空の日はなぜ9月20日?航空日から続く由来と名前が変わった理由

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毎年9月20日は「空の日」です。名前だけを見ると青空や天気に親しむ日のようにも思えますが、実際には航空への理解や関心を深めるために設けられた記念日です。

「空の日」という名称になったのは1992年ですが、その前身である「航空日」は1940年に始まりました。さらに9月20日という日付をたどると、「この日に日本初飛行があったから」という単純な由来ではないことが分かります。

第1回の航空日は9月28日でした。なぜ翌年から9月20日になったのかについては、国土交通省の資料や航空史資料で説明が一致していない部分もあります。

目次

9月20日の「空の日」とは?

「空の日」は毎年9月20日に設けられている航空に関する記念日です。航空をより身近に感じてもらい、航空への理解や関心を深めることを目的としています。

9月20日だけでなく、9月20日から30日までは「空の旬間」です。この時期には全国の空港や航空関係施設などで、施設見学、航空教室、空港の仕事を知る企画といった催しが開かれます。

イベントが必ず9月20日に開催されるわけではありません。空港によっては9月上旬や10月など別の日程で行われることもあり、内容も毎年異なります。その年の開催情報は、各空港や「空の日net」などで案内されています。

「空の日」は天気や宇宙を広く祝う日ではなく、飛行機や空港をはじめとする航空を身近に感じるための記念日です。

空の日はなぜ9月20日になった?

9月20日という日付は、前身の「航空日」から受け継がれています。しかし、航空日が最初から9月20日に行われていたわけではありません。

最初の「航空日」は9月28日だった

「空の日」の起源は、1940年に制定された「航空日」です。

1940年は、1910年に東京の代々木練兵場で日野熊蔵・徳川好敏両陸軍大尉による動力飛行が行われてから30年に当たる年でした。同年6月に航空日を設けることが決まり、第1回は1940年9月28日に実施されました。

当日は航空大会、グライダー大会、講演会、展覧会など、航空に関するさまざまな催しが行われています。

ただし、戦前の「航空日」と現在の「空の日」は、同じ性格の記念日ではありません。1940年は日中戦争中であり、当時の航空日には航空技術の振興に加え、「航空思想」を広める国策的な意味合いもありました。現在のように航空を親しみやすく紹介する記念日とは、社会背景が大きく異なっていました。

翌1941年、航空関係省庁間の協議によって、第2回の航空日は9月20日と決まります。以後、この日付が航空日の開催日に使われました。

なぜ9月20日なのかは資料によって説明が違う

9月20日が選ばれた理由については、資料によって説明が異なります。

国土交通省航空局の「空の日」の沿革では、第1回が1940年9月28日で、1941年の省庁間協議によって第2回から9月20日に決まった経緯が説明されています。しかし、なぜ9月20日を選んだのかという具体的な理由までは記されていません。

別の国土交通省の案内では、1911年9月20日に山田猪三郎が開発した山田式飛行船が東京上空一周飛行に成功したことが由来だと説明されています。

ところが、日本航空協会が紹介する航空史資料では、山田式飛行船による帝都一周飛行は1911年9月17日とされています。さらに同協会が取り上げた1941年2月27日の新聞記事には、第1回と第2回の航空日は特定の航空上の記念日に由来したものではなく、主催者側に都合のよい日程として選ばれた旨の記述があります。

国土交通省の資料の中でも説明が統一されておらず、日本航空協会が紹介する当時の記録とも食い違っています。

資料上たどれる流れとしては、第1回が9月28日で、1941年の協議によって9月20日になったことが分かっています。山田式飛行船の飛行だけを9月20日の由来として断定するのは難しい状況です。

「日本初飛行の日だから」という説明でもない

9月20日が日本初飛行の日というわけでもありません。

航空日制定の背景となった代々木練兵場での動力飛行は1910年の出来事で、9月20日に行われたものではありません。

1910年の動力飛行から30年という節目は、1940年に「航空日」が設けられた背景の一つです。ただ、9月20日という日付自体が、その動力飛行の日に由来しているわけではありません。

