正座は、日本らしい座り方として広く知られています。しかし「昔の日本人はいつも正座をしていた」と考えると、実際の歴史とは少しずれがあります。正座は古くから存在していたものの、常に日常的な姿勢だったわけではありません。特に江戸時代から明治時代にかけて、正座は特別な場面での姿勢から、礼儀作法を象徴する座り方へと意味を変えていきました。本記事では、正座の由来や呼び方の変化をたどりながら、「正しい座り方」として定着していった背景を、歴史の流れに沿って分かりやすく解説します。
正座は昔から一般的だったのか
実は多様だった日本の座り方
結論から言うと、正座は日本人の「昔からの標準姿勢」ではありません。古代から中世にかけての日本では、あぐら、立て膝、横座りなど、場面や身分に応じた多様な座り方が存在していました。畳が全国的に普及する以前は、床に直接座る生活そのものが限定的であり、正座が常に求められることはなかったのです。
正座は「特別な姿勢」だった
正座はもともと、日常的に楽な姿勢として使われていたわけではありません。神仏の前や、身分の高い人物と対面する際など、姿勢を正して臨む必要がある場面で取られる、改まった姿勢でした。この段階では、正座は「正しい座り方」というよりも、「場にふさわしい姿勢」として認識されていたと考えられます。
江戸時代における正座の意味
武家社会と正座
江戸時代に入ると、武家社会を中心に礼法が体系化されていきます。主従関係や身分秩序が重視される中で、相手に敬意を示す姿勢として正座が重要視されるようになりました。特に公式の場や緊張感のある場面では、姿勢を正して座ることが礼儀の一部とされていきます。
ただし、この時代でも正座は常に日常的な姿勢だったわけではありません。庶民の生活では、引き続きあぐらや立て膝など、場面に応じた座り方が広く用いられていました。
「正座」という言葉の使われ方
江戸時代の「正座」という言葉は、現在のように姿勢だけを指す言葉ではありませんでした。「正しい位置に座る」「定められた席に着く」といった意味合いを含み、必ずしも膝を折る姿勢そのものを限定していたわけではないのです。
この点からも、正座は当初、姿勢よりも「場との関係性」を重視した概念だったことが分かります。
明治時代以降に変わった正座の位置づけ
学校教育と礼儀作法
明治時代になると、近代国家としての制度整備が進み、学校教育の中で礼儀作法が統一されていきます。その過程で、正座は「日本的で礼儀正しい姿勢」として教育の中に取り入れられました。ここで初めて、正座は姿勢そのものとして明確に定義され、広く共有されるようになります。
日常姿勢としての定着
畳敷きの住宅が一般化したこともあり、正座は家庭内でも自然に行われる姿勢として定着していきます。その結果、「正座は昔からの日本の伝統」というイメージが形成されました。しかし実際には、明治以降に再定義され、生活習慣として広く定着した比較的新しい文化的慣習だと言えます。
Q&A(よくある疑問)
まとめ
正座は、日本に古くから存在していたものの、常に日常的な座り方だったわけではありません。江戸時代には礼法の一部として意味を持ち、明治時代以降に教育や生活習慣の中で「正しい座り方」として定着しました。現在私たちが抱く伝統的な正座のイメージは、比較的新しい歴史の中で形作られたものです。背景を知ることで、正座は単なる習慣ではなく、時代とともに変化してきた文化であることが見えてきます。
当たり前の作法を見直してみると
日常の習慣も、歴史をたどると意外な変化があります。次に正座をするときは、その成り立ちにも少し目を向けてみてください。
