古いテレビ番組の録画、教育ビデオ、緊急放送、監視カメラ。もともとは怖いものではない映像でも、画面が乱れたり不審な警告が入り込んだりすると、不気味なものに見えてくることがあります。
こうした古いテレビ放送や録画媒体の見た目・形式を恐怖表現へ取り込んだネット発のホラーが、アナログホラー(analog horror)です。
名前に「アナログ」とありますが、昔のVHS機器だけを使って制作するジャンルではありません。デジタル編集で古い映像の質感を再現した作品も多く、実在した放送や記録映像を偶然見つけたように感じさせる見せ方がよく使われます。
2026年の映画・メディア研究誌『Film Quarterly』でも、アナログホラーは低画質や映像の乱れ、旧世代のテレビ放送を思わせる形式を取り込んだ、インターネット時代のホラーとして論じられています。
アナログホラーは古い放送や記録映像の形式を使うホラー
アナログホラーでは、一般的な映画のように主人公を追いながら物語が進むとは限りません。視聴者の前に提示されるのは、架空のテレビ局による放送、緊急警報、教育ビデオ、企業の案内映像、家庭用ビデオ、監視カメラの記録などです。
最初は何の変哲もない映像に見えていても、少しずつ異常が混ざります。放送内容が途中で変わる、説明と映像が食い違う、見覚えのない人物が現れる、不穏な警告文が表示されるといった演出です。
| 表現 | よく見られる特徴 |
|---|---|
| 映像 | VHS風のノイズ、画面の揺れ、色ずれ、低画質 |
| 画面比率 | 古いテレビを思わせる4:3 |
| 内容 | 緊急放送、教育映像、テレビ番組、監視映像 |
| 音 | ノイズ、途切れた音声、不自然な無音、機械的な読み上げ音声 |
| 物語 | 情報を断片的に示し、すべてを説明しない |
| 恐怖表現 | 正体不明の存在、不穏な警告、映像や放送そのものの異常 |
訓練用映像やドキュメンタリー、子ども向け番組の形式、4:3の画面、映像ノイズ、機械的な音声などもよく使われます。
ただし、すべての作品がこれらの特徴を備えているわけではありません。実写をほとんど使わない作品もあれば、映像の劣化表現を控えめにした作品もあります。
「アナログ」は制作方法だけを意味しているわけではない
「アナログホラー」という名前を見ると、本物のVHSテープや古いビデオカメラを使って撮影する必要があるようにも感じます。
実際には、デジタル映像へノイズや画面の揺れ、色のにじみなどを加え、古い映像媒体らしい質感を作る作品も少なくありません。
本当に古い機材で撮影したかどうかよりも、テレビ放送やビデオテープなどの形式が、物語や恐怖とどう結びついているかが重要です。
そのため、アナログホラーの「アナログ」は撮影機材の種類だけを示す言葉ではなく、作品の見せ方や世界観にも関係しています。
VHS風なら何でもアナログホラーになるわけではない
映像へVHS風のフィルターを加えただけで、自動的にアナログホラーになるわけではありません。
大切なのは、古い映像媒体の特徴が物語や恐怖そのものに関わっているかです。
たとえば、映像が途中で破損すること自体に意味がある、放送が何者かに干渉されている、ノイズの中へ重要な情報が隠れているといった仕掛けがあれば、メディアの異常そのものが物語の一部になります。
「なぜこの放送だけ内容がおかしいのか」「誰が映像を書き換えたのか」「警告されている存在は何なのか」といった疑問が、古い映像形式と結びついていくのが特徴です。
昔らしい映像加工だけを使った作品と、アナログホラーの境界が常にはっきり決まるわけではありません。それでも、古いメディアの特徴を恐怖の仕組みとして使っているかどうかは、作品を見分ける一つの目安になります。
アナログホラーはなぜ怖く感じる?
