共感とは何か?相手の気持ちが伝わるしくみを心と脳から考える

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誰かが心から笑っているのを見ると、こちらまで楽しい気分になる。落ち込んでいる友人の声を聞いているうちに、自分まで胸が重くなる。こうした経験には「共感」と呼ばれる心のしくみが関係しています。

共感は「相手と同じ気持ちになること」だけを表す言葉ではありません。相手の感情に自分も反応する場合もあれば、「この人はいま不安なのだろう」と相手の状態を理解しようとする場合もあります。心理学や神経科学でも共感の定義は一つに統一されておらず、感情に関わる側面や相手の状態を理解する側面などに分けて考えられています。

私たちは他人の心を直接見ることはできません。それでも表情や声を見聞きしただけで「うれしそう」「何か心配しているのかな」と感じることがあります。相手の気持ちが伝わったように感じるとき、私たちはどのような手がかりを受け取っているのでしょうか。

目次

共感とは「同じ気持ちになること」だけではない

日常会話では「その気持ち、分かる」と感じることを広く共感と呼びます。一方、共感を詳しく考えるときには、複雑な心の反応をいくつかの側面に分けて捉えることがあります。

代表的なのが「感情的共感」と「認知的共感」です。どちらか一方だけが本当の共感という意味ではなく、共感の異なる側面を見るための代表的な分け方です。

共感の側面どのような反応か身近な例
感情的共感相手の感情に自分の感情も反応する泣いている人を見て胸が苦しくなる
認知的共感相手が何を感じているか考える緊張した様子を見て「不安なのかもしれない」と推測する

例えば、映画の登場人物が悲しむ場面で思わず涙が出るなら、相手の感情への反応が強く表れているといえます。反対に、自分自身は悲しくなくても「この状況なら本人はつらいだろう」と相手の立場から状態を想像することもできます。

共感は悲しさや苦しさだけに起こるものでもありません。友人が長く目指していた目標を達成したと聞き、自分のことのようにうれしくなる場合もあります。喜びなど肯定的な感情にも、他者の感情に反応する様子は表れます。

認知的共感と「心の理論」はどう違う?

相手の状態について考えることに関連する言葉として「心の理論」があります。

心の理論とは、他人には自分とは異なる考えや知識、信念、意図などがあると理解し、その心の状態を推測することを指します。認知的共感との境界は研究によって捉え方が異なりますが、認知的共感では特に「相手がどのように感じているのか」という感情面の理解に注目する場合があります。

例えば、「友人は試験結果をまだ知らない」と考えることと、「結果を知った友人は落ち込んでいるかもしれない」と考えることは似ています。ただ、前者では相手が何を知っているか、後者ではどのような感情を抱いているかに重点があります。

このように、相手が「何を知っているか」と「どう感じているか」は、よく似ているようで少し違う問いです。

共感と「思いやり」は同じとは限らない

相手の悲しさが伝わって自分までつらくなることと、「何か力になりたい」と相手を気遣うことはよく似ています。ただ、他者の感情を感じたり理解したりすることと、相手を気遣ったり助けようとしたりする反応は分けて考えられることがあります。

相手が困っていることを理解しても、必ず行動に移すとは限りません。反対に、相手と同じ感情にならなくても、その状況を理解して手を差し伸べることはできます。

また、苦しんでいる人を見て相手を気遣う場合だけでなく、自分自身が強くつらくなる場合もあります。こうした自分側の苦痛と、相手を気遣う反応は区別して捉えられることもあります。

共感のしかたと、実際に相手を助けようとする行動には関係がありますが、二つは同じものではありません。

相手の気持ちはどこから伝わってくる?

