駅や百貨店で当たり前のように使われているエスカレーターは、いかにも20世紀の設備に見えます。けれど、その発想そのものは19世紀半ばまでさかのぼります。しかも、エスカレーターの歴史は「ある年に完成した」と一言では言いにくく、発想が特許になった時期、実際に人が乗れる装置が動いた時期、今に近い形と名称が広まった時期が少しずつ分かれています。
先に全体像をまとめると、1859年に原型の特許が現れ、1892年に実用化へ近い特許が出て、1896年に実働例が登場し、1900年ごろに今に近い形と「エスカレーター」という名称が広まりました。日本での初導入は1914年の三越呉服店です。 この流れを押さえると、「エスカレーターはいつ発明されたのか」という問いに答えが一つに決まらない理由も見えてきます。
最初の発想は1859年に特許になっていた
エスカレーターの原型として最初期によく挙げられるのは、1859年にナサン・エイムズが取得した「Revolving Stairs(回転する階段)」の特許です。Google Patents で確認できるこの特許には、連続的に動く階段で人を上下へ運ぶ発想が示されており、現在のエスカレーターにつながる考え方がすでに現れています。つまり、エスカレーターのアイデア自体は、かなり早い段階で生まれていたことになります。
ただし、この段階で今のエスカレーターが完成していたわけではありません。エイムズの案は構想としては先進的でしたが、すぐに社会へ広がる実用品にはなりませんでした。スミソニアンも、1859年の特許を最初期の重要な発想として扱いながら、この案そのものは実際には造られなかったと説明しています。
実用化へ近づいたのは1890年代
次の大きな節目になったのが、1892年にジェシー・W・レノが取得した「Endless Conveyor or Elevator(無限式の搬送・昇降装置)」の特許です。Google Patents の特許文書には、大人数を一つの階から別の階へ連続的に運ぶこと、移動する手すりを備えること、乗り降りしやすい構造を考えていたことが記されており、かなり実用品に近い発想まで進んでいたことが分かります。
この特許の大事な点は、ただ「動く階段を思いついた」という段階ではなく、多くの人を止めずに運ぶための装置として考えられていたことです。特許文書でも、エレベーターや階段の代わりに大量の人を上下階へ移動させることが目的だと書かれており、のちに駅や百貨店でエスカレーターが重宝される理由が、この時点ですでに見えています。
実際に人が乗れる装置が動いたのは1896年
「発明された年」と「実際に使われ始めた年」を分けて考えると、次の大きな節目は1896年です。スミソニアンによると、ジェシー・W・レノは1896年、ニューヨークのコニーアイランドで自分の設計した「inclined elevator(傾斜型の昇降装置)」を公開し、2週間で約7万5千人が体験しました。これが、エスカレーター史における初期の実働例として広く紹介されています。
ただし、この装置は今よく見るエスカレーターとまったく同じではありませんでした。現在のように一段ずつ平らなステップが連なるというより、傾斜した搬送装置に近い構造でした。だから、1896年は「今のエスカレーターが完成した年」というより、人が乗れる形で実際に動き始めた年として見ておくと分かりやすいです。
今に近い形と名前が広まったのは1900年前後
現在のエスカレーターに近い「段がはっきりしたステップ式」が広く印象づけられたのは、1900年のパリ万国博覧会でした。Otis の歴史ページによると、チャールズ・シーベルガーが Otis と組んだ moving staircase(動く階段)がこの万博でグランプリを受賞しています。ここで、現在よく見かけるエスカレーターにかなり近い姿が世界的に知られるようになりました。
この時期が重要なのは、形だけでなく名前も定着に向かい始めたからです。Otis は、チャールズ・シーベルガーが escalator(エスカレーターという名称) という語を作り、1899年に商標登録したと案内しています。その後、アメリカの裁判所判断によって約50年後に一般名称化しました。最初から普通名詞だったわけではなく、もともとは商標として広まった名前だったのです。
ここまでを並べると、1859年が原型の特許、1892年が実用化へ近い特許、1896年が実働例、1900年が今に近い形と名称が広く知られた節目と言えます。エスカレーターの歴史が一つの年だけで語りきれないのは、この段階がはっきり分かれているからです。
エスカレーターはなぜ広まったのか
