失敗を笑ってごまかす、年齢をごまかす、数字をごまかす――。
日常的に使う「ごまかす」ですが、よく見ると少し不思議な言葉です。「ごま」は食べ物の胡麻なのでしょうか。それとも「誤魔化す」という漢字に由来が隠れているのでしょうか。
主要な国語辞典や語源資料では、「ごまかす」の語源は一つに確定していません。 代表的なのは、人をだます者を指した「護摩の灰」に結びつける説と、中が空洞だった胡麻菓子に結びつける説です。
「護摩」と「胡麻」は、どちらも「ごま」と読みますが別の言葉です。護摩は密教で火を焚いて行う修法に関係する言葉で、胡麻は食べ物として知られる植物を指します。
さらに、現在よく見かける「誤魔化す」という漢字も、語源をそのまま表したものではありません。
「ごまかす」は江戸時代後期には使われていた
「ごまかす」がいつ生まれたのかを正確な年まで特定することはできません。ただ、江戸時代後期には、現在につながる意味で使われていたことが文献から分かります。
『精選版 日本国語大辞典』では、「ごまかす」の早い用例として滑稽本『浮世床』が挙げられています。『浮世床』は1813~1823年に刊行された作品で、人をだましたり、表面を取りつくろったりする意味で「ごまかす」が使われています。
さらに幕末から明治初めごろの『春色江戸紫』にも、人目を欺いて不正を行う意味での用例が残っています。
現在でも、
「失敗を笑ってごまかす」
「年齢をごまかす」
「数字をごまかす」
など、少しずつ異なる場面で使われます。
共通しているのは、本来の状態をそのまま見せず、別の見え方にしたり表面を取りつくろったりするという意味です。江戸時代に見られる用法と、現代の「ごまかす」は意味の上でもつながっています。
「誤魔化す」は語源を示す漢字ではない
現在は「誤魔化す」と書くことがありますが、『精選版 日本国語大辞典』では「胡魔化」「誤魔化」などを当て字としています。
当て字とは、すでに存在する言葉の音などに合わせて、後から漢字を当てた表記です。
そのため、
「誤ったことを魔法のように化かすから誤魔化す」
と漢字を一字ずつ分解して語源を説明することはできません。
「胡麻化す」と書かれる場合もありますが、この表記だけを根拠に「食べ物の胡麻から生まれた言葉」と決めることもできません。
語源説1 「護摩の灰」と人をだます者から生まれた?
代表的な説の一つが、密教の護摩(ごま)に関係するというものです。
護摩を修するときには護摩木などを焚きます。その際に生じる灰が「護摩の灰」です。
ところが江戸時代には、「護摩の灰」が別の意味でも使われていました。
『精選版 日本国語大辞典』には、高野聖のような姿をして「弘法大師が修した護摩の灰」だと称し、押し売りをした者の呼び名から、人をだまして金品を取る坊主を「護摩の灰」と呼んだとする説明があります。1714年ごろの浄瑠璃にも、その意味での用例が残っています。
さらに「護摩の灰」には、旅人を装って道連れとなり、旅客の金品を盗み取る者を指す用法もあり、こちらは1704年の文献に例があります。
こうした「護摩の灰」と「ごまかす」を結びつけるのが、護摩の灰に由来するとする説です。
『日本語源大辞典』では、「護摩灰」の「ごま」に、「まぎらかす」「だまかす」などにも見られる「かす」が付いたのではないかという説が紹介されています。
文献上では、「護摩の灰」は「ごまかす」より早い時代から、だます者や盗みを働く者に関係する言葉として使われています。
年代の順序はこの説と矛盾しません。
とはいえ、先に存在した言葉だからといって、そこから「ごまかす」が直接作られたことまで証明できるわけではありません。 「護摩の灰」から「ごまかす」へ変化していく途中の語形が、連続して残されているわけではないためです。
「護摩の灰」の呼び名自体にも複数の説明がある
さらに、「護摩の灰」という呼び名そのものにも複数の由来説があります。
高野聖のような姿をした者が護摩の灰と称して押し売りしたことに由来する説明は辞書に掲載されていますが、これだけが唯一の説明ではありません。
『日本国語大辞典』の語誌には、旅人に紛れた賊の見分けにくさを、胡麻にたかった蠅の見分けにくさになぞらえたとする説明もあります。
つまり、「護摩の灰」という呼び名自体も、一つの由来だけで説明できるわけではありません。
「ごまかす」の語源候補となっている「護摩の灰」にも、由来をめぐる複数の説明が残っています。
語源説2 中身が空洞の「胡麻胴乱」から生まれた?