私たちは相手について得られるさまざまな情報から、その人が何を感じているのかを推測しています。手がかりになるのは言葉だけではなく、表情、声の調子、話す速さ、視線、姿勢、しぐさ、その場の状況なども関係します。

友人が「大丈夫」と言っていても、声がいつもより小さかったり表情が沈んでいたりすれば、「何かあったのかもしれない」と感じることがあります。言葉の内容と声や表情が一致していないときには、言葉以外の情報も相手の状態を考える材料になります。

表情だけで感情が一つに決まるわけではない

笑顔なら喜び、眉間にしわがあれば怒り、と表情だけから感情を一つに決められるわけではありません。

同じような顔つきでも、その人の姿勢や周囲で起きている出来事によって「怒っている」「困っている」「緊張している」「集中している」など受け取り方が変わります。

例えば、歯を食いしばって眉を寄せた顔だけを見れば怒っているように感じても、重い荷物を持ち上げている最中だと分かれば「力を入れている顔」と受け取るでしょう。

笑顔についても同じです。楽しいから笑っている場合だけでなく、緊張していたり、相手を安心させようとしていたりすることもあります。

人は顔だけを切り取って感情を判断しているのではなく、身体の動きや直前の出来事、周囲の状況などを組み合わせて相手の状態を推測しています。

笑っている人を見ると自分も笑いたくなるのはなぜ?

楽しそうに笑う人たちの中にいると、自分まで楽しい気分になることがあります。反対に、周囲に緊張した雰囲気が広がっていると、はっきりした理由が分からなくても落ち着かなくなることがあります。

こうした現象と関係するのが「感情伝染」です。感情伝染とは、他人の感情に接することで自分の感情も似た方向へ動く現象を指します。表情や声、しぐさなどを通して、人と人との間で感情が広がる現象として調べられています。

周囲が笑っていることで自分もなんとなく楽しくなったとしても、相手がなぜ笑っているのかまで理解しているとは限りません。そのため、感情伝染と共感をどのように区別するかは考え方によって違いがあります。

共感を考えるうえでは、感情への反応だけでなく、自分と相手の状態を区別したり、相手がどのような状態なのかを捉えたりすることも重要です。

共感するとき脳では何が起きている?

共感するとき、脳の一か所だけが働いて相手の気持ちを理解しているわけではありません。他人の感情への反応、行動の観察、相手の立場や意図について考えることなどには、複数の脳領域や神経の仕組みが関係しています。

その中で、共感の話題と一緒によく名前が挙げられるのが「ミラーニューロン」です。

ミラーニューロンは、もともとサルを対象とした研究で見つかった神経細胞です。自分がある動作をするときだけでなく、他者が似た動作をする様子を見たときにも活動する性質が注目されました。

人間でも、他者の動作を見るときと自分が動作するときに重なる脳活動がみられ、こうした仕組みと他者理解との関係が調べられています。

ただし、人間の複雑な共感をミラーニューロンだけで説明できるわけではありません。相手の悲しそうな様子を見て自分も感情的に反応することと、「なぜこの人は悲しいのだろう」と状況を考えることでは、使われる情報や関係する脳の仕組みも同じではないと考えられています。

共感には、他者の行動を見ることだけでなく、感情への反応や状況の理解など、いくつもの過程が関わっています。

「自分」と「相手」を区別することも大切

相手の感情へ強く反応できるほど、共感も深くなるように思えるかもしれません。しかし、他者を理解するときには「自分」と「相手」を区別することも重要だと考えられています。

例えば、友人が失敗して落ち込んでいるとき、その様子を見て自分まで悲しくなることがあります。それでも「失敗したのは自分ではなく友人だ」という区別は保たれています。

相手の感情に反応しながら、それが誰の感情なのかを分けて捉える。こうした区別は、自分自身の感じ方をそのまま相手へ当てはめず、相手の状態を考えるうえでも重要だとされています。

相手の感情に反応しながら、自分と相手を区別して捉えることも共感に関係しています。

共感で相手の気持ちをどこまで分かる?

共感で受け取っているのは、表情や声、言葉、行動、その場の状況などを手がかりに推測した相手の状態です。そのため「相手の気持ちが分かった」と感じても、実際の内面とずれていることがあります。

他人の感情や考えをどの程度正確に推測できるかを扱う研究では、「共感的正確性(empathic accuracy)」という言葉も使われています。相手からどのような情報を得ると、内面をより正確に推測できるのかも研究対象になっています。

例えば、無口になった人を見て「怒っている」と思っても、実際には疲れているだけかもしれません。笑顔を見て楽しんでいると思っても、緊張を隠すために笑っている可能性もあります。

自分にも似た経験があれば、相手の状況を想像する材料になります。一方で「自分はこう感じたのだから、この人も同じはず」と、自分の経験を基準に考えてしまうこともあります。

