声優の顔出しはいつから増えた?昔より本人を見る機会が増えた理由

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アニメのイベントや配信番組を見ていると、声優本人がステージに立ったり、カメラの前でトークしたりする光景をよく見かけます。雑誌ではグラビアが組まれ、音楽ライブに出演する声優も珍しくありません。

一方、昔は現在ほど声優本人の写真や映像に触れる機会が多くありませんでした。では、なぜ今ではキャラクターを演じている本人の姿まで目にする機会が増えたのでしょうか。

声優本人への関心そのものは以前からありました。1960年代には洋画や海外ドラマの吹き替えを中心として声優人気が高まった時期があり、1970年代末になると声優本人の写真や人物像を取り上げるアニメ雑誌も登場します。声優だけで結成されたバンドが活動するなど、本人を応援する楽しみ方も早い時期から見られました。

その後、声優専門誌、ラジオ、音楽、ライブ、作品イベントなど本人が参加する場が増え、動画配信やSNSの普及によってファン側から本人の活動へ触れることも容易になりました。

現在のように声優本人を見る機会が増えた背景には、ファン文化、メディア、仕事の幅、作品展開、インターネットの変化が重なっています。

ただし、すべての声優が積極的に本人の姿を見せているわけではありません。アニメ、ゲーム、吹き替え、ナレーションなど活動分野によって、本人が表に出る頻度には違いがあります。

目次

昔は声優本人の姿を見る機会が今より少なかった

昔の声優について「顔を出さない仕事だった」という印象を持つ人もいるかもしれません。

実際には、本人が姿を隠していたというより、声優本人が登場する媒体や仕事が現在ほど多くなかったと考えるほうが実態に合っています。

初期は本人が映らなくても成立する仕事が多かった

現在につながる声優文化の初期には、ラジオドラマや外国映画・海外ドラマの日本語吹き替えが大きな役割を果たしました。

テレビ放送が普及した1960年代には外国作品の吹き替え需要が高まり、声の演技によって人気を集める俳優も現れます。明治大学の声優史研究では、1960年代の洋画・海外ドラマの吹き替えを中心とした人気を「第一次声優ブーム」として扱っています。

ただ、視聴者が作品を見ているときに画面へ映るのは外国人俳優やアニメキャラクターです。声を担当する本人が映らなくても、吹き替えやアニメの仕事そのものは成立します。

また、当時は舞台などで活動する俳優が声の仕事も担当するケースが多く、現在のように「声優個人」を継続的に取り上げる専門誌や配信番組、作品イベントもまだ限られていました。そのため、声や名前は知っていても本人の姿を見る機会は少ないという状況が起こりやすかったのです。

1970年代後半には声優本人への注目が誌面にも現れた

1970年代後半になると、作品だけでなく、それを作るスタッフや声優にも関心を向けるアニメファンの楽しみ方が誌面にはっきり表れるようになります。

1978年5月には『アニメージュ』が創刊されました。創刊号は1978年7月号として刊行されており、創刊時の編集方針の一つには声優のアイドル性を重視する考えが含まれていました。創刊前に行われたファンへの聞き取りでも、キャラクターだけでなく絵を描く人、演出する人、声を担当する人にも関心が向けられていたことが紹介されています。

声優をキャラクターの後ろにいる名前としてだけではなく、一人の人物として紹介する機会が増えたことで、「この声を演じている人をもっと知りたい」という関心も誌面で扱われるようになりました。

現在ほど写真や動画を簡単に見られなかった時代でも、声優本人を知りたいというファンの関心はすでに存在していたのです。

1977年には声優だけで結成されたバンドもあった

声優本人が表に出る活動は、雑誌だけではありません。

1977年には、声優のみで構成されたバンド「スラップスティック」が結成されました。古谷徹へのインタビューでは、神谷明、曽我部和恭、野島昭生、古谷徹、古川登志夫らが参加した声優バンドとして紹介されています。

現在では声優が歌手活動をしたり、ライブへ出演したりすることも広く知られていますが、その前史といえる活動は1970年代から見られました。

声優本人の活動そのものを楽しむ文化は、1990年代や2000年代になって初めて始まったわけではありません。1970年代には、すでにその流れが形を見せ始めていました。

1980年代には声優を知る媒体も増えた

1970年代末の流れは1980年代にも続きます。

『アニメージュ』に続き、1979年には『ジ・アニメ』、1981年には『マイアニメ』『アニメディア』が創刊されました。アニメ専門誌が増えたことで、視聴者が作品の内容だけでなく、制作スタッフや出演者について知る機会も増えていきます。