もう一つ有名なのが、江戸時代の菓子胡麻胴乱(ごまどうらん)に結びつける説です。
胡麻胴乱は、小麦粉にゴマを混ぜて焼き膨らませた菓子で、中が空洞になっていました。辞書では、文化・文政期(1804~1830年)ごろの江戸にあった菓子として説明されています。
「胴乱」とは、もともと腰に下げて使う袋や容器の名称です。胡麻胴乱は、中が胴乱のように空洞になっていることから、この名で呼ばれたとされています。
さらに「胡麻胴乱」は、菓子の名前だけではありません。
外見はよいのに内容が伴わない人をあざける「見かけ倒し」の意味でも使われていました。『精選版 日本国語大辞典』では、この比喩的な用法が1780年の滑稽本『当世阿多福仮面』に残っています。
ここから、胡麻菓子と「ごまかす」を結びつける語源説が生まれました。
この説では、中が空洞の胡麻菓子が「外見と中身が違うもの」という意味と結びつき、「ごまかし」という名詞が生まれ、さらに動詞の「ごまかす」へ変化したのではないかと考えられています。
『日本語源大辞典』でも、胡麻胴乱を「ごまかし(胡麻菓子)」と呼んだことから「ごまかす」が生まれたとする説が紹介されています。
中が空洞の菓子から「見かけと中身が違う」という意味へつながるため、覚えやすい語源説ではあります。
しかし、この流れが実際に起きたことを示す文献が連続して残っているわけではありません。
意味がよくつながることと、語源として確定できることは別です。
2つの説はどちらが有力?
護摩の灰説と胡麻菓子説のどちらが正しいのかは、現在も一つに決められていません。
古い文献の年代や辞書の記述を見ると、それぞれの説につながる材料はあります。一方で、どちらか一方だけを直接の語源と証明できるだけの連続した記録は残っていません。
文献の年代だけでは決められない
ここまで登場した言葉を、文献に残る年代に沿って並べると次のようになります。
| 言葉・用法 | 文献に残る例 |
|---|---|
| 「護摩の灰」=旅人を装って金品を盗む者 | 1704年 |
| 「護摩の灰」=人をだまして金品を取る坊主 | 1714年ごろ |
| 「胡麻胴乱」=見かけ倒しの人 | 1780年 |
| 「ごまかす」 | 1813~1823年 |
| 菓子としての胡麻胴乱を記す『松屋筆記』 | 江戸時代後期 |
表を見ると、「護摩の灰」は「ごまかす」よりかなり前から使われています。胡麻胴乱についても、「見かけ倒し」という比喩的な意味は「ごまかす」の古い用例より前に現れています。
一方、菓子としての胡麻胴乱を記した資料として挙げられる『松屋筆記』は、江戸時代後期の国学者・小山田与清(おやまだ ともきよ)が長年にわたってまとめた随筆です。
こうして年代を並べると、
「護摩の灰のほうが古いから、こちらが語源なのでは」
「菓子の記録が後なら、胡麻胴乱説は違うのでは」
と思うかもしれません。
しかし、現存する文献で最初に見つかる時期と、その言葉や物が実際に生まれた時期は同じとは限りません。
胡麻胴乱という菓子が記録より前から存在していた可能性はあります。反対に、菓子が「ごまかす」より前から存在していたとしても、それだけで直接の語源だった証拠にはなりません。
年代は語源を考える手がかりになりますが、「文献に早く現れたほうが必ず語源」という決め方はできないのです。
国立国語研究所の資料でも語源は「不明」
国立国語研究所の資料では、「ごまかす」の語源はどのように扱われているのでしょうか。
『現代日本語書き言葉均衡コーパス 形態論情報規程集』では、「ごまかし」と「ごまかす」の語源区分がいずれも「不明」とされています。
そのうえで、
- 護摩に「かす」が付いたとする説
- 胡麻菓子から「ごまかし」が生まれ、さらに「ごまかす」が派生したとする説
の両方が紹介されています。