アナログホラーは、怪物を大きく映して驚かせるだけのホラーではありません。むしろ「何かがおかしいのに、その理由が分からない」という状態を長く続ける作品が多く見られます。
怖さを生む要素の一つが、普段なら信用するはずの情報源が少しずつ信用できなくなることです。
テレビのニュースや緊急放送なら、危険が起きたときに正しい情報を知らせてくれると思うでしょう。教育ビデオなら、視聴者へ知識を伝えるための映像だと受け取ります。
ところが、その放送から意味の分からない指示が流れたり、説明できない存在について淡々と警告されたりすると、安全なはずの形式そのものが不安の原因へ変わります。
怪物が登場しなくても、「この放送は何かがおかしい」と感じさせられる。そこにアナログホラー特有の怖さがあります。
画質の悪さが「見えない部分」を残す
VHS風のノイズや暗い画面は、昔らしさを出すためだけの飾りではありません。
画面の奥に誰かがいるように見えるのに、ノイズで輪郭が分からない。人の顔らしいものが映っていても、表情までは確認できない。鮮明な映像なら正体が分かる場面でも、画質が悪いことで「何かがいる気はするが、確かめられない」状態が残ります。
何が映っているのか分からないため、「ノイズの奥に何かいるのではないか」と想像できる余地も残ります。低画質は怪物を見せるためだけではなく、むしろはっきり見せないための仕掛けにもなるのです。
古いテレビ番組や学校教材を思わせる映像に、懐かしさを覚える人もいるでしょう。その見慣れた雰囲気へ異常な内容が紛れ込むことで、本来なら安心感につながるはずの映像が不気味なものへ変わります。
VHSを知らない世代でも怖さは成立する
では、VHSやブラウン管テレビをほとんど使った経験がない人には、こうした演出は通用しないのでしょうか。
アナログホラーの怖さは、個人的な懐かしさだけに支えられているわけではありません。
VHSを使った経験がない人にとっては、古びた映像や現在とは違う画面デザインそのものが、「自分の知らない時代の記録」のように映ることもあります。聞き慣れない機械音や無機質な案内放送も、現在の映像とは違った距離感を生みます。
いつ作られた映像なのか。誰に向けたものなのか。なぜこんな記録が残っているのか。事情が分からないまま映像だけを見せられることが、不気味さにつながる場合もあります。
2026年の『Film Quarterly』でも、アナログメディアとともに育っていない世代について、古いメディアの形式が「よく理解できない大人の世界に直面する子ども」のような不安を生みうると論じられています。
昔のメディアを知る人には「懐かしいものが壊れていく怖さ」があり、知らない人には「自分が知らない時代の記録を見る怖さ」がある。世代によって受け取り方が変わる点も興味深い特徴です。
怪異だけでなく「映像そのもの」が信用できなくなる
アナログホラーでは、テレビや映像そのものが信用できなくなる作品もあります。
普通のホラー映画では、画面は怪物や事件を見るための窓として機能します。恐ろしいものが映っていたとしても、映像自体が視聴者に害を及ぼす存在として扱われるとは限りません。
アナログホラーでは、放送自体が何者かに乗っ取られたように見えたり、正しい警告が途中で書き換えられたり、画面の向こうから視聴者へ直接指示するような文章が表示されたりします。
そこで生まれるのが、
「この映像を見続けても大丈夫なのか」
「いま表示されている警告は信用してよいのか」
という疑いです。
怪異がテレビの向こう側に存在するだけではなく、テレビという情報経路そのものへ入り込んでくるように見えることが、画面との距離を近く感じさせます。
怪物から逃げる登場人物を見るのではなく、自分自身が怪しい放送を見てしまっている。作品によっては、そんな感覚まで恐怖の一部として利用されています。
アナログホラーはいつから広まった?
