貧困撲滅のための国際デーとは?10月17日の由来と目的

当ページのリンクには広告が含まれています。

「貧困」という言葉から、収入が少ないことや、食べ物を十分に得られない状態を思い浮かべる人は多いかもしれません。

しかし、貧困によって生活が制限される場面はそれだけではありません。必要な教育や医療を利用しにくい、安心して暮らせる住まいを確保できない、安定した仕事に就く機会が限られるなど、さまざまな問題が重なることがあります。

こうした貧困の問題に世界規模で目を向ける日が、貧困撲滅のための国際デー(International Day for the Eradication of Poverty)です。

毎年10月17日に行われていますが、この日付は国連の会議の日から決められたものではありません。由来をたどると、1987年にフランス・パリで10万人を超える人々が集まった出来事へ行き着きます。

目次

貧困撲滅のための国際デーは何の日?

貧困撲滅のための国際デーは、貧困や極度の貧困をなくす必要性について関心を高めるための国際デーです。

国連総会が10月17日を正式な国際デーとしたのは1992年で、翌1993年から国連の国際デーとして実施されています。

この国際デーでは、単に「貧しい人を支援する」という考え方にとどまらず、貧困の中で暮らす人々自身の経験や声を尊重することも重視されています。

国連は、貧困を経験している人々が直面する問題を伝える機会であるとともに、その努力や経験を認める日として10月17日を位置づけています。

支援する側だけで貧困について考えるのではなく、実際にその状況を経験している人が自らの暮らしについて語り、必要な取り組みへ意見を届けることも、この国際デーが大切にしてきた考え方の一つです。

なぜ10月17日?由来は1987年のパリにある

10月17日という日付の由来は、1987年10月17日にフランス・パリで行われた大規模な集まりにあります。

この日、パリのトロカデロに10万人を超える人々が集まりました。近くには、1948年に世界人権宣言が採択されたシャイヨ宮があります。

参加した人々は、極度の貧困や飢餓、暴力の犠牲になった人々を追悼し、貧困と人権の問題へ関心を向けることを訴えました。

この集まりを呼びかけた中心人物が、国際運動ATD第四世界の創設者として知られるジョゼフ・レシンスキ(Joseph Wresinski)です。

当日には、極度の貧困の犠牲者を記念する石碑も設置されました。その後、同じ趣旨の記念碑が世界各地に作られ、ニューヨークの国連本部にも複製が設置されています。

現在の10月17日は、1987年に多くの人々が貧困と人権について声を上げた日の記憶を受け継いでいます。

国連の国際デーになったのは1992年

1987年の集まりの後、10月17日に極度の貧困について考える活動は各地へ広がっていきました。

そして1992年12月22日、国連総会は決議47/196を採択。10月17日を「International Day for the Eradication of Poverty」とすることを正式に決定しました。

決議では、1993年から毎年10月17日を国際デーとして実施することが定められています。

流れを見ると、

1987年:パリで10万人以上が集まる
→各地で10月17日の活動が広がる
→1992年:国連総会が国際デーに制定
→1993年:国連の国際デーとして実施開始

となります。

国連による制定より前から、10月17日に貧困について考える活動は続けられていました。市民社会で始まった取り組みが、後に国連の国際デーへつながったところが、この記念日の特徴です。

「貧困」は収入の少なさだけでは測れない

貧困撲滅のための国際デーで扱われる貧困は、単に「持っているお金が少ない」という問題に限られません。

十分な食事を得られない、安心できる住まいがない、医療や教育を利用しにくい、安定した仕事に就けないといった状況も、暮らしに大きく影響します。

さらに、差別や社会的な排除によって意見を伝えにくかったり、必要な制度やサービスを利用しにくかったりする場合もあります。

こうした考え方は、国連の持続可能な開発目標(SDGs)にも表れています。

SDGsの目標1は、「あらゆる場所のあらゆる形態の貧困を終わらせる」ことを掲げています。

極度の貧困をなくすことに加え、各国の基準で見たさまざまな側面の貧困を減らすことや、社会保障、基礎的なサービスへのアクセスなども目標に含まれています。

貧困を考える際には、所得の数字だけではなく、生活に必要な機会やサービスを利用できているかという視点も関わってきます。

国際貧困ラインは2025年に「1日3ドル」へ更新された

世界規模で極度の貧困を把握するときによく使われるのが、世界銀行の国際貧困ラインです。

2025年6月、世界銀行は国際貧困ラインを、2017年の購買力平価(PPP)に基づく1日2.15ドルから、2021年PPPに基づく1日3.00ドルへ更新しました。