「航空日」は戦後の休止と復活を経て1992年に「空の日」へ

航空日の行事は1944年まで行われましたが、第二次世界大戦の終戦後、日本の航空活動が連合国軍によって禁止されたことに伴い休止しました。

戦後、日本の航空は段階的に再開されます。1952年には航空法が公布・施行され、民間航空が再開。翌1953年には「航空日」も復活しました。

大きな転機となったのが1992年です。

この年は民間航空再開から40周年に当たり、航空をより多くの人に身近に感じてもらうため、それまでの「航空日」が親しみやすい「空の日」へ改称されました。同時に9月20日から30日までの「空の旬間」も設けられています。

「空の日」という名称だけを見ると比較的新しい記念日のようですが、前身の航空日までたどれば80年以上の歴史があります。

空の日にはどんなことが行われる?

「空の日」や「空の旬間」に関連して、全国の空港や航空関係施設では、航空を身近に感じられる催しが行われます。

空港施設やバックヤードの見学、航空教室、空港で働く人の仕事を知る企画など、普段は利用者として通り過ぎる場所を別の角度から見られるイベントもあります。開催内容は空港ごとに異なり、実施日も9月20日に固定されていません。

参加したい場合は、その年の各空港や「空の日net」の案内から開催日や参加方法を確認できます。

また、「空の日」には「くにまる」くんというシンボルキャラクターがいます。

名前は9月20日の数字を使った語呂合わせで、9=く、2=に、0=まる。1992年に「空の日」と「空の旬間」が設けられた際に誕生しました。

飛んでいる地球を表した姿には、航空によって人・物・文化が世界的に交流する様子が込められています。「くにまる」という名前にも、空の日の日付である9月20日がそのまま使われています。

Q&A

空の日は毎年いつですか?

毎年9月20日です。また、9月20日から30日までは「空の旬間」とされています。関連イベントは9月20日以外の日に開催されることもあります。

空の日は祝日ですか?

国民の祝日ではありません。航空への理解や関心を深めるための記念日で、9月20日だから学校や会社が休みになるという制度ではありません。

空の日はいつから始まりましたか?

「空の日」という名称になったのは1992年です。ただし、前身の「航空日」は1940年に制定されました。戦後の休止を経て1953年に復活し、1992年に現在の名称へ変わっています。

なぜ9月20日なのですか?

第1回の航空日は1940年9月28日でしたが、1941年の航空関係省庁間協議で9月20日に変更されました。国土交通省には山田式飛行船の飛行を由来とする案内もありますが、日本航空協会の資料では飛行日は9月17日とされ、当時の新聞には日程そのものに航空上の特別な意味はなかったとする記録も紹介されています。特定の一つの出来事だけを由来として断定するのは難しい状況です。

まとめ

9月20日の「空の日」は、航空への理解や関心を深めるための記念日です。その前身は1940年に始まった「航空日」で、第1回は9月28日、翌1941年から9月20日になりました。

9月20日の由来は資料によって説明が一致しておらず、山田式飛行船の飛行だけを由来として断定するのは難しい状況です。

戦後の休止と復活を経て、1992年には「航空日」から「空の日」へ名前が変わりました。現在は「空の旬間」とともに、飛行機や空港、そこで働く人たちの仕事を身近に知る機会として受け継がれています。

参考情報

  • 国土交通省「空の日」
  • 国土交通省「なぜ9月20日なの?」
  • 国土交通省「令和6年9月20日」
  • 一般財団法人 日本航空協会「『空の日』はなぜ9月20日?」
  • 一般財団法人 日本航空協会「1941年の航空日記念歌劇『大空の母』」
  • 国土交通省「シンボルキャラクター『くにまる』くんって?」
  • 「空の日」・「空の旬間」実行委員会「空の日net」

この記事を書いた人

気になったテーマを中心に、公開情報や資料を読みながら記事をまとめています。背景や違いが見えにくい話題も、公式サイトや公開資料を確認しつつ、できるだけわかりやすく整理してお届けしています。

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