元の論点について話せる状態になっていないので、今日はここまでにする」
と一度区切ることも選択肢です。
同じ説明を何度繰り返しても、相手が同じ論点へ戻らなければ話は前へ進みません。説明の量ではなく、会話の進め方そのものを変えたほうがよい場面もあります。
まとめ
「話が通じない」と感じる状態は、すべて同じではありません。
言葉の意味、前提、会話の目的がずれているだけなら、互いの認識を確かめることで修正できることがあります。
相手がこちらの主張を理解したうえで違う意見を持っているなら、それは「理解できていない」のではなく、意見が一致していない状態かもしれません。
一方、元の論点へ戻しても別の話が続く、主張を違う意味へ置き換えられる、条件が次々と変わるといった状態が繰り返されれば、説明を増やすだけでは進みにくくなります。
一度のずれだけで意図的な論点そらしと決めつけることはできません。見るべきなのは、ずれを指摘したあとに元の話へ戻れるかどうかです。
二人だけでは堂々巡りになるなら、第三者に論点を見てもらう、話し合った内容を短く残す、その場の会話を区切るという方法もあります。
「意味が伝わっていないのか」「意味は伝わっているが意見が違うのか」「修正しようとしても元の論点へ戻れないのか」を分けて考えると、「話が通じない」と感じている理由が見えてきます。
参考情報
- Herbert H. Clark, Susan E. Brennan「Grounding in Communication」Perspectives on Socially Shared Cognition, American Psychological Association, 1991
- Colin Camerer, George Loewenstein, Martin Weber「The Curse of Knowledge in Economic Settings: An Experimental Analysis」Journal of Political Economy.
- Stanford Encyclopedia of Philosophy「Fallacies」Stanford University
- Nathan Smith「5.5 Informal Fallacies」Introduction to Philosophy, OpenStax, 2022
- Tuomas W. Manninen「Moving the Goalposts」Bad Arguments: 100 of the Most Important Fallacies in Western Philosophy.
- Joshua D. Kertzerほか「The Diplomacy of Whataboutism and US Foreign Policy Attitudes」International Organization, Cambridge University Press, 2025
- 「Thirty years since Kunda: addressing critiques to reimagine a model of motivated reasoning」Annals of the International Communication Association, Oxford University Press.
- Burint Bevis, Juliana Schroeder, Michael Yeomans「Spoken disagreement is more constructive than written disagreement」Nature Communications.
- James A. Wall, Timothy C. Dunne「Mediation Research: A Current Review」Negotiation Journal.

