マラソンはなぜ42.195km?王室への配慮で生まれた距離

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マラソンの距離は、なぜ切りのよい42キロメートルではなく、42.195キロメートルなのでしょうか。

現在と同じ距離が初めて使われたのは、1908年のロンドンオリンピックでした。イギリス王室が出発とゴールを観戦できる位置にコースを設定したところ、全長が26マイル385ヤードになったのです。

王室が42.195キロメートルという数字を指定したのではありません。ロンドン大会で使われたコースの長さが、13年後に正式なマラソン距離として採用されました。


目次

42.195kmは1908年のロンドン大会で生まれた

現在のマラソンは、26マイル385ヤードを走る競技です。これをメートル法へ換算すると42.195キロメートルになります。

この距離が初めて使われたのは、1908年7月24日に行われたロンドンオリンピックの男子マラソンでした。コースはウィンザー城から、ロンドン西部にあったホワイトシティ・スタジアムまで設定されています。

それ以前のマラソンには、現在のような統一された距離がありませんでした。1896年の第1回近代オリンピックでは約40キロメートルで行われ、その後も開催地やコースに応じて距離が変わっていました。

42.195キロメートルは、古代の競技から受け継がれた数字ではありません。ロンドン大会でスタート地点とゴール地点を決めた結果、生まれた距離です。


王室が観戦できる位置にコースが置かれた

1908年の大会では、スタート地点がウィンザー城内に置かれました。王室の子どもたちが出発の様子を見られる位置だったと伝えられています。

ゴールは、ホワイトシティ・スタジアムに設けられたアレクサンドラ王妃のロイヤルボックス前でした。

スタートをウィンザー城内、ゴールをロイヤルボックス前に置いたことで、コースは26マイル385ヤードになりました。この長さが、後に正式なマラソン距離として採用されます。

王室が決めたのは距離の数字ではなく、観戦する場所に関係するコースの条件でした。結果的に、その日のコースが現在まで残る基準のもとになったのです。

195メートルだけが追加されたわけではない

42.195キロメートルという表記を見ると、42キロメートルのコースへ最後に195メートルを足したように感じられます。

しかし、1908年のコースはメートルではなく、マイルとヤードで測られました。

26マイルは約41.843キロメートルです。そこへ385ヤードに当たる約352メートルを加えると、合計は約42.195キロメートルになります。最後の「195」は、26マイル385ヤードというコース全体をメートル法へ換算したときに現れる数字です。


世界共通の距離になったのは1921年

1908年のロンドン大会後も、マラソンの距離はしばらく統一されませんでした。

その後のオリンピックでも、開催地や設定されたコースによって走る距離が異なっていました。ロンドン大会で使われた26マイル385ヤードが、すぐに世界共通の基準になったわけではなかったのです。

現在の42.195キロメートルが正式な基準として採用されたのは1921年でした。当時の国際陸上競技連盟が、1908年のロンドン大会で使われた距離をマラソンの標準として定めました。

王室への配慮によって26マイル385ヤードのコースが生まれ、ロンドン大会から13年後に正式な距離として採用されたことになります。


最初の近代オリンピックでは約40kmだった

マラソンは古代ギリシャを連想させますが、競技として誕生したのは近代オリンピックです。

競技の発想には、紀元前490年のマラトンの戦いにまつわる物語が関係しています。ギリシャ軍の勝利を知らせるため、伝令がマラトンからアテネまで走ったという話です。

この物語に着想を得たフランスの言語学者ミシェル・ブレアルが、近代オリンピックで長距離競走を行う案を提案しました。

1896年にアテネで開催された第1回近代オリンピックでは、マラトンからアテネまでの約40キロメートルを走る競技が実施されました。現在の42.195キロメートルより、約2キロメートル短い距離です。

伝令がアテネへ到着したあと息絶えたという話は、後世に広まった伝説です。現在のマラソンは、その物語に着想を得て近代になって考案されました。


1908年のレースで起きたドランド・ピエトリの失格

42.195キロメートルが初めて使われた1908年のレースは、ゴール直前に起きた出来事でも知られています。

イタリア代表のドランド・ピエトリは、先頭でホワイトシティ・スタジアムへ入りました。しかし、スタジアムへ入ると進行方向を間違え、その後も何度も倒れました。

係員に支えられながらゴールしたものの、外部から介助を受けたことを理由に失格となります。後から到着したアメリカ代表のジョニー・ヘイズが、正式な優勝者になりました。

ピエトリは失格となりましたが、何度倒れてもゴールへ向かう姿は多くの観客の印象に残りました。後にアレクサンドラ王妃から、健闘をたたえる特別な杯が贈られています。

42.195キロメートルが初めて使われたその日に、マラソン史に残る失格も起きていたのです。


Q&A

マラソンの距離は王室が決めたのですか?

王室が42.195キロメートルという数字を決めたのではありません。王室が出発とゴールを観戦できる位置へコースを設定したことで、26マイル385ヤードの長さになりました。

なぜ42.2kmではなく42.195kmなのですか?

1908年のコースが26マイル385ヤードだったためです。これをメートル法へ換算すると約42.195キロメートルになります。その長さが1921年に正式な距離として採用されました。

王室の要望で195mが追加されたのですか?

195メートルだけを加えたのではありません。26マイルを超えていた部分は385ヤードで、約352メートルです。195メートルは、コース全体をメートル法で表したときに現れる数字です。

最初のマラソンも42.195kmでしたか?

1896年の第1回近代オリンピックで行われたマラソンは約40キロメートルでした。当時は距離が統一されておらず、現在と同じ42.195キロメートルが初めて使われたのは1908年です。


まとめ

マラソンが42.195キロメートルになったきっかけは、1908年のロンドンオリンピックです。王室がウィンザー城でスタートを見て、スタジアムのロイヤルボックス前でゴールを見られる位置にコースを設定したところ、全長が26マイル385ヤードになりました。

この距離が世界共通の基準として採用されたのは1921年です。王室が数字を直接決めたのではなく、観戦場所に合わせて生まれたコースの長さが、後に正式なマラソン距離となりました。

最後の195メートルだけが追加されたわけでもありません。マイルとヤードで測られたコース全体をメートル法へ換算した数字が、現在の42.195キロメートルとして残っています。


参考情報

  • World Athletics「Marathon」
  • World Athletics「Queen Elizabeth marks 1908 London Olympics and centenary of “classic marathon distance”」
  • World Athletics「‘A Greek! A Greek!’ 125th anniversary of the first Olympic marathon」
  • Olympics.com「Dorando Pietri」
  • World Athletics「Early origins to 1930s」

この記事を書いた人

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