世界一高い木として知られる「ハイペリオン」。高さ100mをはるかに超える巨大な木なら、観光名所として場所を案内してもよさそうですが、その正確な位置は一般向けに公表されていません。
その理由は、ハイペリオンと周囲の森林を保護するためです。
実際、世界一の木を見ようとして指定されたトレイルを外れる来訪者が現れ、根元の植物が踏み荒らされるなどの被害も起きました。現在は正確な位置を観光客向けに案内していないだけでなく、ハイペリオンを含む周辺の指定区域そのものが一般の立ち入り禁止になっています。
その背景には、ハイペリオンだけでなく、周囲の植生や土壌まで傷ついた事情があります。
ハイペリオンは高さ116mを超える世界一高い木
ハイペリオンは、アメリカ・カリフォルニア州のレッドウッド国立公園に生えるコースト・レッドウッド(学名:Sequoia sempervirens)の一個体です。
ギネス世界記録では「現存する世界で最も高い木」として掲載されており、掲載されている2019年の測定値は116.07m。100mを大きく超える巨木です。
ハイペリオンが発見されたのは2006年8月25日です。クリス・アトキンス(Chris Atkins)とマイケル・テイラー(Michael Taylor)によって見つけられ、同年の直接測定では115.55mを記録しました。その後も測定が行われ、ギネス世界記録には2019年の116.07mが掲載されています。
さらに、ギネス世界記録ではハイペリオンの樹齢をおよそ600〜800年と推定しています。正確な年齢ではありませんが、数百年という長い時間をかけて現在の高さまで成長してきた木だと考えられています。
ただし、116.07mという数字は「現在この瞬間にも正確に116.07mある」という意味ではありません。木は成長する一方、強風や落雷などによって樹冠の一部を失うことがあります。周囲のレッドウッドも成長しているため、別の木が記録を更新したり、ハイペリオンの高さが変わったりすれば、将来は順位が入れ替わる可能性もあります。
地上から見ても「世界一」とは分かりにくい
高さ116mを超える木なら、森の中でも圧倒的に目立つように思えます。
ところが、ハイペリオンは地上から見ただけでは「この木が世界一だ」と簡単に分かるような姿ではありません。
コースト・レッドウッドが密集する森林では、巨大な木々の樹冠がはるか上空にあります。地上からハイペリオンの頂点まで見通すことは難しく、周囲にも非常に背の高いレッドウッドが並んでいます。
さらに、ハイペリオンは世界一高いからといって、幹の太さまで突出して世界一というわけではありません。
近くまで行けば誰でもすぐに見分けられる木ではなく、見た目だけでは周囲の巨木の中から「世界一」と判別しにくい木です。
正確な場所を一般公開しないのは森を守るため
ハイペリオンがレッドウッド国立公園にあること自体は秘密ではありません。
公園管理者や研究者まで場所を知らないという意味でもなく、一般の観光客に向けて木そのものの正確な位置や到達ルートを案内していないという意味で「場所が非公開」とされています。
目的は、ハイペリオンだけでなく周囲の森林環境を守ることにあります。
ハイペリオンへ向かう正式な登山道はありません。それでも世界一高い木を自分の目で見ようとして、指定されたトレイルを外れ、道のない森林へ入る人が現れました。
その結果、ハイペリオンの根元周辺では踏みつけによる植生の劣化が起こり、以前あったシダが失われた場所もあります。木へ向かう途中では、ごみや人の排泄物も確認されています。
一人が一度歩くだけなら、森全体への影響は小さく見えるかもしれません。しかし、多くの人が繰り返し同じ場所を通れば、正式な道ではなかった場所にも踏み跡ができます。
その跡を次の来訪者がたどれば、さらに人が同じ場所へ集中します。世界一という記録が注目を集めるほど、本来は人が頻繁に歩くことを想定していない林床への負担が積み重なることになります。
正確な位置を積極的に案内しないのは、神秘性を高めるためでも、木の存在を独占するためでもありません。来訪者が特定の場所へ集中し、周辺の植生や土壌まで傷つくことを避けるためです。
高さ100mを超える巨木でも根元の環境は傷つく
巨大なレッドウッドを見ると、多少人が近づいたくらいでは影響を受けないように感じるかもしれません。
しかし、木の高さや幹の太さと、根元の環境が踏みつけに耐えられるかどうかは別の問題です。
コースト・レッドウッドの根は地表に比較的近い範囲へ広がっています。人が繰り返し歩けば土壌が押し固められ、地中の空気や水の動きにも影響します。
公園側も、来訪者による土壌の踏み固めが古いレッドウッドへ悪影響を与える可能性を指摘しています。
さらに影響を受けるのは、ハイペリオンの根だけではありません。林床にはシダをはじめとするさまざまな植物が生えています。倒木や落ち葉、土壌、小さな植物まで含めてレッドウッドの森林環境が成り立っているため、人が根元へ集中すると周囲にも影響が広がります。
実際の保護対象は、ハイペリオンという木だけではなく、その根や林床の植物を含む周囲の森林環境にも及んでいます。
原生のレッドウッド林そのものが大きく失われてきた
ハイペリオンがある森林を考えるうえでは、コースト・レッドウッド林の歴史も重要です。
国立公園局によると、かつて存在した原生のコースト・レッドウッド林の約96%が伐採されました。現在、レッドウッド国立・州立公園は、カリフォルニアに残る原生レッドウッド林の約45%を保護しています。
ハイペリオンは「世界記録を持っているから貴重」というだけではありません。
数百年を生きる巨木、その下に広がるシダやほかの植物、倒木や土壌を含め、残された原生レッドウッド林そのものが貴重な環境になっています。