アナログホラーと呼ばれる以前にも、実際の記録映像や「本当に起きた出来事の映像」のように見せるホラー表現は存在していました。
そのため、一作品だけを「世界初のアナログホラー」と断定するのは難しいところがあります。現在のジャンルへつながる背景を見ると、ファウンドフッテージだけでなく、2000年代にインターネットで広がったクリーピーパスタなどのネット怪談文化も重要です。
クリーピーパスタや『Marble Hornets』も現在のスタイルにつながった
クリーピーパスタ(creepypasta)とは、インターネット上でコピーや転載を通して広がってきた怪談・ホラーストーリーを指す言葉です。
作品によって形式は異なりますが、単なる創作として語るのではなく、掲示板の書き込み、誰かの体験談、偶然発見された情報など、本当に存在する記録のように見せるものもありました。
「これは本当にあった話なのではないか」「誰かが残した記録なのではないか」と感じさせる見せ方は、後のアナログホラーにも通じます。
映像作品では、2009年に始まった『Marble Hornets』が重要な存在です。
『Marble Hornets』は、スレンダーマンを題材にしたネット上の連続映像作品で、不審なビデオテープや断片的な記録を追う形式を取りました。低画質、テープを思わせる映像、情報をすべて明かさない物語など、後のアナログホラーにも見られる特徴を備えています。
クリス・ストラウブ(Kris Straub)にも、ネット怪談とのつながりがあります。ストラウブは2009年に『Candle Cove』というクリーピーパスタを発表しました。
架空のインターネット掲示板で、利用者たちが子どものころに見た奇妙なテレビ番組について語り合う形式の物語です。最初は昔の番組を思い出しているように見えますが、会話が進むにつれて不穏な内容が浮かび上がっていきます。
『LOCAL58』には、こうした「実在した番組や記録のように見せる」ネット怪談文化とのつながりも見られます。
『LOCAL58』がジャンル形成へ大きな影響を与えた
現在「アナログホラー」と呼ばれるスタイルの形成で、とりわけ大きな存在となったのが、クリス・ストラウブが2015年から発表した『LOCAL58』です。
架空の地方テレビ局「Local 58」の放送を視聴している形式で、緊急放送、子ども向け番組、公共広告のような映像に異常な内容が紛れ込みます。
2015年10月26日に公開された「Weather Service」では、地方テレビ局の通常放送へ気象警報が割り込み、やがてメッセージの内容そのものがおかしくなっていきます。人々を守るために情報を知らせるはずの緊急放送が、次第に信用できなくなるという恐怖が表れた作品です。
2026年の『Film Quarterly』では、『LOCAL58』が後続のネット映像作品へ大きな影響を与え、予告映像に使われた「ANALOG HORROR AT 476 MHz」という表現を通じて、「analog horror」という呼称を広めるきっかけになった作品として扱われています。
作者のクリス・ストラウブ自身も、公式サイトでLocal58TVを「The origin of analog horror」と紹介しています。
ただし、『LOCAL58』以前にも似た表現は存在していました。「世界で最初のアナログホラー」と一作品だけを決めるより、現在のジャンル名や代表的なスタイルが形づくられるうえで大きな役割を果たした作品と見るほうが実態に合っています。
古いメディアを題材にしながらYouTubeで発展した
アナログホラーの題材になっているのは、古いテレビやVHSなど過去のメディアです。一方、ジャンルが発展した主な舞台は、YouTubeをはじめとするデジタルプラットフォームでした。
数分から十数分ほどの映像を少しずつ公開し、物語の全体像を最初から明かさない形式は、ネット上の連続作品と相性があります。
新しい動画が公開されるたびに、視聴者は過去の映像を見返し、画面の端に一瞬映ったものや文章の意味を考えることができます。一人では気づかなかった手掛かりを別の視聴者が見つけ、コメント欄やSNS、掲示板、作品ごとのWikiなどで共有する文化も育ちました。
古いメディアを再現している一方、視聴者同士がネット上で謎を追うという現代的な楽しみ方によって発展したホラーでもあります。
『LOCAL58』以外にも代表的な作品がある
代表的な作品には『LOCAL58』のほか、Remy Abodeによる『Gemini Home Entertainment』があります。
『Gemini Home Entertainment』では、家庭向けのビデオ教材や自然、宇宙に関する映像のような、実在していても不思議ではない形式が使われます。しかし見続けていくと、本来は知識を伝えるはずの映像へ説明できない異常が入り込んでいきます。
作者の公式Patreonでも、同作はアナログホラーのWebシリーズとして紹介されています。
アレックス・キスター(Alex Kister)が2021年に始めた『The Mandela Catalogue』も、近年のアナログホラーを語る際によく挙げられるシリーズです。
公共機関からの警告映像や監視・記録映像を思わせる表現が使われ、人間によく似た正体不明の存在や、次第に信用できなくなる情報が恐怖へ結びついています。
作品によって使われる形式は、テレビ放送、家庭用ビデオ、企業映像、公共機関の資料、監視映像などさまざまです。
共通しているのは、昔の映像を背景として置くだけではなく、「本当にどこかで放送されていたのではないか」「誰かが残した記録なのではないか」と思わせる形式そのものを恐怖へ利用していることです。
ファウンドフッテージやARGとは何が違う?