ここで使われる購買力平価(PPP)は、国ごとに異なる物価水準を考慮し、同じような商品やサービスをどの程度購入できるか比べやすくするための考え方です。

そのため、3ドルをその日の為替レートで日本円に換算して「1日約○円以下なら日本でも極度の貧困」と考えるものではありません。

国際貧困ラインは、世界全体で極度の貧困の規模や変化を比べるための基準です。一方、それぞれの国で貧困の状況を見る場合には、その国の生活費や社会状況などを反映した国別の基準が使われます。

つまり「1日3ドル」は、世界中の人々に同じ生活費の基準をそのまま当てはめる数字ではありません。

また、過去の記事などには「1日1.90ドル」「1日2.15ドル」という基準も登場します。現在の1日3ドルとはPPPの基準年などが異なるため、金額だけを並べて単純に比較すると、基準変更の意味を取り違えることがあります。

国連の2026年のSDGs報告では、約8億2600万人、世界人口のおよそ10%が極度の貧困の中で暮らしていると推計されています。

世界全体では長期的に貧困削減が進んできたものの、そのペースは鈍化しています。特にサハラ以南のアフリカや、紛争の影響を受ける地域では厳しい状況が続いています。

10月17日に重視されているのは「当事者の声」

この国際デーでは、統計や制度だけでなく、実際に貧困を経験している人々が何を感じ、どのような困難に直面しているのかにも重点が置かれています。

1987年の出発点から、貧困の中で暮らす人々は単なる支援の対象ではなく、自らの経験について語る存在として関わってきました。

国連も10月17日について、貧困の中で暮らす人々が直面する問題を伝え、その努力や経験を認める機会だとしています。

制度や支援が用意されていても、必要な情報が届かなかったり、利用するための手続きが難しかったりすれば、必要とする人が十分に利用できないことがあります。

また、統計だけでは、孤立や差別、行政サービスを利用する際の困難まで見えにくい場合があります。

社会保障、教育、医療、住居、雇用などについて考える際にも、貧困を経験している人々の声は、生活上の問題を知るための重要な手がかりになります。

貧困撲滅のための国際デーは、支援する側から問題を見るだけでなく、貧困を経験している人々の声を踏まえながら、必要な取り組みについて考えることにもつながる日です。

まとめ

貧困撲滅のための国際デーは、毎年10月17日に行われる国連の国際デーです。

日付の由来は、1987年10月17日にフランス・パリのトロカデロへ10万人以上が集まり、極度の貧困や飢餓、暴力の犠牲者を追悼した出来事にあります。

その後、10月17日の活動が各地へ広がり、1992年に国連総会が正式な国際デーとして制定。1993年から国連の国際デーとして実施されています。

現在では、貧困は収入だけでなく、教育や医療、住居、仕事、社会参加、人間の尊厳などとも結びつく問題として捉えられています。SDGsの目標1も「あらゆる場所のあらゆる形態の貧困」を対象にしています。

世界規模の極度の貧困を測る国際貧困ラインは2025年に1日3ドルへ更新されましたが、これは各国の国内貧困を一律に判定するための数字ではありません。

10月17日は、世界の貧困を統計から知るだけでなく、その状況の中で暮らす人々の経験や声について考える日でもあります。

参考情報

  • 国際連合「International Day for the Eradication of Poverty」
  • 国連デジタルライブラリー「A/RES/47/196:Observance of an international day for the eradication of poverty」
  • 世界銀行「国際貧困ライン2025年6月の改定」
  • 国際連合「SDGs Goal 1:Poverty Eradication」
  • 国連統計部「The Sustainable Development Goals Report 2026:Goal 1」
  • 国連広報センター「国際デー」

この記事を書いた人

気になったテーマを中心に、公開情報や資料を読みながら記事をまとめています。背景や違いが見えにくい話題も、公式サイトや公開資料を確認しつつ、できるだけわかりやすく整理してお届けしています。

目次