ハイペリオン周辺への立ち入りを抑えることには、記録を持つ木だけでなく、こうした森林環境への人為的な負担を増やさない意味もあります。
現在は周辺の指定区域そのものが立入禁止
現在のハイペリオンは、単に「正確な場所を秘密にしている木」ではありません。
レッドウッド国立・州立公園では、公園資源を保護するため、ハイペリオンを含む周辺の指定区域への一般の立ち入りを禁止しています。
国立公園局は、閉鎖区域へ立ち入った場合、罰金や拘禁につながる可能性があると案内しています。
インターネット上にはハイペリオンの位置を推測した情報や座標らしきものが存在する場合がありますが、位置情報を見つけたとしても、それを頼りに閉鎖区域へ入ることは認められていません。
「正確な場所が分からないから行けない」のではなく、森林保護のため一般の立ち入りが制限されている区域です。
また、周辺には正式なトレイルがありません。国立公園局は、携帯電話の電波がなくGPSも不安定な場所では、小さなけがでも危険につながる可能性があるとして注意を促しています。
現在の立入規制は公園資源の保護を目的としたものですが、周辺はそもそも一般的な観光ルートとして整備された環境ではありません。
世界一の木なのに観光用の道を造らないのはなぜ?
人が森を踏み荒らすことが問題なら、ハイペリオンまで正式な遊歩道を造ればよいのでは、と考えるかもしれません。
しかし、公園側はハイペリオンへ新しいトレイルを整備していません。
理由の一つは、ハイペリオンが将来もずっと世界一高い木であり続けるとは限らないことです。
レッドウッドは成長する一方、強風などで樹冠を失うこともあります。過去にも「最も高い木」の記録は変わってきました。現在の記録保持樹だけを目的に新しい道を造っても、将来は別の木が記録を更新する可能性があります。
また、トレイルは一度造れば終わりではありません。
森林内に道を整備すれば、その後も安全に利用できるよう維持する必要があります。特定の巨木へ多くの人を誘導することで、周囲に新たな環境負荷が生まれる可能性もあります。
そして、レッドウッド国立・州立公園には、ハイペリオンまで行かなくても巨大なレッドウッドを観察できる場所があります。
公園内には200マイルを超えるトレイルがあり、原生のレッドウッド林を歩ける場所も複数あります。
トール・ツリーズ・グローブ(Tall Trees Grove)のように、アクセスを管理しながら巨大なレッドウッドを楽しめる場所も用意されています。
記録を持つ特定の木へ観光客を集中させなくても、環境への負担を管理しながらレッドウッドの森を体験できる場所がすでにあるということです。
世界記録の木でも「公開すること」が最優先とは限らない
「世界一」「最大」「最古」といった記録が付くと、その対象を直接見てみたいと思う人が増えるのは珍しいことではありません。
道路や展望台などが整備された場所なら、多くの来訪者を受け入れることもできます。しかし、ハイペリオンのように道のない原生林の中にある自然物では、同じようにはいきません。
実際にハイペリオン周辺では、記録を持つ木へ向かう人が指定トレイルを外れたことで植生への被害が起きました。一方、公園には巨大なレッドウッドを整備されたルートから観察できる場所があります。
ハイペリオンの事例は、世界記録を持つ自然物であっても、見学しやすくすることより、その場所が受けられる負荷に合わせて公開範囲を決める場合があることを示しています。
Q&A
まとめ
世界一高い木として知られるハイペリオンの正確な場所が一般向けに公表されていないのは、ハイペリオンと周囲の森林を保護するためです。
ハイペリオンは2006年に発見され、ギネス世界記録に掲載されている2019年の測定値は116.07m。樹齢もおよそ600〜800年と推定される、長い時間をかけて成長したコースト・レッドウッドです。
世界一の木を目指して指定トレイルを外れる来訪者が現れたことで、根元周辺ではシダなどの植生が踏み荒らされ、土壌への負担も問題になりました。現在は正確な位置を観光客向けに案内していないだけでなく、周辺の指定区域への一般の立ち入りも禁止されています。
さらに、かつて存在した原生コースト・レッドウッド林の大部分はすでに失われています。ハイペリオンが立つ場所は、記録保持樹の周囲というだけでなく、残された原生林の一部でもあります。
世界一という記録があっても、その木へ誰もが近づけるようにするとは限りません。ハイペリオンでは、数百年をかけて育った巨木と周囲の森林環境を残すことが、場所を積極的に公開することより優先されています。
参考情報
- Guinness World Records「Tallest tree living」
- U.S. National Park Service, Redwood National and State Parks「Should I Hike to Hyperion?」
- U.S. National Park Service, Redwood National and State Parks「Superintendent’s Compendium」
- U.S. National Park Service, Redwood National and State Parks「Frequently Asked Questions」
- U.S. National Park Service, Redwood National and State Parks「Walks and Hikes」
- U.S. National Park Service, Redwood National and State Parks「Tall Trees Trailhead Day-Use Online Reservations」