エスカレーターが広まった背景には、都市の建物が高くなり、人の流れを連続的にさばく必要が大きくなったことがあります。スミソニアンは、都市化と建築の変化がエスカレーターの普及と深く結びついていたと説明しています。建物の大型化が進むと、たくさんの人を止めずに上下階へ運べる設備の価値が一気に高まりました。
とくに百貨店との相性は抜群でした。エレベーターは一度に運べる人数が限られますが、エスカレーターは人を途切れず流せます。そのため、買い物客を各階へ自然に導きやすく、建物全体を回遊させやすい設備になりました。スミソニアンも、エスカレーターが小売空間に与えた影響は非常に大きく、上階への動線を大きく変えたと紹介しています。
駅との結びつきも早い時期から強まりました。Otis の年表では、1911年にロンドン交通で初の地下鉄向けエスカレーターが Earl’s Court 駅に設置されたとされています。百貨店での華やかな印象だけでなく、公共交通の流れを支える設備としても、20世紀初頭には重要な位置を占め始めていたわけです。
日本で初めて導入されたのは1914年
日本で初めてエスカレーターが設置されたのは、1914年、東京・日本橋の三越呉服店です。日本エレベーター協会は、1914年に三越呉服店へ日本初のエスカレーターが登場したと記しており、三越伊勢丹ホールディングスの沿革でも、1914年10月の本店新館落成時に日本初のエスカレーターを設置したことが確認できます。
この導入が象徴的なのは、単に新しい機械が置かれたからではありません。三越伊勢丹ホールディングスの資料によると、1914年の新館にはライオン像、日本初のエスカレーター、エレベーター、休憩室、食堂、屋上庭園などがそろい、当時の東京で新しい生活文化を見せる場所になっていました。エスカレーターは移動設備であると同時に、近代的な百貨店そのものを象徴する見せ場でもあったのです。
ただ、この最初のエスカレーターは長く残ったわけではありません。日本エレベーター協会は、1914年に三越へ設置された日本初のエスカレーターが、1923年の関東大震災によって焼失したと説明しています。華やかな出発だった一方で、日本のエスカレーター史は震災でいったん大きな区切りを迎えたことになります。
「いつ発明されたのか」は、どこを起点にするかで答えが変わる
エスカレーターの歴史でよく混乱が起きるのは、「発明」と「実用化」と「普及」がひとつの問いに重なって見えるからです。けれど、ここを分けるとかなりすっきりします。発想の起点だけを見るなら 1859年、実用品に近い特許なら 1892年、実際に動いた初期装置なら 1896年、今に近い形と名称が広まった節目なら 1900年ごろ、日本での初導入なら 1914年 です。
だから、「エスカレーターはいつ発明されたのか」という問いに対して、1859年と答える見方もあれば、1890年代から1900年ごろと答える見方もあります。どちらが間違いというより、何をもって誕生と見るかが違うのです。普段は一つの設備に見えていても、その背景には半世紀近い試行錯誤と改良が積み重なっていました。
Q&A(よくある疑問)
まとめ
エスカレーターの歴史は、見た目の印象よりずっと古く、しかも段階的です。原型の特許は1859年、実用化へ近い特許は1892年、実働例は1896年、今に近い形と名称が広く知られた節目は1900年ごろ、そして日本での初導入は1914年でした。普段は何気なく乗っている設備でも、その背景には19世紀から続く特許、改良、展示、普及の積み重ねがあります。
エスカレーターは、ただ便利な移動手段になっただけではありません。都市が大きくなり、建物が高くなり、人の流れを上手にさばく必要が増えていく中で育った、近代の象徴的な設備でもありました。そう思って駅や百貨店のエスカレーターを見ると、いつもの景色が少し違って見えてくるかもしれません。
参考情報
- Nathan Ames, “Revolving Stairs,” U.S. Patent No. 25,076, 1859
- Jesse W. Reno, “Endless Conveyor or Elevator,” U.S. Patent No. 470,918, 1892
- Otis, “Our Company History”
- 一般社団法人 日本エレベーター協会「昇降機百科|エスカレーターの歴史」
- 株式会社三越伊勢丹ホールディングス「三越のあゆみ」
- Smithsonian Magazine, “How the Escalator Forever Changed Our Sense of Space”
