「国民全員に毎月お金を配る制度」として紹介されることがあるベーシックインカム。働いている人や収入の高い人にも支給するのなら、「なぜ全員に配るの?」「働かなくなる人が増えるのでは?」と疑問に感じるかもしれません。
ベーシックインカムは一般に、所得や就労状況などによる条件を原則として設けず、幅広い人へ個人単位で定期的に現金を給付する仕組みを指します。ただし、給付額や財源、既存の社会保障との関係にはさまざまな案があり、「ベーシックインカムなら必ずこの形」と決まっているわけではありません。
ベーシックインカムとはどんな仕組み?
ベーシックインカムは英語で「Universal Basic Income(ユニバーサル・ベーシック・インカム)」と呼ばれ、UBIと略されることがあります。
ベーシックインカムに関する国際ネットワーク「Basic Income Earth Network(BIEN)」では、代表的な特徴として「定期的」「現金」「個人単位」「普遍的」「無条件」の5つを挙げています。
一度きりの給付ではなく定期的に支払い、物品や商品券ではなく現金で支給する。世帯単位ではなく個人へ給付し、所得の多さや仕事の有無を原則として受給条件にしない、という考え方です。
ただし現実の政策案では、子どもと大人で金額を変えるのか、どの範囲の住民を対象にするのかなど、細かな設計に違いがあります。国際通貨基金(IMF)も、ベーシックインカムと呼ばれる政策には複数の形があるとしています。
仕事をしている人も対象になる
典型的なベーシックインカムでは、働いて収入が増えたことだけを理由に給付を打ち切りません。そのため、無職の人だけでなく働いている人も対象になります。
高所得者にも同額を給付する制度であっても、給付だけで負担と受益は決まりません。所得税などで財源を確保する仕組みなら、所得が高い人はベーシックインカムとして受け取る金額以上を税として負担する場合もあります。
ベーシックインカムは、誰にいくら給付するかだけでなく、その財源を誰がどのように負担するのかまで含めて考える政策です。
生活保護や失業給付などとは受給条件が違う
現在の社会保障には、制度ごとに異なる受給条件があります。
たとえば日本の生活保護では、収入だけでなく利用できる資産なども考慮されます。雇用保険の基本手当では、離職前の加入状況や働く意思・能力、求職活動などが関係します。両者は同じ仕組みではありません。
これに対して典型的なベーシックインカムは、所得や就労状況によって対象者を細かく選ぶ方法を取らない点が特徴です。
また、ベーシックインカムを導入すれば、年金や医療、障害に関する支援などがすべてなくなると決まっているわけでもありません。
既存給付の一部を置き換える案もあれば、個別の事情に対応する社会保障を残し、ベーシックインカムを組み合わせる案もあります。どの制度を残すかによって、同じベーシックインカムでも内容は大きく変わります。
ベーシックインカムのメリットと課題
対象を広くするベーシックインカムには、支援から漏れる人を減らしやすいという利点があります。一方で、給付する人数が増えるほど必要な総額も大きくなります。
制度の評価は、こうした特徴を給付額や財源と合わせて見る必要があります。
給付漏れや複雑な手続きを減らせる可能性がある
所得制限や細かな資格条件がなければ、「制度を知らなかった」「自分が対象だと分からなかった」「申請しなかった」といった理由で給付を受けられない人を減らせる可能性があります。
対象者を細かく審査する必要も少なくなるため、行政手続きを簡素化できるという考え方もあります。
また、仕事を始めたことだけを理由に給付がなくならないので、「収入が少し増えたら給付が大きく減り、思ったほど手取りが増えない」といった状況を避けやすくなります。
一定額の収入が継続して入ることで、失業や収入減への備えになったり、転職や学び直しを考えやすくなったりする可能性もあります。
実際の影響は、給付額、税制、雇用環境、既存の社会保障との組み合わせによって変わります。
大きな課題は財源をどうするか
幅広い人へ継続して現金を支給するため、財源は大きな論点になります。
1人当たりの給付額がそれほど高くなくても、対象者が数千万人、数億人になれば総額は大きくなります。生活費を十分に支えられるほど給付を増やせば、必要な財源はさらに膨らみます。
経済協力開発機構(OECD)も、一定水準のベーシックインカムを広く給付する場合、増税や既存給付の見直しが必要になる可能性を指摘しています。
給付額を高くすれば必要な財源が増え、低くすれば所得保障として十分なのかという問題が残ります。
さらに、限られた予算を低所得者へ集中する制度と比べたとき、全員へ同じ金額を給付する方法が貧困対策としてどの程度効率的なのかという論点もあります。
給付額だけでは、誰が最終的に得をするのかは分かりません。税負担や、置き換えられる既存給付まで含めると影響は人によって変わります。
実際にベーシックインカムは導入・実験された?