アナログホラーを調べると、似た言葉としてファウンドフッテージやARGを目にすることがあります。
一つの作品に複数の形式が組み合わされる場合もあり、境界がはっきりしないことはありますが、同じ意味の言葉ではありません。
ファウンドフッテージは「記録映像を見ているように見せる」表現
ファウンドフッテージ(found footage:発見された映像)は、誰かが撮影して残した映像や、後から発見された記録を視聴しているように物語を見せる手法です。
登場人物が持つビデオカメラ、監視カメラ、置き去りにされたテープなどが物語の中心になります。
アナログホラーにも、この形式を使う作品があります。しかし、必ずしも「誰かが後からこの映像を発見した」という設定を必要とするわけではありません。
架空のテレビ局による放送や教育ビデオが、どこから入手されたのか説明されないまま、その映像自体を視聴者へ提示する作品もあります。
ファウンドフッテージは記録映像のように物語を提示する方法、アナログホラーは古い放送・録画メディアの形式や質感を恐怖へ利用するジャンルやスタイルと捉えると、違いが見えやすくなります。
両方の特徴を持つ作品もあるため、きれいに二つへ分けられるとは限りません。
ARGは視聴者が複数の手掛かりを追うゲーム形式
ARG(Alternate Reality Game:代替現実ゲーム)も、アナログホラーと一緒に語られることがあります。
ARGでは、動画だけで物語が完結せず、Webサイト、SNS、メール、音声、電話、現実空間の手掛かりなど、複数の媒体へ情報が広がる場合があります。参加者は散らばった情報を探したり、謎を解いたり、ほかの参加者と情報交換したりしながら物語を追います。
『LOCAL58』の作者クリス・ストラウブも、公式サイトでLocal58TVを「YouTube and ARG」と紹介しています。
ただし、アナログホラーだから必ずARGになるわけではありません。
動画を見るだけで物語が成立するアナログホラーもあります。反対に、ARGが古いテレビ放送やVHS風の映像を使う必要もありません。
アナログホラーの中にARGの仕掛けが組み込まれる場合はありますが、両者は別の概念です。
まとめ
アナログホラーとは、古いテレビ放送やVHS、教育映像などを思わせる形式を使い、ありふれた映像へ少しずつ異常が入り込む恐怖を描くネット発のホラーです。
名前に「アナログ」とあっても、本物の古い機材だけで制作する必要はありません。デジタル編集でノイズや映像の乱れを再現し、過去の放送や記録媒体を見ているように感じさせる作品もあります。
怖さを生んでいるのも低画質だけではありません。正しい情報を伝えるはずの放送へ異常が入り込み、映像そのものまで疑わしくなっていくことも大きな特徴です。
現在のジャンル形成では、2015年に始まった『LOCAL58』が大きな役割を果たしました。一方、それ以前にもクリーピーパスタや『Marble Hornets』、ファウンドフッテージなど近い表現が存在しています。
古い映像だから怖いのではなく、信用していた放送や記録の中へ説明できない異常が入り込み、「いま見ているものは本当に信用できるのか」と感じさせること。そこに、アナログホラーならではの不気味さがあります。
参考情報
- Elinor Dolliver「The Surprising Folklore of Analog Horror」『Film Quarterly』Vol.79, No.3, University of California Press, 2026年, pp.8–18, DOI:10.1525/fq.2026.79.3.8
- Kris Straub 公式サイト「Local58TV」
- Marble Hornets 公式YouTubeチャンネル「Introduction」(2009年6月20日公開)
- Remy Abode 公式Patreon「Gemini Home Entertainment」
- Patrick Jagoda「Improvisational Aesthetics: Alternate Reality Games」『Network Aesthetics』University of Chicago Press, 2016年