1960年代の洋画吹き替えを中心とした人気に続き、1970年代末から1980年前後にはアニメをきっかけとした声優人気も高まりました。声優本人を知り、応援する文化は、1990年代の専門誌登場より前から積み重ねられていたと見ることができます。

1990年代に声優本人を応援する文化がさらに広がった

現在の声優文化につながる重要な時期の一つが1990年代です。

アニメに加えてゲームやラジオでも声優が活躍し、キャラクターを演じる人としてだけでなく、声優個人を応援する楽しみ方も目立つようになります。

文化庁のメディア芸術関連資料では、この時期の盛り上がりを1960年代、1980年前後に続く「第3次声優ブーム」と位置づけています。声優業界側でも同様の呼称は使われていますが、区分には諸説があります。

1994年には声優だけを扱う専門誌が登場した

1994年には『ボイスアニメージュ』と『声優グランプリ』が刊行されました。

それまでアニメ雑誌の一企画として掲載されることが多かった声優の記事が、声優そのものを中心とした雑誌へ発展したことになります。文化庁のメディア芸術関連資料では、こうした声優専門誌で撮り下ろしグラビアが大きな特徴になっていたことも紹介されています。

『声優グランプリ』の創刊号は1994年11月30日に発売されました。同誌の振り返りによると、創刊号は発売後に各地の書店で売り切れが続いたとされています。

声だけでなく、写真やインタビューを通して本人の考え方や活動を知る。そうした楽しみ方が、声優だけを扱う専門誌の成立につながった時期でした。

ラジオや音楽も本人を知るきっかけになった

1990年代の声優人気は、雑誌だけで広がったわけではありません。

声優がラジオ番組のパーソナリティを務めたり、CDを発売したり、コンサートを行ったりする活動も盛んになります。『声優グランプリ』の記録でも、1990年代半ばにはアニメ・声優関連のラジオ番組が各地で放送され、声優による音楽活動も目立っていたことが振り返られています。

アニメではキャラクターを演じている人が、ラジオでは本人として話します。そこで初めて知る話し方や考え方が、新たな魅力になることもあります。

音楽活動ではステージ上で歌う本人の姿もコンテンツになります。こうして、キャラクターをきっかけに声優を知るだけでなく、好きな声優の出演作品を追いかけるという楽しみ方も広がっていきました。

2000年代以降は本人が登場する仕事そのものが増えた

2000年代以降になると、声優本人を見る機会はさらに多様になります。

アニメ本編だけでなく、ラジオ、キャラクターソング、舞台挨拶、作品イベント、ライブ、ゲームイベント、配信番組など、一つの作品から生まれる関連コンテンツが増えたためです。

声優の活動も、収録スタジオの中だけでは説明できないほど幅広くなっていきました。

作品の宣伝やイベントでも声優が登場するようになった

現在のアニメでは、放送開始前後に出演声優がイベントへ登壇したり、公式番組で作品について話したりすることがあります。

出演者本人がキャラクターや収録について語れば、作品をまだ見ていない人が興味を持つきっかけにもなります。キャラクターソングやライブでは、アニメ本編とは違った形で作品を楽しむこともできます。

こうした関連企画が増えたことで、声優本人を見ることも作品を楽しむ方法の一つになっていきました。

背景の一つにはアニメを取り巻くビジネスの変化もある

本人が登場する機会が増えた背景には、ファンからの人気だけでなく、アニメを取り巻くビジネスの変化もあります。

テレビ放送だけで完結させず、音楽、ライブ、イベント、ゲームなどへ作品を展開すれば、そのキャラクターを演じる声優が参加できる場も増えます。

『声優グランプリ』編集長へのインタビューでは、動画配信の普及などによってアニメのビジネス環境が変わり、2010年前後から音楽活動やステージ出演が声優の活動として広く定着していったことが語られています。

これは声優本人を見る機会が増えた理由を一つだけで説明するものではありません。ただ、作品から派生する音楽やイベントが増えたことは、声優本人が出演する場を増やした要因の一つと考えられます。

動画配信やSNSで本人を見るまでの距離も縮まった

インターネットの普及によって、ファンが声優本人の活動を知る方法も変わりました。

以前は雑誌を購入したり、出演番組を見たり、イベントへ足を運んだりしなければ本人の姿を見る機会が限られることもありました。

現在では公式動画、ライブ配信、SNSなどから本人の活動を知ることができます。作品で声を聞いた直後に、出演者の公式プロフィールや動画、SNSを見ることも可能です。

本人が登場する仕事が増えたことに加え、ファンが本人の活動へアクセスしやすくなったことも、昔との大きな違いです。

声優本人を見る機会が増えた4つの理由

ここまでの歴史から、現在の状況につながった背景は大きく4つに分けられます。

  • 声優本人を応援するファン文化が育った
  • アニメ誌や声優専門誌など、本人を紹介する媒体が増えた
  • 音楽、ライブ、イベントなど、本人が参加する仕事が多様になった
  • 動画配信やSNSによって、本人の姿や活動に触れやすくなった