ベーシックインカムは理論だけで語られてきたわけではありません。各地で実験や、ベーシックインカムに近い現金給付制度が実施されています。
実験ごとに対象者、給付額、実施期間、税制との関係などは異なります。
フィンランドでは2年間の実験が行われた
よく知られているのが、フィンランドで2017~2018年に実施された基本所得実験です。
対象となったのは失業給付を受けていた25~58歳の2,000人で、月560ユーロが無条件で支給されました。仕事に就いても給付は継続する仕組みでした。
最終評価では、雇用への影響は全体として小さかった一方、基本所得を受け取ったグループでは、経済的な安心感や生活満足度などについて比較対象より良い自己評価が報告されています。
ただし、これはフィンランド国民全員へ基本所得を配った実験ではありません。対象者は一定条件の失業者で、期間も2年間でした。国全体の税制や社会保障をベーシックインカムへ置き換えた実験でもありません。
この結果だけから、全国導入した場合の労働への影響まで予測することはできません。
マーシャル諸島では2025年に全国規模の制度が始まった
近年の大きな動きとして、マーシャル諸島共和国では2025年11月26日に「ENRA」と呼ばれる全国規模のベーシックインカム制度の最初の給付が行われました。
対象となるマーシャル市民へ、所得や雇用状況を条件とせず定期的に給付する制度です。2026年時点では四半期ごとの給付制度として位置づけられており、マーシャル諸島財務省は今後10年以上にわたって継続する計画を示しています。
財源には、米国との自由連合盟約に関連して設けられた信託基金の運用益などが利用されます。
フィンランドのような期間限定の実験とは異なり、長期の全国制度として始まった点が特徴です。
もっとも、マーシャル諸島は人口規模や財政構造が日本などとは大きく異なります。同じ制度設計をそのまま他国へ移せるわけではなく、各国の人口や税制、財源に合わせた検討が必要になります。
ベーシックインカムにつながる議論には長い歴史がある
近年はAIや自動化との関係でベーシックインカムが語られる機会もありますが、所得保障を現金給付で行う発想には、それ以前から長い議論の歴史があります。
18世紀末には、思想家トマス・ペインが1797年の著作『Agrarian Justice』で、土地所有に関する考え方を背景に一定額を給付する案を示しました。
ただし、これは現在一般にいうベーシックインカムと同じ制度ではありません。現代のUBIにつながる先行的な所得保障の議論の一つとして紹介されています。
20世紀には、経済学者ミルトン・フリードマンが「負の所得税」を提唱しました。
負の所得税とベーシックインカムは同じではない
負の所得税では、所得が一定水準を下回る人に対し、税を徴収する代わりに税制を通じて給付を行います。所得が増えるにつれて給付額が小さくなる設計が考えられます。
典型的なベーシックインカムでは、所得の高低にかかわらず、まず幅広い人へ一定額を給付します。所得による負担の差を付ける場合は、税の側で調整する方法があります。
両者は最終的な手取りが似る制度設計になることもありますが、誰へどの段階で給付するかという仕組みは異なります。
現在のベーシックインカムをめぐる議論には、貧困対策、所得保障、社会保障制度の簡素化、働き方の変化への対応など、複数の目的が含まれています。
Q&A
まとめ
ベーシックインカムとは、一般に所得や就労状況による条件を原則として設けず、幅広い人へ個人単位で定期的に現金を給付する仕組みです。
代表的な考え方には、定期的・現金・個人単位・普遍的・無条件という特徴があります。
支援から漏れる人を減らし、手続きを簡素化できる可能性がある一方、幅広い人へ継続して給付するには大きな財源が必要です。既存の社会保障をどこまで残すのかによっても制度の効果は変わります。
フィンランドでは期間限定の実験が行われ、マーシャル諸島では2025年から全国規模の制度が始まりました。ただし、人口や財政事情は国ごとに異なるため、一つの事例だけで別の国での結果まで予測することはできません。
ベーシックインカムを見るときは、誰に、いくら、どのくらいの頻度で給付するのか。財源をどう確保し、既存の社会保障とどう組み合わせるのかまで見ることで、それぞれの制度案の違いが分かりやすくなります。
参考情報
- Basic Income Earth Network(BIEN)「About Basic Income」
- 国際通貨基金(IMF)「What Is Universal Basic Income?」
- 経済協力開発機構(OECD)「Mechanics of replacing benefits systems with a basic income」
- フィンランド政府「Results of the basic income experiment: small employment effects, better perceived economic security and mental wellbeing」
- Republic of the Marshall Islands Ministry of Finance「Financial Access and the Path to USDM1」
- 厚生労働省「生活保護制度」
- 厚生労働省「基本手当について」
- 衆議院「第213回国会 厚生労働委員会 第11号」