つまり、この資料でもどちらか一方を確定した語源として扱っているわけではありません。
語源につながる手がかりがないわけではありません。護摩に結びつける説と胡麻菓子に結びつける説があり、それぞれを考える材料になる古い言葉や文献も存在します。
一方で、どちらか一方だけを語源と決めるだけの根拠には至っていないということです。
護摩に結びつける説と胡麻菓子に結びつける説のどちらもありますが、語源自体は現在も一つに確定していません。
胡麻胴乱説には慎重な見方もある
胡麻胴乱説については、単に「まだ決まっていない」というだけではありません。語源資料の中には、この説を慎重に見るものもあります。
国立国会図書館のレファレンス協同データベースが引用する『日本語源大辞典』では、
- 護摩の灰に結びつける説
- 胡麻胴乱・胡麻菓子に結びつける説
が紹介されています。
そのうえで、胡麻胴乱説については妥当ではないだろうという評価も示されています。
文献や辞書から分かっていることは、次のとおりです。
- 江戸時代後期には「ごまかす」が使われていた
- 「誤魔化す」「胡魔化す」などは当て字
- 「護摩の灰」は「ごまかす」より前から、だます者や盗みを働く者に関係する言葉として使われていた
- 胡麻胴乱という中が空洞の菓子が存在した
- 「胡麻胴乱」には「見かけ倒し」の意味もあった
- 護摩に結びつける説と胡麻菓子に結びつける説の両方が残っている
- 「ごまかす」の語源は現在も一つに確定していない
胡麻胴乱説は印象に残りやすい話ですが、「中身が空っぽのお菓子から『ごまかす』が生まれた」と確定しているわけではありません。
語源には、意味がうまくつながって見える説でも、その変化を裏づける十分な記録が残っていない場合があります。
「胡麻を入れると味をごまかせる」が語源ではない?
「胡麻を使えば料理の味をごまかせるから『ごまかす』になった」という説明を聞くこともあります。
しかし、主要な語源資料で代表的な説明として挙げられているのは、護摩に結びつける説と、胡麻胴乱・胡麻菓子に結びつける説です。
そのため、「料理に胡麻を入れて味を隠したことが語源」と確定できる根拠は、主要な語源資料からは示されていません。
意味がもっともらしく聞こえるだけでは、それが語源だったことの証拠にはなりません。
まとめ
「ごまかす」の語源は、主要な国語辞典や語源資料でも一つに確定していません。
代表的なのは、人をだます者などを意味した「護摩の灰」と結びつける説と、中が空洞で「見かけ倒し」のたとえにもなった胡麻菓子・胡麻胴乱に結びつける説です。
文献上では、「護摩の灰」が人をだます者などを指す例は18世紀初めに残っています。胡麻胴乱も18世紀後半には「見かけ倒し」の意味で使われ、その後、19世紀初めの『浮世床』に「ごまかす」の用例が現れます。
ただ、文献に現れた順番だけで直接の語源を決めることはできません。
国立国語研究所の資料でも「ごまかし」「ごまかす」の語源は「不明」とされ、護摩に由来する説と胡麻菓子に由来する説の両方が紹介されています。
また、「誤魔化す」「胡魔化す」などの漢字は当て字です。
「ごまかす」は、護摩の灰とも胡麻菓子とも結びつけられてきた言葉です。どちらが本当の語源なのかは、現在もはっきりしていません。
参考情報
- 国立国語研究所『現代日本語書き言葉均衡コーパス 形態論情報規程集』
- 国立国会図書館 レファレンス協同データベース「『ごまかす』の語源を知りたい。」
- 前田富祺監修『日本語源大辞典』小学館
- 日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部『日本国語大辞典』小学館
- 国立国会図書館 レファレンス協同データベース「『護摩の灰』というのが泥棒のことを指すと聞いたが、本当か。また、その語源を知りたい。」
- 小山田与清『松屋筆記』