共感によって相手の状態を想像することはできますが、相手の内面を直接読んでいるわけではありません。「気持ちが伝わった」という経験の中には、複数の手がかりから相手の状態を推測する過程も含まれています。

共感しやすさは相手や状況によっても変わる

同じ人でも、いつでも誰に対しても同じように共感するわけではありません。

普段からよく知っている相手なら、その人のいつもの表情や話し方を知っているため、小さな変化を考えるための情報を多く持っていることがあります。一方、初対面の相手では普段どのように振る舞う人なのか分からず、同じ表情や声でも受け取り方が難しくなる場合があります。

自分が経験したことのある出来事なら、状況を想像する材料も増えます。ただし、それだけで相手の感じ方まで分かるとは限りません。同じ出来事を経験していても、人によって受け止め方は違うからです。

相手との関係、その場の状況、自分が持っている情報、どこに注意を向けているかなど、さまざまな条件が他者の状態を捉える過程に関わります。

また、相手の感情に自分も強く反応する人もいれば、同じ感情にはなりにくくても状況を考えて相手の状態を理解する人もいます。

感情的共感と認知的共感のように複数の側面を分けて見ることで、「共感できる・できない」という二択だけでは捉えにくい、人による反応の違いも理解しやすくなります。

Q&A

共感とは一言でいうと何?

他者の感情に反応したり、その人が何を感じているのかを理解しようとしたりする心の反応を表す言葉です。

研究分野によって定義の置き方には違いがあり、「相手と同じ気持ちになること」だけを意味する言葉ではありません。

共感と感情移入は同じ?

日常語では似た場面で使われますが、必ずしも同じ意味ではありません。

「感情移入」は、映画や小説の登場人物に自分の感情を重ねる場合などにも使われます。一方、共感は他者の感情に反応したり、その状態を理解したりすることを表す言葉として研究されています。

ミラーニューロンが共感を生み出しているの?

ミラー系と共感との関係は研究されていますが、人間の共感すべてをミラーニューロンだけで説明することはできません。

共感には他者の感情への反応、行動の観察、相手の状態について考えること、自分と相手を区別することなど、複数の過程が関係しています。

共感できれば相手の本音も分かる?

共感によって相手の状態を推測することはできますが、本音を正確に読み取れるとは限りません。

人は表情や声、言葉、姿勢、その場の状況などを手がかりに相手の内面を推測しています。同じ表情でも文脈によって受け取り方が変わるため、その推測が実際の気持ちと一致する場合もあれば異なる場合もあります。

まとめ

共感とは、相手の感情に自分も反応したり、その人がどのように感じているのかを考えたりすることに関わる心のしくみです。「相手とまったく同じ気持ちになること」だけでは捉えきれません。

相手の気持ちが伝わったように感じるとき、私たちは表情や声だけでなく、言葉、姿勢、しぐさ、その場の状況など複数の手がかりを使っています。同じ表情でも周囲の状況によって意味が変わるため、そこから導く答えがいつも正しいとは限りません。

私たちは相手の心を直接読んでいるのではなく、目の前にある情報や自分の知識、経験をもとに「この人はいま何を感じているのだろう」と推測しています。

相手の気持ちが伝わるという身近な経験には、感情への反応、相手の状態について考えること、自分と相手を区別する仕組みなどが重なっています。

参考情報

  • 山口亮祐ほか「他者の表情観察を通した認知的共感と情動的共感の神経基盤」
  • Lockwood PL. “The anatomy of empathy: Vicarious experience and disorders of social cognition”
  • Cerniglia L, et al. “Intersections and Divergences Between Empathizing and Mentalizing”
  • Steward BA, et al. “Interactions between faces and visual context in emotion perception: A meta-analysis”
  • Michalec B, et al. “A scoping review of emotional contagion research with human subjects”
  • Bekkali S, et al. “Is the Putative Mirror Neuron System Associated with Empathy? A Systematic Review and Meta-Analysis”
  • Blanke ES, et al. “Reading thoughts and feelings in other people: Empathic accuracy across adulthood”

この記事を書いた人

気になったテーマを中心に、公開情報や資料を読みながら記事をまとめています。背景や違いが見えにくい話題も、公式サイトや公開資料を確認しつつ、できるだけわかりやすく整理してお届けしています。

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