「これって将来、何の役に立つのだろう」と学校の勉強に疑問を持ったことがある人は多いはずです。年号や公式、文法や古典の表現まで、大人になってそのまま毎日使うとは限りません。そう見えると、学校の勉強は知識を覚えるだけの作業のようにも感じられます。
けれど、学校の勉強には、知識を増やす以上の役目があります。大きいのは、あとから新しい知識や技術を学ぶための基礎をつくることです。文章を読んで意味をつかむ、条件を整理する、順序立てて考える、分からないことを調べる、自分の考えを相手に伝える。こうした力は、学校を出たあとにも長く使われます。学校の勉強は、答えを覚える場であると同時に、学び続けるための準備をする場でもあると言えます。
学校の勉強は「今すぐ使う知識」だけのためではない
学校で学ぶ内容の中には、そのまま仕事や生活に結びつくものもあれば、直接使う場面があまりないものもあります。だからこそ、「使わないなら意味がないのでは」と思われやすくなります。
ただ、勉強の価値は、覚えた内容をそのまま使うかどうかだけでは決まりません。国語なら、文章の要点をつかむ力や、相手の言いたいことを読み取る力が育ちます。数学なら、条件を整理しながら筋道立てて考える力につながります。理科には、なぜそうなるのかを原因と結果で追う見方がありますし、社会には、出来事の背景や仕組みをつなげて考える視点があります。
教科ごとの知識は入口ですが、その知識を扱うための考え方も同時に身についていきます。学校の勉強は、今の答えを増やすだけでなく、あとから別のことを理解していくための型を少しずつ身につける時間でもあります。
将来の学びを支える力は、学校で少しずつ育っていく
大人になると、学校を卒業したあとも学ぶ場面はたくさんあります。仕事の進め方、新しい機械やソフトの使い方、制度の変更、資格の勉強、お金や健康に関する知識、子育てに必要なことまで、人生の途中で学び直す機会は意外と多いものです。
そのとき必要になるのは、最初から全部を知っていることではありません。知らないことに出会ったときに、説明を読み、必要な情報を拾い、理解して、自分のものにしていく力です。学校の勉強は、その基本動作を何年もかけて練習する場でもあります。
読む・考える・伝える力
たとえば、長い説明の中から大事な部分をつかむ力、何が問われているかを見分ける力、答えにたどり着くまでの道筋を考える力、自分の考えを相手に分かるように言葉にする力は、特定の教科だけに閉じたものではありません。
仕事の説明書、契約や制度の案内、ニュース、申込書、マニュアル。大人が読むものは、意外と学校の読解や整理の力を使います。話す力や書く力も、学校の作文や発表だけで終わるものではなく、そのあと長く使われます。
分からないことを学び直す力
学校の勉強で育つのは、「すでに知っていること」より、「まだ知らないことにどう向き合うか」という力でもあります。分からない言葉をそのままにしない、必要な情報を探す、聞いたことを自分なりに理解し直す。こうした動きは、社会に出てからの学び直しでかなり大切になります。
学校の勉強は、未来の専門知識そのものを先取りしているというより、将来どんな分野に進んでも学んでいけるように、学び方の足場を広く作っていると見るほうが近いかもしれません。
すぐ役立たないように見える内容にも意味がある
勉強が納得しにくいのは、「今の自分に必要かどうか」で考えると、遠回りに見える内容が多いからです。けれど、学びには、一度通っておくことであとから理解しやすくなるものがあります。
数学の計算は、答えを出すことだけでなく、途中の筋道を追う練習になります。国語の読解は、感想を書くためだけでなく、言葉の細かな違いを受け取る練習にもなります。歴史は年号暗記に見えがちですが、「なぜそうなったのか」を追う視点は、今の社会の動きを見るときにも役立ちます。英語も、単語を覚えるだけではなく、知らない表現に出会ったときに文全体から意味を推測する力へつながっていきます。
もちろん、すべての内容が全員に同じ形で役立つわけではありません。それでも、学ぶ途中で使う読み方や考え方は残りやすいものです。だから学校の勉強は、直接の用途が見えにくい内容まで含めて、理解する力を育てる時間として見ると納得しやすくなります。
学校はなぜ、その意味をはっきり伝えないように見えるのか
こんなに大事なら、最初から「これは将来こうつながる」ともっとはっきり教えてくれてもよさそうに思えます。ここで疑問を持つ人は少なくありません。
ただ、実際には、学校がまったく伝えていないというより、伝わりにくい形になりやすいのだと思います。授業では、内容を進めること、課題を出すこと、テストを行うこと、成績をつけることがどうしても前に出ます。そのため、本来の目的よりも、「覚える」「提出する」「点を取る」が先に見えやすくなります。
もう一つは、勉強の意味が少し抽象的だからです。「将来の学びを支える」と言われても、小学生や中学生にはまだ遠く感じやすいものです。説明されても、その場では実感しにくいことがあります。伝えていないというより、今の生活と結びつきにくく、腹落ちしにくいのだと言えそうです。
それは親が教えることなのか
この点は、学校だけの役目とも、親だけの役目とも言い切れません。どちらか片方より、両方が関わりやすい話です。
学校は教科を教える場所ですが、その学びが社会や生活の中でどうつながるかは、家庭や身近な大人の会話のほうが実感に結びつきやすいこともあります。親が「読む力は大人になってもずっと使うよ」と話せば意味が近く感じられますし、先生が「数学は答えだけでなく考え方も大事だよ」と言葉にすれば、勉強の見え方は少し変わります。
学校が内容を教え、家庭が意味づけを補い、また学校も折にふれてその意味を言葉にする。そのくらいの重なり方のほうが、実際にはしっくりきます。どちらがやるべきかを分けるより、両方から少しずつ伝わるほうが子どもには届きやすいのかもしれません。
勉強の価値は「使う知識」より「学べる力」で見ると分かりやすい
学校の勉強を、「将来そのまま使う知識」だけで判断すると、どうしても無駄に見える部分が出てきます。けれど、「あとから何かを学ぶ力を支えるもの」として見ると、価値はかなり変わって見えます。
大人になって必要になるのは、全部を知っていることではなく、知らないことを学び直せることです。制度が変わったとき、新しい機械を使うとき、仕事のやり方が変わったときに、説明を読んで理解し、自分なりに身につけていけること。そのための基礎が、学校の勉強の中にかなり含まれています。
今は意味が見えにくくても、あとになって別の形で効いてくるものがある。学校の勉強には、すぐ役立つ形では見えにくい役目もあります。全部が即戦力になるから大切なのではなく、あとから力になるものを育てているから大切だと見ると、受け取り方も少し変わってきます。
Q&A(よくある疑問)
まとめ
学校の勉強は、ただ知識を詰め込むためだけのものではありません。大きな役割は、将来新しい知識や技術を学ぶときの基礎を作ることにあります。読む、考える、整理する、調べる、伝える。そうした力は、教科を超えてあとから効いてきます。
学校がその意味を十分に伝えていないように見えるのは、伝えていないというより、授業やテストの形の中で目的が見えにくくなりやすいからです。家庭も学校も、本来はその意味づけを支える側です。学校の勉強を「今すぐ使う知識」だけでなく、「これから学ぶ力の下支え」として見ると、少し違った価値が見えてきます。
参考情報
- 文部科学省「学習指導要領『生きる力』」
- 文部科学省「小学校学習指導要領解説 総則編」
- 文部科学省「中学校学習指導要領解説 総則編」
- e-Gov法令検索「教育基本法」
- e-Gov法令検索「学校教育法」