そこへ、アニメを音楽やゲーム、イベントなどへ展開する作品が増えたことも加わります。

「声優本人を見る機会が増えた=見た目だけが重視されるようになった」と捉えると、こうした変化を十分には説明できません。

ファンの楽しみ方、情報を届ける媒体、声優の活動範囲、作品の展開方法が長い時間をかけて変化してきた結果と考えるほうが、現在までの流れを理解しやすいでしょう。

今でも本人の露出が必須とは限らない

現在でも、声優になれば必ず本人の姿を積極的に見せなければならないわけではありません。

声優の仕事にはアニメ、ゲーム、外国作品の吹き替え、ナレーションなど幅広い分野があります。イベントや音楽活動を積極的に行う人もいれば、声の演技を中心に活動する人もいます。

アニメ作品への出演が多い声優と、ナレーションや吹き替えを中心に活動する声優では、一般の人が本人を見る頻度も同じとは限りません。

昔と現在の大きな違いは、本人の姿を届ける媒体や、本人が出演できる仕事の選択肢が大幅に増えたことにあります。

Q&A

声優の顔出しが増えたのはいつから?

特定の年から一斉に変わったわけではありません。1970年代後半には声優本人を扱うアニメ雑誌や声優による音楽活動が見られ、1990年代には声優専門誌が登場しました。2000年代以降は作品イベントやライブ、さらに動画配信やSNSへと本人を見る機会が広がっています。

顔出しが増えたことと、容姿が重視されることは同じ?

同じとはいえません。写真、動画、ライブなどへ本人が登場する機会が多くなったため、ビジュアル面が注目される場面はあります。一方で、本人が表に出る頻度は活動分野によって異なり、吹き替えやナレーションなど声による表現を中心とする仕事もあります。

今の声優は全員が顔出しをするの?

全員ではありません。イベント、ライブ、配信番組などへ多く出演する人もいれば、声の仕事を中心に活動する人もいます。「今は全員が顔出しをする」というより、本人を見ることのできる媒体や仕事の選択肢が昔より増えたと考えるほうが実態に近いでしょう。

まとめ

昔は現在と比べて、声優本人の姿を見る機会が限られていました。

一方、本人への関心そのものは以前からあります。1960年代には洋画や海外ドラマの吹き替えを中心とした声優人気が見られ、1970年代末にはアニメ雑誌が声優本人にも注目するようになりました。1977年には声優だけで構成されたバンドも結成され、1980年代を経て1990年代には声優専門誌が成立します。

その後はラジオや音楽、ライブ、作品イベントなど本人が参加する仕事が多様になり、動画配信やSNSによって声優本人の活動へ触れる方法も増えました。

昔と現在の大きな違いは、声優本人が登場する媒体や仕事の多さです。本人を知りたいというファン文化と、それに応える媒体や活動の場が数十年かけて発展したことで、現在では声優本人の姿を見ることも珍しくなくなりました。

参考情報

  • 文化庁 メディア芸術カレントコンテンツ「アニメ雑誌クロニクル 第1回 アニメ雑誌黎明期と『アニメージュ』」
  • 文化庁 メディア芸術カレントコンテンツ「アニメ雑誌クロニクル 第3回 再びのアニメブームとアニメ雑誌のあり方の変化」
  • 明治大学学術成果リポジトリ 佐藤桂一「『第一次・第二次声優ブーム』(1960年代・1970~1980年代)を通して見る声優業の進化と分化―現代日本における声優の歴史(2)―」
  • 大阪公立大学学術情報リポジトリ 西浦直輝「言説史から考えるアイドル声優の発生」
  • 声優グランプリ「声グラヒストリー第1回 高まる声優人気を受け、待望の声優専門誌がついに創刊! 1994年Vol.1(創刊号)」
  • Febri「『アムロ・レイの演じかた~古谷徹の演技・人物論~』第3回(前編)」
  • nippon.com「創刊25年の雑誌『声優グランプリ』が見てきた声優業界の変化」

この記事を書いた人

気になったテーマを中心に、公開情報や資料を読みながら記事をまとめています。背景や違いが見えにくい話題も、公式サイトや公開資料を確認しつつ、できるだけわかりやすく整理してお届けしています。

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